第117話 ありえない

ジャクリン 「ありえない。何が起きているのだ…? ありえない……」


驚愕し、少し狼狽さえしている様子のジャクリン。


ジャクリンは王都の騎士団の団長である。それも、特に後ろ盾もなく、剣の実力だけでその地位まで這い上がってきた。つまり、王都最強の剣士の自負がある。


そして、対するは、生まれつき魔力ゼロの、生まれて以来ひたすら引きこもりだった(と思い込んでいる)クレイである。


おかしな魔導具を使われるなら油断ならないが、剣での勝負ということなら、余所見しながら片手で勝てると思っていた。


だが、ジャクリンは負けてしまったのだ。しかも、圧倒的敗北であった。






もちろん、ジャクリンは最初、手加減をしていた。


クレイも多少は剣の修行をしてきたのかも知れないが、数年修行した程度で実力の差が埋まるはずがないのだから。


ジャクリンは生まれつき膨大な魔力を持っていた。それだけでなく、天才的な剣のセンスをも合わせ持っていた。そして、努力を惜しまない性格でもあった。生まれつきの才能の上に何十年も続けてきた剣の修行に裏打ちされた実力には、絶対の自信があったのだ。


だからジャクリンは身体強化も使わず、クレイに先に攻撃してこいと言った。自分から攻撃したら、手加減してさえも簡単に終わってしまうかも知れないと思ったからである。


だが、気がつけば、木剣を弾き飛ばされ喉元に木剣の先を突きつけられていた……。


クレイがまずは最高速で反応を見た結果である。どうやらラルクの時と同じ、ジャクリンはまったく反応できていない事を確認し、クレイはギアを落とす事にしたのであった。


ジャクリン 「なっ……


…なるほど、少しは修行を積んできたようだな。大口を叩くだけの事はあるというわけか……


だが! 舐めるな!」


さすがに油断が過ぎたと反省したジャクリンは、即座に身体強化を発動した。しかも、いきなり全力である。さすがに王都の騎士団長がクレイごときに舐められるわけには行かないという意地からである。


木剣を拾うと、折返してこんどはジャクリンのほうからクレイに打ち掛かる。


だが、その攻撃をクレイはあっさり防いでみせる。


ジャクリンはさらに何度も続けて打ち込むが、その尽くが受け止められてしまう。(そうしながら、クレイはジャクリンに負けない程度のほどほどの速度に調整しているのだが。)


王都最強の剣士の全力の攻撃をクレイが防いでいる。それだけでも驚愕の事実である。だが、ここまではまだジャクリンの想像の範囲は超えていなかった。


クレイが相手であるという事を考えなければ―――例えば “剣聖カイゼン” が相手であるなら、互角の展開も十分ありえるだろう。


(もちろんジャクリンは剣聖相手でも自分が勝つと思っている。ただ、実際にはジャクリンは剣聖と立ち合った事がないので結果は不明なのだが。)


だが、すぐにジャクリンは、自身の想像を超える体験をする事となった。


クレイの動きがさらに加速し始める。


徐々に遅れを取り始めるジャクリン。


やがて防戦一方になり、ついについていけなくなった。


剣術の技量に関しては、クレイは相変わらず素人に近いレベルである。達人が素人の攻撃で危うくなる事などありえない。多少動きが速かろうと、無駄のない最小限・最短・最速の動作で十分対応できる。


だが、体の動く速度が、剣を振る速度が何倍・何十倍も違ってしまえば話は別である。いかな達人でも技術でカバーするのにも限度というものがある。


ついに防御がまったく追いつかなくなり、木剣で体中を打たれてしまうジャクリン。


だが、とっさに身体強化を防御に全振りして耐えた。魔力による鎧である。これもジャクリンの得意技である。鎧ならば速度についていけなくとも問題ない。


幾度か木剣で体を打たれたが、ダメージは受けない。これなら……どうやらクレイの攻撃は速いが軽い。このまま攻撃を受け止めながら、動きを見切り、隙を突いてカウンターで―――


などと思った瞬間、激しい痛みに見舞われたジャクリン。


クレイの攻撃で魔力の鎧が打ち破られたのである。


ジャクリン 「ばかな…生まれてこの方、この鎧を破られたことは一度もなかったのに……!」


痛みはあったがまだダメージは打撲程度。魔力の鎧がある程度は効果を発揮している。


だが、クレイの攻撃が一撃で留まるはずもなく。さらに高速の連打が襲いかかる。しかも、徐々に威力が増している。ダメージはやがて打撲程度では済まなくなる。


打たれた部位の皮膚が裂け、骨が折れ、激しい痛みが襲う。


必死で逃げ惑うジャクリン。


実はジャクリンは幼い頃からほとんど負けた経験がない。このように追い込まれる経験などしたことがなかった。そのため、大怪我をする前に降参するという事が上手くできなかったのだ。


ジャクリン 「ちょ…待て…おい、殺す気か…?!」


だが、クレイの連撃は止まらない。それを止めてくれる味方も審判も居ない。


クレイもおかしい。これだけ圧勝の状態であれば、攻撃をやめて勝ちを宣言してもいいはずである。だが、黙々とクレイは攻撃を続ける。


クレイが使っている木剣もおかしい。ジャクリンの魔力の鎧の強度は鋼鉄以上、それを打ち破り内部にダメージを与えるほどの衝撃に、木製の剣が耐えられるわけがない。だが、クレイの木剣が傷む様子がない。木剣自体もレアな木材を使った反則級の業物なのだろうが、どうやらそれだけではなく、魔力で木剣を補強しているようだ。身体強化の延長技、武器強化である。


もちろん魔力の鎧は解いていないが、その上からダメージが通る。打たれるたびに激しい痛みとともに骨が折れ、動きが悪くなっていく。


ジャクリン 「ちょっ、まっ…


…まさか…本気で私を殺す気なのか?!」


感情が籠もっていない冷たい眼をしたままジャクリンの体を打ち続けるクレイに、ジャクリンは激しい恐怖を感じた。


ジャクリン (身内を、叔母を殺すのか?!)


だが、そう言えば、自分もまだ子供だったクレイを殺しに行ったのだった。これも自業自得か……


ついに限界を迎えたジャクリン。魔力の鎧による防御が解除されてしまう。魔力の鎧なしであの破壊力の打撃を受けたら、木剣であっても身体を両断されてしまうかも知れないが、どうしようもない。


観念して目を閉じたジャクリン。


ついにジャクリンは死ぬ時が来たかと覚悟する。


だが、クレイの剣はジャクリンの体の寸前で止められた。


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