第116話 ラルク「看板は貰っていく!」 ジャクリン「そうはさせん!」

ピット 「これはどうした、何があった!?」


訓練場にやってきたピットは、そこに転がって呻いている若い騎士達を見て、その中央に立つ男に誰何した。


ピット 「何者だ、お前がやったのか?!」


ラルク 「よぉう、ピットじゃねぇか、久しぶりだなぁ」


ピット 「…お前は……ラルク?!」


ピットは中堅の騎士で、若い騎士達の指導役の先輩騎士である。騎士団ではラルクとピットは同期であった。


ラルク 「まったく…。練習にもならねぇじゃねぇか。後輩共の鍛え方が足りねぇんじゃねぇかぁ?」


ピット 「お、お前が相手では、若い連中では歯が立たんのは仕方がないだろうが…


騎士団を勝手に退団し、冒険者になったと聞いたが、今更何しに来た?」


ラルク 「何しにってそりゃお前……何しに来たんだっけ?」


クレイのほうを見るラルク。


クレイ 「…道場破り?」


ラルク 「じゃぁ俺が勝ったから、騎士団の看板は貰っていくか!」


ピット 「馬鹿な事を言うな! だいたい、ここに居るのは見習いの若い騎士ばかりだ。実力のある騎士は現場に出ていて居ない」


ラルク 「お前が居るじゃないか、指導担当官殿? それに……ジャクリンも居るんだろう? 今日はこっちに来てるって聞いたんでな」


ピット 「お前まさか…ジャクリン様にリベンジしに来たのか? やめておけ。前にも痛い目を見ているだろうが」


ラルク 「あの時は俺のほうが手加減してやってたんだが? 騎士団辞めるつもりだったからな、実力出して引き止められても面倒だと思ってよ。本気でやってれば俺が勝っていた」


ジャクリン 「ほう? それは面白い話だな。では、是非、本気の実力とやらを見せてもらいたいものだ」


ラルク 「お、お出ましだな。いいだろう、いっちょ俺の本気を見せてやろうか」


クレイ 「いや、すまんがラルク、ジャクリンの相手は俺にさせてくれ」


ラルク 「何言ってんだ、俺が―」


クレイ 「ラルク、頼むよ」


ラルク 「……ちっ、お前がそう言うんなら、まぁ、いいけどよ…」


ジャクリン 「ほう、戦闘狂のラルクが譲るとは……って、見た事のある顔だと思えば、お前? クレイじゃないか?!」


クレイ 「ああ、久しぶりだな、オバサン」


ピット 「ちょ!!」


ラルク 「うわ、オバサン言っちゃったよ…俺でもさすがにソレは言わんぞ…」


ジャクリン 「…私をまだ叔母と呼んでくれるのか?」


ラルク 「…へ? オバ? 叔母? てことは、甥? お前、ジャクリンの親族だったのか!!」


クレイ 「俺は家を出た身だ、叔母などと呼ぶべきではなかったな。だいたい、甥っ子を本気で殺そうとする叔母などあってはならんだろ」


ジャクリン 「あの時の事をまだ根に持っているのか」


クレイ 「そうだよ、文句を言いに来たんだ。甥を本気で殺そうとした鬼畜な叔母に、謝罪と賠償を要求するためにな」


ジャクリン 「ふっ、謝罪などするつもりはない。今でも間違った事とは思っておらん。貴族の家では、問題児が秘密裏に処分されるなんてのはよくある話だ」


クレイ 「魔力の多寡だけで人の価値を判断するのは間違ってる。そんな事を続けていれば、いずれ貴族達は足元を掬われる事になるぞ?」


ジャクリン 「足を掬われる? 誰に?」


クレイ 「…魔力が少なくとも、価値のある人間はいると言う事だ」


ジャクリン 「魔力が多いか少ないか。それは圧倒的な力の差だ。力あるものが正義となるは世の常。魔力が多い者が支配者となり貴族となったのだ。だが、平民でも魔力が多ければ貴族になれる。逆に、魔力が少なければ貴族でも平民に落とされる、それはある意味平等じゃないか?」


ある意味、シンプルである。魔力という力のある者が力のない者を支配するという弱肉強食の世界である。


だが、リルディオンの技術があれば、それは覆る。魔力のない人間が、多大な魔力を持つ貴族に対抗できるようになるのだ。


ただ、その技術を提供する気はクレイにもリルディオンにもないのだが。それでも、クレイは魔力量で差別が起きるこの社会が納得行かない思いがあり、ついそんな事を言ってしまったのであった。


クレイ 「魔力の多寡だけが決定的な戦力差ではないという事を教えてやる」


ジャクリン 「ふん、確かにあの時はお前の魔導具にやられたがな。今度はそうは行かん。お前の魔導銃とやらの対策は考えてある、同じ失敗はしない」


クレイ 「いや、今日は俺も剣でやる。ジャクリン、もし俺が勝ったら、謝罪……はまぁしなくてもいいから、賠償してもらおうか。やってもらいたい事がある」


ジャクリン 「は、なるほど、何か知らんが頼み事があって強請りに来たというわけか! いいだろう、可愛い甥っ子にオネダリされたら聞いてやらないとな! ただし、それだけの力を示す事ができたらだ!」


ジャクリンが魔力を載せて殺気を発する。その圧にピットは気圧されて息ができないほどであったが、ラルクは涼しい顔、そして、そもそも魔力の感度が乏しいクレイもほとんど何も感じないのであった。


ラルク 「まぁ待て待て。せっかくの叔母と甥の語らいバトルを邪魔して無粋だが、まずは俺が先だ。見習い騎士ガキどもでは物足りなかったんだ。ピット、相手をしてもらうぞ」


ピット 「……いいだろう。以前の俺だと思うなよ?」


自信有りげなピットであったが―――


   ・

   ・

   ・


―――結局、勝負はラルクの圧勝で終わった。


ピット 「くそ、以前よりはるかに強くなってやがる…」


ラルク 「確かに、以前よりはかなり成長したな、ピット。だが、進歩したのはお前だけじゃないんだよ」


ジャクリン 「腕を上げたなラルク。なるほど、今なら楽しめそうだ」


ラルク 「言ったろ、あの時は手加減してやってたんだっつーの」


※ラルクが手加減していたのは本当の事である。本気で戦えば、ラルクはジャクリンと互角以上の実力があるのだ。


ラルク 「少々物足りねぇ、本当なら俺がジャクリンと戦りたいところだが…、ま、クレイがやると言うならしょうがない、譲ろう」


ジャクリン 「ふん、待ってろ、生意気なガキクレイをとっちめた後に相手をしてやる」


ラルク 「いや、残念ながら俺の出番はないだろう…クレイは俺よりずっと強い。俺は手も足も出なかったんだぜ?」


ジャクリン 「クレイが強い? ちょっと信じられないんだが? 剣など使えなかったはずだが、その後、修行して強くなったとでも?」


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