第96話 模擬戦の押し売りはいらんのですよ

クレイ 「…話が違う。実力を示せばそれで十分だって話だっただろう?」


ラルク 「ああ、合格だよ、俺が本気を出す相手としてふさわしい実力がある事が分かった」


クレイ 「はぁ?!」


ラルク 「まぁ、ここからは、俺のプライドの問題だ。Aランクの中でもトップクラスを自負している、いずれは剣聖にもなれるとまで言われている俺が、剣の練習もろくにしなかったと言う奴に剣で遅れを取るわけにはいかんのだよ」


クレイ 「知らんよ、そんな事は。付き合う義理はないな」


ラルク 「いいや逃さんよ。俺もかつては王宮騎士団でナンバーワンと言われた男。負けたままでは終われんのだよ」


クレイ 「騎士? 貴族だったのか…」


ラルク 「…いや、負けた事は一度だけあったな。ジャクリン・ヴァレットと、王宮騎士団長の座を賭けて戦った時だ」


クレイ 「ジャクリン・ヴァレット…!」※


(※第一話冒頭から登場のクレイの叔母)


ラルク 「ほう、知ってるか? この街の名前と同じ家名、つまり、武で鳴らした領主の一族だな。ま、今では奴が王宮騎士団長、俺は騎士を辞めて冒険者ってわけだが、言っとくけどジャクリンには負けたとは思ってないぞ? 実はジャクリンには手加減してわざと負けてやったんだ。騎士を辞めようと考えていた頃だったからな。


実は、その少し前に、王都にふらりと剣聖カイゼン現れてな。俺は調子に乗って挑んだものの、まるで相手にならなかった。俺が本当の意味で負けたって思うのは剣聖カイゼンだけよ。


カイゼンは本当に強かった。どうしたらそんなに強くなれるんだと尋ねたら、言われたんだよ。『世界は広い。王宮という狭い世界に居たら剣の極みにはとても届かない』ってな」


クレイ 「支離滅裂でよく分からんが正直どうでもいい」


ラルク 「…だが、カイゼンの言った通り、騎士をやめて正解だった。お前のように無名の強い奴が世界にはいるもんだ。さぁ、模擬戦に付き合ってもらうぞ、俺の成長のために」


クレイ 「断るっ言ってるだろ」


ラルク 「問答無用だ」


結局、グイグイ来るラルクの強い圧でクレイは訓練場まで押し込まれてしまった。ラルクは既に身体強化を発動しているのだ。


クレイも身体強化を発動すれば押し返す事はできただろうが、それをやってしまえばますます相手はりたがるだろう。あくまでクレイは戦る気がないという姿勢を貫き、身体強化を発動しなかった。


ラルク 「さぁ、構えろよ。木剣とは言え、今度は本気でやらせてもらう、抵抗しなければ死ぬ事になるぞ?」


クレイ 「俺の方は戦る気はないと言っている。それでも無理強いするなら、それはもはや模擬戦ではない、ただの暴力だ。犯罪だろ」


ラルク 「再登録も終わったし、お前も立派な冒険者だろう? しかもココは冒険者ギルドの訓練場だ。冒険者は自己責任、冒険者同士のイザコザなど、問題にされる事はないさ」


クレイ 「…どうしても襲ってくるなら、こちらも相応の対応をさせてもらう事になるぞ?」


ラルク 「お、本気になったか? 構わんよ、慣れた武器でも、魔法でも好きに使えばいい。行くぞ!」


クレイ 「ルル・リリ! 目を閉じろ!!」







次の瞬間、ギルドの訓練場内に強烈な光が発生した。


クレイが光を発生させる魔法陣を使ったのである。リルディオンの魔力供給を使った強烈な光である。


その場にはラルクの他に野次馬の冒険者が数人居たが、全員光をまともに見て目が眩んでしまう。


ただし、ルルとリリはクレイの指示で目を閉じていたので無事であった。二人にクレイの指示の意味は分かっていなかったが、奴隷であるためクレイの命令に無条件に従ったのだ。やはり軍隊・兵隊としては奴隷は効率が良いと思うクレイであった。


やがてすぐに視力は戻ったが、その時には訓練場内にラルクの姿はどこにもなかった。


実は、強烈な光を発生させたのは、転移魔法陣を使うのをその場に居る者達に秘匿するためであった。光の中で描く光の魔法陣は視認できない。仮に遮光メガネなどを装着して目眩ましの光を防いだとしても、光に溶け込んでいる魔法陣は見えないわけである。だが、魔法陣は見えなくとも発動する。


ラルクはクレイの転移魔法陣でどこかに飛ばされたのであった。


クレイにはラルクの剣の練習に付き合ってやる義理はない。そこで無理やり模擬戦を仕掛けるようなラルクには退場願ったわけである。


訓練場に入ったと思ったらすぐに出てきたクレイを見てロッテが尋ねた。


ロッテ 「…あれ? ラルクは?」


クレイ 「出ていったよ、急用でも思い出したんだろ…」


ロッテ 「そ、そう…」




  * * * *




一方その頃、ラルクは…


ラルク (!! 目眩ましか! 光の魔法をこんな風に使うとは……だが、甘い! たとえ目が見えなくとも、気配をビンビンに感じるぞ!)


ラルクは打ち下ろされる剣を弾き、襲ってきた黒い影を薙ぎ払う。ラルクほどの剣士であれば、目が見えていなくとも気配だけでそれくらいの事はできるのだ。


グギャッとまるでゴブリンのような声をあげて襲撃者は吹き飛んだ。何か、かぼちゃを潰したような手応えがあった。まるで、子供の頭を砕いたような……


ラルク 「やべぇ、やりすぎてしまったか?! おい大丈夫か?!」


ラルク 「くそ、目が見えていなかったので、手加減できなかった」


ラルク 「おそらくこちらの目が見えない事で油断して安易に近づいて来て、まともに反撃を食らってしまったのだろうが…」


ラルク 「木剣ではあるが、達人が使えば十分凶器である。打ちどころが悪ければ死…」


ラルク 「ロッテ、ポーションだ!」


ラルク 「おい、ロッテ? どうした?」


だが、ラルクの声に返答するものは居なかった。


徐々に強光に眩んだ視力は戻ってくる。


まだ薄暗いが、なんとか見える。ラルクは前に倒れている者に駆け寄った。


血が流れ、嫌な臭いがしている。


体も小さい。


まるで子供のようなサイズだ…


ラルク 「クレイ…


…じゃないなコレは?


ゴブリンかよっ! ここは…? 洞窟の中?」


周囲が薄暗かったのは、眩んだ目が回復していないせいではなく、実際に薄暗かったからである事をラルクは理解した。


ラルク 「…ダンジョン? どういう事だ? まさか、転移魔法? …んなわけないか。転移罠の魔導具を使ったというところか? だがそれだってとんでもなく高価な魔導具のはずだが…」


ラルク 「だが、どうやらここはペイトティクバダンジョンで間違いなさそうだ。と言う事は転移させられたのは事実なんだろうな…」


洞窟の中で移動を開始し、たまに現れるゴブリンを蹴散らしていくうちにダンジョンの一階層である事を確信したラルク。


ラルク 「俺はダンジョンに飛ばされ、たまたま居あわせたゴブリンに襲われたって事か。ふ、ふははは、カイゼンの言った通りだな。騎士を辞めて冒険者になって良かった! 世の中には色んな奴がいるなぁ!」



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