第15話 交渉! セクハラか恋人か

 ここはいつもの平のおじさんの部屋。重そうな本棚やら、高そうな革張りのソファーやら、シャンデリアやらに囲まれている。

 ここにいるのは俺と平のおじさん、そしてメイド服を着たカビンさんだ。

 カビンさんは腕を組み、いつにもまして冷たい目で俺を睨んでいる。


「なに? セクハラしたいから恋人にナレ? 頭おかしいのカ?」

「と言っているが?」

「いや、あのー。違うというか、違わないんですけど、ちょっとですね」


 いくらなんでも要約しすぎ。人聞き悪すぎ。聞いてて辛すぎ。

 頭おかしいとか、カビンさんに言われるのはもう慣れてきてしまったけど、親戚のおじさんからもゴミを見るような目をされるのはつらい。

 ゆっくりと、改めて弁解させてもらう。


「あのですね。カビンさんにですね、セクハラしたいんです」

「オウ」

「今のままではマズイので、恋人になってほしいんです」

「オウ。やっぱ頭オカシイな」

「じゃあセクハラしないのに恋人になってもらう方がいいっていうんですか!?」

「そりゃソウだろ」

「えっ? ん? え? じゃあカビンさん、俺の恋人になってくれるの?」

「ならないナ」

「なんだよ!!」


 なにこの人! 頭オカシイのかな!?


「ワタシ、メンクイだから」

「あ、そう……」


 今、俺を傷つける必要あった?


「恋人のフリならしてもイイが」

「あー。そう。そうですか。あの、それでいいです」


 最初からそう言ってるのだが?

 いや、言ってなかったっけな……。


「オウ。で、時給は?」

「えっ」

「仕事ナンだろ。イクラなんだ」

「……」


 平のおじさんを見る。

 フッと息を吐いてから、顎を撫でた。


「追加で払うつもりはない。必要であれば君に支払う分を彼女に渡すことは可能だ」

「そうなりますか」


 なるほど……これが交渉ってことか。


「ふんふん、レンタル彼女の相場は……」


 スマホで検索を始める褐色のメイドさん。どう考えてもそれは結構高そうだ。


「違うんですよ、そうじゃない。恋人になってほしいんじゃないんです。それはあくまでうかつちゃんへの説明の話。だからレンタル彼女は違うんじゃ……」

「ホウ? では単にセクハラがしたいだけダナ。さて、セクハラできるお店の相場は……」


 それはもっと高そうですね!?

 逆に言えばお金さえ払えばしてもいいという話なんですね?

 いくらですか? いくら払えばカビンさんを――

 いや、その話は今は置いといて……。

 

「すみません、ちょっと依頼の仕方を間違えていたようです」

「そうナノカ?」


 俺になにかするというのはちょっと違うな。そうするとかなりお金がかかってしまうっぽい。

 目的は……。


「頼みたいのは、うかつちゃんへのセクハラ家庭教師の助手です」

「ン? ソウなのか?」

「ええ。うかつちゃんに直接セクハラするより、セクハラされているところを見て指摘するほうが勉強になることもあるかと」

「フーン。じゃあオマエはわたしにホントはセクハラしたくないノカ」

「えっ」


 なにこれ。そうですって言うのもなんか違うよな。

 うーん、考えると難しい。正直に言うか。


「仕事としてカビンさんに合法的にセクハラできるのは、かなり嬉しいと思っています!」

「サイテーだなオマエ」


 ええー。

 こんなに素直な人間に対して、そんなに蔑んだ態度ができる方がどうかしてると思うんですけど?

 こういうとき、気の利いたことが言えるといいのだが……。そうだ。


「えっと、俺もメンクイなんですよ」

「ホー。なるほど? レディの褒め方くらいはわかってるようだナ」


 まんざらでもない顔になった。

 俺もうまくなってきたな。セクハラが……。

 とはいえ、口からでまかせというわけではない。彼女は正統派お嬢様美少女のうかつちゃんとはまた違うルックスの持ち主だ。

 透き通るような紫の瞳に、烏の濡羽色のつややかな髪。浅黒の肌に、出るところが出ている、健康的でグラマーな体つき。くすりと笑えば、エキゾチックなセクシーさを醸し出す、なんともキレイなメイドのお姉さんなのである。

 彼女のお尻を触りたくない男なんていません!


「目つきがエロいな……」

「美人を見ると顔がだらしなくなるのは仕方のないことです!」

「ムウ。ソウカ」


 やぶさかじゃない顔!

 カビンさんの扱い方がわかってきました!


「私は何を見せられているんだ」


 おじさんの目つきが冷たくなっていました!

 カビンさんが、おじさんにお仕事モードで語りかける。


「お嬢様のお世話をすることは、もともとお仕事のうちです。お嬢様の勉学のためであれば、追加でお金など必要ありません」

「そうか……」

「そう言ってくれますか……」


 交渉がうまくいきすぎて逆に悪いな……。

 それにしてもそんなに流暢に話せるのに、なんで俺と話すときはカタコトっぽいんだ?

 

「ですが、恋人の真似をすることはお断りします」

「なんで!?」


 もともとそれが目的なのに!?


「イヤ、必要ないダロ? むしろ恋人だったら別にイイジャンてなるだろ」

「ええ~」

「恋人同士でセクハラって意味わかんないダロ。バカか」

「ええ~」

「むしろナンデ恋人の設定がいるんだ。家庭教師の助手でイイだろ」

「いや、それだとさすがにセクハラしてる俺の立場がアレじゃん」

「とっくにアレだから、心配してもムダ」

「ええ~」


 なんだよ~。てか、とっくにアレってなんだよ~。

 そんなことより、このままでは計画が……。


「恋人じゃないとさ、リアクションがさ」

「なんだ? 蹴り殺せばいいんじゃないのカ」

「だめでしょ!?」

「セクハラしたやつへの対応として正解ダロ」

「確かにそうだけど、それじゃうかつちゃんの勉強になんないじゃない」

「お嬢様に蹴りを教えればいいのカ」

「そうじゃなーい!」


 当然だが、カビンさんは俺の思い通りにならない!


「はっはっは。お前たちは本当に仲がいいな。もう恋人でいいんじゃないか」

「「どこが!?」」

「息ぴったりじゃないか」

「おやめください、旦那様。冗談が過ぎますよ」

「そうですよ」

「お似合いだがなあ……」

「このヘンタイは、お嬢様のことが好きなんですよ」


 そうそう。

 思わず首肯してしまう。


「……なんだと?」


 ヒエッ!?

 ゾッとするほど怖い顔!


「イヤイヤ、うかつちゃんは親戚ですから! とってもカワイイけど、妹みたいなものですから!」

「そうだよな」


 一気に穏やかな顔に。マジでこえー。

 あぶなかったー……。

 やっぱ駄目だわ、恋愛は絶対に禁止だ。

 そして、カビンさんはニヤニヤしている。もう弱点を握られたようなもんじゃん……。

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合法! セクハラ家庭教師 暮影司(ぐれえいじ) @grayage14

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