第113話 苦悩するマツヤ

マツヤはラヘルブーレの出身であったが、マツヤにとってダブエラは第二の故郷と言える場所であったのだ。


まだ平和だった頃、父がダブエラに渡り商売をしていた関係で、マツヤは青春時代をダブエラで過ごし、そこで知り合った女性と結婚したのだ。


父が病死し、マツヤは妻とその母を連れてラヘルブーレ王国へと戻ったのだが、その後、戦争が始まった。


学生時代に仲の良かった友人達の何人かが軍に入った。職業軍人ではなかった友人達も徴兵されたかも知れない。そんな兵士達が捕虜となり、酷い待遇を受けている事を知り、なんとか助けたいと思ったのだ。






カラザ 「俺を恨むのは当然だ、だが、信じてくれ。みんな助けてもらえる。ほら、見ろ、俺の体を! こちらのクレイ様に治してもらったんだよ。クレイ様はお前達も買い取って治してくれると言ってるんだ」


ライザ 「信じられん……手足の欠損を治すなど、

治療費がいくら必要だと思ってるんだ」


マルボ 「ありえない。信じられない」


ドニー 「カラザよ、こんな状態になってまで、まだ俺達を騙そうとするのか…? もう俺達は終わりだよ、後は安らかに逝かせてくれ……」


カラザ 「騙すつもりなんてないんだ、信じてくれよ……」


ライザ 「祖国を裏切ったのも、騙すつもりではなかったんだろう?」


カラザ 「それは……」


他の奴隷達も、どうにも信じられないという様子である。それを見たクレイが言った。


クレイ 「ん~、なかなか信じられないのは解るが……カラザだって二週間くらい掛かったもんな、状況を受け入れるのに。


まぁ、百聞は一見にしかず、試しに一人治して見せよう。それを見て考えてみてくれ…」






マツヤは迷っていた。話が美味すぎる。捕虜奴隷達でなくとも信じられない。


だが、実は、正直なところマツヤも困っていたのだ。故郷の兵士だった捕虜奴隷を買い取ったのはよいが、その後、どうすればよいのか、先の見通しが何も立っていなかった。


マツヤの店は、それほど大きくはない。十数人の捕虜達を入れてしまえば部屋は埋まってしまい、新たな商品(奴隷)を入れるスペースはなくなってしまう。


そして、捕虜奴隷達は利益を生む事はなく、食費が嵩んでいくばかりである。


このままでは商会の資金はジリジリと減っていくだけである。


彼らは助けてくれた事を感謝し、迷惑だろうからと、安楽死させて欲しいと言い出した。


だが、せっかく助けたのに、できたらそんな事はしたくない。


そこに、突然降って湧いた好条件である。嘘でも信じたフリをして、黙って売ってしまえばいい。そんな考えも脳裏によぎるマツヤであったが、それを慌てて振り払い、真偽を見極めようと思いなおす。


確かに信じられない話ではあるのだが、カラザも、一緒に来た二人の女奴隷も、嘘をついているようには見えなかった。


(仮に嘘をつくよう命じられていたとしても、意に沿わない事をさせられている時の奴隷の表情は、奴隷商であるマツヤにはよく分かるのだ。)


何より、カラザも手足を切り落とされた状態だったとビューク達が証言している。だが、カラザは五体満足で健康そのものにみえる。治療してもらったというのは本当の話なのか。


だが、論理的にはそういう結論になるが、仕事上、多くの奴隷(中にはもちろん欠損奴隷も居た)を見てきたマツヤには、どうしても信じられないのであった。


最上位の治癒魔法(または最上位の治療薬)は身体欠損さえも治すとは聞くが、実際にそれで治ったという人間を見た事があるわけではないのだ。クレイが連れている二人の獣人の奴隷も治ったと言ってるが、五体満足な現在の状態を見れば、元から健康、欠損などなかったと考えたほうが信じられる。


視点を変えてみる。


(マツヤも、この美味い話が真実であると信じたいのだ。)


この冒険者の狙いは何だ?


ダンジョン攻略のための戦力を探していると言うが…ダンジョン攻略なら普通に冒険者を集めたほうが早くて安上がりのはずだ。


それについては、クレイは絶対に裏切らない仲間が欲しいと言う。なるほど、それなら解らなくはない。


おそらく過去に冒険者の仲間の裏切りにあった事があるのだろう。奴隷であれば絶対に裏切られる心配はないのだから。そういう感覚で奴隷を仲間として購入する冒険者も居ないわけではないのだ。


だが、その場合も健康な戦闘奴隷を買うのが普通だ。確かに欠損奴隷は格安で手に入るが、それを治療するには、健康な戦闘奴隷が百人以上買えてしまう金額が掛かるからだ。


だが、金を掛けずに自力で欠損を治療してしまえる能力があるというのなら、その話は現実味を帯びてくる…。


だが、それほどの治癒魔法の使い手であれば、貴族王族に抱え込まれているはず。あるいは教会に高位神官として抱き込まれているはずである。冒険者などする必要はない。


だが、それを嫌って治癒魔法が使える事を隠しているとしたら…? クレイは自分は治癒魔法は使えないが、しかし治療はできるという意味不明な事を言っていた。要するに、治療ができる事を隠したいという事なのかも知れない。


マツヤが色々グルグル考え込んでいると、クレイが奴隷の一人を治療してみせようと言いだした。


奴隷なのだから、売買に本人達の意志など関係ないのだが、せっかく保護したのだ。マツヤとしても本人達が納得できる形にしたい。信じられる話であるなら、できれば信じたい。


マツヤも奴隷達も、クレイの治療をその目で見せてもらう事にした。


ただし、治療の技は極秘の術なので、実際の治療は個室で誰にも見えないようにして行うとクレイは言った。


おそらく治癒魔法が使える事を隠したいのだろうとマツヤは忖度し、倉庫を少し片付けて使わせた。奴隷を代表してビュークが治療を受けることになった。


個室にクレイと奴隷の猫娘二人、そしてビュークが個室に入り、小一時間ほどが経過。


そして、奇跡のような情景をマツヤは見る事になったのであった。


ビュークが、自身の両の足で立って歩いて出てきた。もちろんなかったはずの腕も再生している。


それを見た奴隷達の目に光が戻るのをマツヤは見た。


たとえ莫大な借金を負う事になろうとも、危険なダンジョンに潜らされることになろうとも。再び元の体に戻れて動けるようになるなら…人生を取り戻せる。冒険者として新しい人生が開かれる。


美味い話など絶対に信じられないほど絶望していたはずの奴隷達だが、思わず冒険者となった自分を想像し、夢を見てしまったのであった。


マツヤは、クレイを信じる事にした。十五人の欠損状態の捕虜奴隷を、すべてクレイに託す事にしたのだ。


買取には格安の値段を提示した。本当は無料でも良かったのだが、一応国から正規の手続きで払い下げられた戦争奴隷である。その後、どこに売ったかも国に報告する義務があるので、格安でもちゃんと売買記録を作る必要があったのだ。


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