第112話 裏切りの代償

カラザの立ち居振る舞い・言動からカラザが軍人である事に気づいたヴェンジンの部下達は、カラザをヴェンジンに引き合わせる。そしてカラザはヴェンジンと意気投合。ヴェンジンの巧みな話術で純真なカラザは簡単に心を掴まれてしまったのであった。


そして、無駄に血を流さないためだ、悪いようにはしないという言葉に騙されて、カラザはヴェンジンに情報を流すようになったのだ。


だが、ヴェンジンの正体は――


――ヴェンジンは、私欲のためにを売る裏切者であった。ヴェンジンはラヘルブーレ王国の貴族で戦争推進派だったダイナドー侯爵と通じていたのだ。


ヴェンジンは、ダブエラ共和国出身でありながら、ダブエラを弱体化させ、軍事情報を流し、王国の軍をダブエラに導き入れる使命を帯びて活動していた。そしてその活動は既にかなりの成果を上げていた。


なにせ、ラヘルブーレ王国から潤沢な資金が提供されているのである。ダブエラ共和国には貧しい者が多かったが、その者達を助け、『軍備を捨てその予算を国民の生活向上に使えばいい』と甘言を説く。『国の支配者は自分たちの私腹を肥やす事しか考えていない、国民など奴隷と同じだと思っている』と国を憎ませる。


王権を弱体化させ、民主制に移行しつつあったダブエラの民を洗脳するのは簡単な事であった。国民が主権となる民主主義においては、国民一人ひとりが非常に高度な知見・判断力を持っている必要があるが、ダブエラの平民には教育が行き届いておらず、字も読めない者が多かった。この世界の多くの国と同様、ダブエラも教育が受けられるのは貴族だけだったからである。


そんな状況下で、ついに、ラヘルブーレ王国の軍隊が国境を越え、ダブエラ共和国へ侵攻を始める。


ラヘルブーレ王国の大軍に対し、ダブエラ共和国の防衛線は終始劣勢を強いられる。戦争反対派が年々勢力を増やし、軍備縮小が進められていた事も痛かった。


そんな中、カラザの所属していた特殊部隊は、ラヘルブーレ王国軍の本隊司令部に起死回生の電撃作戦を敢行。


だが、その作戦はカラザが漏らした情報によりラヘルブーレ側に筒抜けであった……。


結局、目標を目前にして、部隊はラヘルブーレ軍に包囲されていた。


カラザは部隊を抜け出し、一人で敵の陣地に投降する。保護してもらえる約束になっているとヴェンジンに言われていたのだ。だが、カラザは即座に捕らえられ人質にされてしまう。


話が違う、ヴェンジンに聞いてくれとカラザは焦って騒いだが、前線の兵士達はそんな奴は知らんと言われてしまう。


(ただ、この時点では、いずれヴェンジンが来て誤解を解いてくれるはずだとカラザはまだ思っていたのだが……。)


ラヘルブーレ軍の指揮官・ダイナドー侯爵は、カラザを人質として、部隊長アダモに投降を呼び掛けるよう命じた。曰く『アダモが一人投降して捕虜になれば、部隊は見逃す。カラザも開放する。』と。


数々の戦功を誇るダブエラの英雄アダモは、義に厚い男であるという噂であった。ダイナドーはそこを突いてみたのだ。


そして、アダモはその言葉に乗り、投降した。


苦渋の選択であったが、まともに戦っても部隊は全滅させられてしまう可能性が高い。一矢報いて死ぬと隊員達は言ったが、アダモは、子供が生まれたばかりのカラザを、そして部隊の隊員達を家族のもとに帰してやりたかったのだ。


守られる保証のない約束であったが、アダモには呼び掛けに乗るしかなかったのだ。そして案の定、約束は守られなかったのだが。


ダイナドー侯爵は、戦功の証としてダブエラの英雄アダモを捕らえられれば、後はどうでもよかったのだ。


隊長アダモを失った状態でラヘルブーレの軍の攻撃を受けた部隊は、まともに反撃もできずに壊滅的な被害を受け、大半の隊員が死んだ。そして、生き残った者達は捕虜となったのであった。


しかも、最悪な事が起きた。捕虜たちは全員隷属の首輪を嵌められたが、ダイナドー侯爵はその上でなお、捕虜達を “処置” するよう命じたのだ。


万が一、首輪が不良品であった場合の事を警戒しての事である。


この時代、高度な機能を持った隷属の首輪は古代遺物アーティファクトである。それを真似て模造品の首輪が多数作られていたが、粗悪な物が多かった。


そして、首輪をしているからと油断していたところで捕虜隷達が反抗、武装蜂起してテロを起こすという事件が実際に起きてしまい、首輪の信頼性が揺らいでしまっていたのだ。


戦闘力を削ぐため、カラザの部隊の仲間達は手足を切り落とされたり目や耳を潰されたりした。


邪魔ならば処刑してしまえば良かったのだが、まだ戦闘は続いており、軍の情報が取れるのではないかと参謀が提言したため、処置した上で生かしておくことを侯爵は許可したのだ。


残念ながら、この世界には捕虜を虐待してはならない国際条約などは存在しない。戦争に負け、捕虜になったら、奴隷にされ肉の壁に使われるのは当たり前の事なのである。


手足を切り落とせば、労働力としても使えなくなってしまうため、戦時に臨時で徴兵されただけの一般人であれば処置はされない事が多い。だが、カラザ達は職業軍人、しかも特殊部隊の精鋭であったため、万が一の反抗を警戒されたのであった。


その後、隊員達は王都へ連れて行かれ、捕虜として投獄されていた。


その後、戦争はラヘルブーレ王国の圧倒的勝利に終わった。ダブエラ共和国の無条件降伏という形での終決である。


ダブエラ共和国はもう少し早い段階で降伏を打診してきていたが、ラヘルブーレの前線指揮をとっていたダイナドー侯爵は、これを意図的に無視。終戦をズルズルと引き伸ばし、その間にダブエラ共和国内に侵攻し蹂躙・略奪を行った。


ラヘルブーレの国王は、敵国の人間を無駄に蹂躙するなと命じていたが、ダイナドー侯爵はそんな命令を守る気はなかった。それよりも、他の者に隠されたり奪われたりする前に、いち早く敵地の財宝を確保したかったのである。


十分に略奪を終えた後、ダイナドー侯爵はダブエラ共和国の降伏を受け入れた。


普通、降伏に当たっては条件交渉をするものだが、酷く蹂躙されたダブエラ共和国にそれをする力は残っておらず、無条件降伏を受け入れる事態になってしまったのだ。


戦後、ダブエラ共和国だった場所はダブエラ自治領とされ、ダイナドー侯爵が管理を任された。


ダブエラ共和国は事実上消滅したのである。


ヴェンジンは戦争に負けても相手の国の国民になるだけだ、などと言っていたが、実際にはそんな事が許されるわけはなく。ダイナドー侯爵は生き残ったダブエラ国民を八割方処刑。残りの二割も奴隷にされ鉱山や辺境へ送られ重労働を強いられる事となったのだ。


戦争の終末期に、ヴェンジンがカラザの入れられている檻を訪れた。隣にはカラザの仲間達の入れられている牢もある。そこで、カラザはヴェンジンに助けてくれるよう訴えた。だが、ヴェンジンに『愚か者め』と嘲笑される。そこで初めて、カラザは騙されていた事を理解したのだ。


カラザ 「そっ、そうだ家族は?! 万が一の時、妻と息子を、部隊の隊員達の家族も保護してくれると約束してくれましたよね?! せめてそれだけでも守ってくれたんですよね?!」


鉄格子に縋りヴェンジンを問い質すカラザ。


ヴェンジン 「家族? ああ、約束は守ったよ。安心してくれ。お前たちの家族は蹂躙しないよう頼んでおいた」


それを聞いてほっとするカラザ。だが、続く言葉で絶望する事になる。


ヴェンジン 「苦しまないように処刑してもらえたらしいぞ。 ああん? 何故殺した? 当たり前だろ? 子孫を生かしておいたらいつか復讐される可能性があるからな。ダブエラ国民は皆殺しにしておかないとな」


ダブエラ国民は皆殺し……その言葉通り、ヴェンジンも最終的には捕縛され処刑されたのであったが。


ヴェンジンはラヘルブーレで貴族の地位を貰う約束だったのだが、最初からそんな約束が守られるわけはなかったのだ。


当たり前の事である。簡単に祖国を裏切るような者が、別の国に忠誠を誓うわけがないのだから。風向きが変わればまた簡単に裏切るに決まっている。そんな者を受け入れる国はない。欲に目が眩んだヴェンジンにはそんな当たり前の事が分からなかったのであった。


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捕虜たちは王都に送られた。戦争は終わり、あとはただただ、牢の中で時間が過ぎていくのを待つだけである。


だが、時が流れると、徐々に、捕虜を生かしておくのは金の無駄という意見が大きくなっていった。そして、捕虜は奴隷商へと払い下げられる事となったのだ。


そこで、ダブエラ共和国の捕虜が戦争奴隷として払い下げられる事を知った奴隷商のマツヤが、なんとか十五人の捕虜を買い取る事に成功した。それがビューク達であったのだ。


(他にも売られた捕虜奴隷達は居たが、すべてを買い取る事はマツヤには無理であった。)


そして、別の檻に入れられていたカラザは、別の奴隷商に売られたのであった。



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