第95話 メインディッシュは一口で

ラルクの踏み込み、打ち込みは、常人では見えないほどの速度であった。身体強化なしでもこれほどとは思わなかったクレイは驚く。


だが…それでもクレイが攻撃を躱せないという事はなかった。


鋭い攻撃ではあったが、その攻撃はクレイにはスローモーションに見えていたのである。クレイの身体強化の一つ、 “思考加速” が発動しているためである。


というか、クレイは思考加速以外の身体強化はオンにしなかったのだが。相手は身体強化を使っていないのだ。どの程度の力があるかは先程打ち合って分かっている。確かに鍛え抜かれた剣士ではあるが、思考加速だけで十分対応できるとクレイは判断した。それくらい、思考加速にクレイは自信があったのである。


強化された魔導銃は武器としては極めて強力である。だが、どれだけ銃が強力でも、乱射しているだけでは効果半減、いや、むしろ害悪でしかないだろう。強力な武器を使うに当たって、最も重要なのはどう使うかである。


魔導銃でどこを狙うか、何を撃つか? おそらくその判断が重要となる。そのために、“思考加速” をクレイは重視して強化開発してきた。


スイッチは必要ない。クレイの緊張感が増すほどに思考が加速していく。よく、達人は刹那の瞬間に世界がスローモーションになったように感じるというが、それを自由自在に発動できるようなものである。


しかも、リルディオンの発魔所からの魔力供給があるので、今のところ加速に限界は見えない。必要とあらば時間を止めるほどの領域まで加速する事が可能なのだ。


ただ、思考が加速したとしても、動きが速くなるわけではない。思考が加速する分、自信の肉体の動きは遅く、重く感じるようになる。それを無理に速く動かそうと思うと体を壊すことになる。思考速度が早くなれば、単位時間内に神経を流れる信号も多くなるのだ。


実際には思考加速は神経の伝達速度を加速しているわけではないので、思考速度が百倍になっても神経を流れる信号が百倍になる事はないようだが、神経が持つ本来の伝達能力の上限まで使い切ってしまう可能性はあるのだ。


火事場の馬鹿力という言葉があるが、人間の神経や筋肉は驚くほどのポテンシャルを秘めている。だが、瞬間的にならともかく、常用すれば身体を壊してしまうだろう。


つまり、加速した思考の中で考えるべきは、最短・最小限の無駄のない動きで対処する方法。最小のアクションで最大の効果を引き出す方法である。


打ち下ろされるラルクの剣に向かって最短距離で小太刀を当てに行くクレイ。小太刀が相手の剣の根本付近に当たったところでそれを僅かに横に1センチほど押してやる。大きく払う必要はない。根本付近をわずかにずらしてやれば、剣の先端はその何倍も大きく動くことになる。


結果、ラルクの剣が振り下ろされる時には剣の先端は10センチほど目標=ラルクの頭部から外れていた。だがまだこのままでは肩に当たる軌道である。そこでクレイは同時に身を捻り、半身になって剣の軌道から逃れる。


さらに、剣が通過する際にさらにその剣を同じ方向に押してやるように小太刀で力を加えた。押した力はわずかではあるが、空振りした剣はさらに加速し、そのまま訓練場の床(土間)に突き刺さってしまう。


ラルクに加えられたのは最小限のアクションであったため、ラルクは攻撃を払われたという意識が薄いため、攻撃も力が入ったままで止められない。


と同時にクレイは小太刀を返しラルクの喉元へと移動させていた。


…だが、ラルクは小太刀が喉にふれる直前、後方へ転身バックステップし、離脱した。


クレイ 「おお、やるなぁ。剣を捨てる判断をするとは」


ラルクは床に刺さってしまった剣から手を離し回避する選択をしたのだ。


ラルクも並の剣士ではなかった。おそらくAランクの中でも上位にランクされる実力だろう。


ラルク 「…正直、驚いたぞ」


クレイ 「…で、試験は合格って事でいいよな? 剣を手放して、無手で続けるわけにもいかんだろう?」


ラルク 「ああ、合格も合格、Cランクどころか、超B級の実力があるだろう。ロッテ、コイツは本物だ、これ以上妙な言いがかりをつけるのはやめておけ、自分が痛い目を見る事になるぞ」


ロッテ 「…仕方ないわね。後で問題があったらラルクの責任だからね」


ラルク 「ああ、問題ない。コイツの実力で、嘘をつく理由はねぇだろうからな」


ロッテ 「こっちに来て、ギルドカードを発行するわ。言っとくけど、Fランクからだからね。ランクアップはギルマスが帰ってきてから直談判するか、試験を受けて地道にランクアップすることね」


ラルク 「お前達なら試験を受けてもすぐにランクアップ可能だろ」


クレイ 「別に、ランクアップに興味はない。Cランクになったのだって、古代遺跡ダンジョンに入るために必要だっただけだからな」


ラルク 「何?! リジオンに潜ってたのか? どうりで強いわけだ…」


クレイ 「いや、潜ったのは一度だけさ、そして……


死んだ」(笑)


笑いながら言ったクレイだが、帰ってそれが真実味を持たせてしまったのか、ラルクがギョッとした顔をする。


クレイ 「別に幽霊じゃないぞ? 色々あってな、出てくるのに時間が掛かってしまって、その間に死んだ事にされてたってわけだ」


ラルク 「ああ、なるほど……」


結局、クレイが出てくるまでに、8~9年ほど経っていたのだが…。







受付に戻り、ロッテから新しいFランクのギルドカードを受け取った。


だが、そこまでついてきたラルクが言う。


ラルク 「じゃぁ(訓練場に)戻ろうか、続きをやるぞ?」


クレイ 「……はい?」


ラルク 「今度は俺も身体強化を使って本気で戦らせてもらう、勝ち逃げは許さねぇよ?」


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