第118話 オアイコだろ

クレイの殺気が消える。


木剣を降ろしたクレイ。


土間に倒れながら、クレイを見上げるジャクリン。


ジャクリン 「…ほ……、本気で私を殺す気なのかと思ったぞ…」


クレイ 「アンタも俺を殺そうとしたろう? あれは本気だったよな?」


ジャクリン 「…ああ、そうだ、そのとおりだ。私は本気だった。その仕返しというわけか…」


クレイ 「ああ、理不尽に酷くやられたからな。思い出したら腹が立ってきて、やり返してやりたくなったんだ。これでオアイコだな」


ジャクリン 「…ってあの時、お前は無傷だったと思うが? お前は自力で跳ね返して見せたじゃないか。得意の魔導具を使ってな。むしろ撃たれた私のほうがダメージが大きかったくらいだ。


それでもなお、思い出してムカついたからやり返してやりたいとは…大人しい奴だと思っていたが、なかなか気性が荒いな。


…そういう奴は、嫌いじゃない」


クレイ 「ジャクリンは一度負けたほうがいい。…と、父が昔言っていたからな。本気で殺されそうになるのは、なかなか得難い経験だったろう?」


ジャクリン 「…確かにな。正直言うと、生まれて初めてだよ…」


クレイがその視線を下方に向けたのに気づいたジャクリンは、慌てる様子もなく、クリーンを唱え、股間の下に広がっていた染みを消した。武人として生きてきたジャクリンは失禁したくらいで恥じらう感性は持ち合わせていないようだ。


(この世界では―――特に魔力が豊富な貴族は―――汚れてもすぐに魔法でキレイにしてしまえるので便利である。)


クレイはマジックポーチから治療薬ポーションを取り出し、差し出した。


ジャクリン 「…随分優しいじゃないか?」


クレイ 「仕返しは終わりだ。言ったろ、やって欲しい事がある。謝罪はまぁもういいけどな、仕返ししたしな」


ジャクリン 「いいだろう、何をお強請りしたいのか分からんが、約束だからな」


ジャクリンはポーションを受け取り飲み干した。


ジャクリン 「――ぁぁああこれは! キクな! 高かったんじゃないか?」


※リルディオンで作られた治療薬なのでかなりの高品質なのである。


体中のかなりの骨が折れていたジャクリンであるが、あっというまに治っていく。


ジャクリン 「ふぅ……それで、何が欲しい? 騎士団に入れてほしいのか? それとも貴族に戻りたいか?」


クレイ 「どっちも興味ない。俺が欲しいのは……捕虜だ」


ジャクリン 「ほりょ?」


クレイ 「ああ、軍の牢にダブエラ共和国の軍人だった男が囚われているだろう、確か名前はアダモとか言ったな」


ジャクリン 「ダブエラの英雄アダモか…。ソイツをどうするしてほしいんだ? 殺したいのか?」


クレイ 「開放するのは無理なのは分かっている。だから、奴隷として払い下げられないか? 俺が買いとる」


ジャクリン 「なんだ、ソイツに恨みでもあるのか? それとも、ソイツを使ってダブエラ共和国の復活でも企てているのか?」


クレイ 「別にそんなつもりはないさ。というか、正直、その男の事もよく知らん。だから別にその男に拘りもない。ただ、この間買った奴隷達がな、アダモを助けてほしいというもんでな」


ジャクリン 「奴隷?! 奴隷を買ったのか? ヴァレット家の家訓を無視して?」


クレイ 「…奴隷なら、裏切らないからな」


ジャクリン 「なるほど、冒険者になったと聞いたが、さては仲間に裏切られ痛い目でも見たか?」


クレイ 「そういうわけじゃないんだがな…」


ジャクリン 「それで、裏切らない仲間を集めて何をする気だ?」


クレイ 「……ダンジョンペイトティクバを攻略しようと思っている」


ジャクリン 「なるほど、大氾濫スタンピードか…。ずっと会っていないが、五年前のスタンピードで兄は大怪我を負ったらしいな? その復讐というわけか。相変わらず、家族思いだな、兄の一家は…」


クレイ 「…では、アダモの放出、よろしく頼むよ」


ジャクリン 「いくら私でも、軍の特別な捕虜を開放させるのは、簡単ではないんだがな?」


クレイ 「簡単ではないということは、不可能ではないと言う事だよな?」


ジャクリン 「まぁ、やりようはあるがな。仕方ない、可愛い甥っ子のために人肌脱ぐか」


クレイ 「かわいい……? 殺そうとしておいてよく言う」


ジャクリン 「お前だって私を殺そうとしただろうが」


クレイ 「俺は脅しだけ、殺すつもりはなかったから同じじゃない」


ジャクリン 「かなり痛い目を見せられたがな。だがまぁ確かに、本気で殺そうとしたのは私だけか。まぁ許せ、お前がここまで強くなるとは思わなかったからな。というか、一体どうやったんだ? 魔力が増えたわけではなかろう?」


クレイ 「秘密だよ」


ジャクリン 「得意の魔導具か?」


クレイ 「…まぁそんなところだ」


ジャクリン 「秘密か…そうだな、秘密にしておいたほうがいい。それを欲しがる奴がきっと出てくるだろうからな」


クレイ 「気をつけるよ」






これにてクレイの道場破り? は終了となったのだが、ラルクがツマランと騒ぎ出した。どうやら暴れ足りないらしい。


結局、ラルクは王都にいくつか点在している別の騎士団の屯所へ一人で殴り込みに行くと言い出した。


行くなら一人で行けとクレイは言ったが、なんとジャクリンがそれにお墨付きを出してしまう。


ジャクリン 「最近平和で、少し王都の騎士達が弛んでいるからな。是非、鍛え直してやってくれ」


そう言って、ジャクリンは一筆書いた。内容は『王都内の騎士団に殴り込んで武者修行してよい』というもの。許可証と言えるのか、何なのか、よく分からないその証文を持って、ラルクは嬉々として街へと出ていった。


(それからラルクは騎士団との勝負に明け暮れ、なぜか師匠と呼ぶ者まで現れだし、長いことヴァレットの街には戻ってこないのであったが。)



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