第14話 難題! 好きな人にはセクハラできない

「お前、お嬢様のこと好きナノカ?」

「なッ……!?」


 夕食のためにダイニングにやってきた俺に、メイドのカビンさんから核心を突く一言をくらう。

 なんでわかった……じゃない、なんでそんな勘違いを?


「な、なんでそんなことを?」

「イヤ、バレバレだと思うゾ。顔真っ赤だし。チラチラ見てるし」

「そ、そそ、そんなことないよ」

「ふーん? ソウカ」


 あ、あぶねー。

 これがバレたらおしまいなんだ……。

 その後、食事をしたが、何を食べたのか思い出せない。

 カビンさんに観察されているし、もし平のおじさんに報告されたら……そう思うと味なんかしなかった。

 部屋に戻っても、モヤモヤしたまま。

 順番が来たので、風呂に入る。

 また覗かれているが、それどころじゃない。

 露天風呂の、下半身は温かく、頭には夜風が当たる状況。

 考え事にはピッタリといえよう。

 さて、考えなければ……。

 どうする……どうすれば、俺がうかつちゃんを好きだという話にならずに済む……?

 問題はそれだけじゃない。

 そもそも、うかつちゃんにセクハラができない。

 どうやら、俺は恋をした相手にはセクハラできないのかもしれない。

 学校では、宇生奈ねんねという女の子にセクハラすることで教えることができたが、屋敷ではその方法が使えない。

 となると……?

 うかつちゃんにセクハラできないのは、恋をしているから。

 その状態でなくする方法。

 ――失恋すればいいのでは?

 これは名案なのでは?

 彼女に告白して、こっぴどくフられる。

 これだ。これだよ。

 俺がフられてしまえばいいんだ。

 うかつちゃんに好きじゃないって明確に言われれば。

 それで解決だ。

 それで……。

 …………あれ?

 これは涙……?


「ちょっ、えっ?」

「ん? あれ、泣いてるノカ?」

「セクハラしすぎたんでしょうか?」


 露天風呂の囲いから顔を出している二人がわちゃわちゃしている。

 覗かれていることを忘れてた。

 心配させてしまったようだ。


「大丈夫、大丈夫です」


 心配そうな顔の二人に、問題ないと手を振る。

 俺にセクハラしちゃ駄目なわけないだろ。

 でも、彼女が平気でセクハラできるってことは、つまり俺のことを好きではないということだろうな……。


「オイ、全然泣き止まないじゃないカ」

「ど、どうしましょう、先生が」


 涙が止まらねーッ!?

 駄目だ、失恋のパターンのことは考えるの禁止。

 こういうときは逆に考えるんだ……。

 俺がフられるのは辛すぎて生きていけないので、フられる前に俺がフる。これだ。

 どうやって?

 彼女が俺に告白してきたら、フることはできない。おそらく何もかもを投げ捨てて、世界の果てまで逃避行だ……。自分でも、いつの間にそこまで好きになってるんだと思うが……。これが恋か……。

 となると、告白する前にその可能性を断つ。

 その方法とは……。


「なに? カビンと付き合いたい?」

「いやあの、フリです。フリ」


 俺は雇用主の親戚のおじさん、平然の部屋を訪ねていた。

 目的は、メイドであるカビン・タカンさんとの交際を認めてもらうこと、ではなく。

 彼女と付き合っていることにする、という設定にする根回しである。

 俺がカビンさんと恋人関係なら、うかつちゃんは諦めるしかないわけですよ。どれだけ俺のこと好きでもね!

 うかつちゃんが、俺のことを、好きでも!

 仕方なく、諦めるわけですよ、俺のことを!


「意味がわからないんだが」


 まったく理解できないという顔だ。

 是非もない。しかしうかつちゃんが俺のことを好きだから、と言っても信じてもらえないだろう。なぜならそんなことはないからだ。

 かといって、本当のことを言うわけにもいかない。俺が彼女に惚れてしまったなんて言ったら、即クビだ。

 そこで考えた理由。


「本人を触るだけでは限界がありまして。他の人にもセクハラしたいんです」

「ふむ? それで?」

「となるとこの屋敷ではカビンさんしかいないじゃないですか」

「うちの妻という選択肢もあるが?」


 ……ええ~。

 妻にセクハラしていい夫とかいる?

 と思ったけどそもそも娘にセクハラさせてるんだった。今更この人に常識は通用しないな。


「頻繁にお会いできないと機会が少なくてですね」

「そうか。となると残念だがカビンになるな」


 なんで残念なんだよ……。ひょっとしてNTR属性なのか?

 実は娘がセクハラされてることに興奮してるんじゃないだろうな……。

 まあいいや、知りたくないし。話を続けようぜ。


「カビンさんにセクハラしてるところをうかつちゃんに見てもらって、指摘してもらいたいわけですよ」

「なるほど」

「さすがにメイドだからっていう理由でカビンさんにセクハラするのはマズイじゃないですか」

「……セクハラっていうのは本来そういうものだが……」


 ……こういうときに正論を出してくるの卑怯だと思うんだ。


「ですけど。ですけども。ほら、うかつちゃんだって事前に説明やら同意やらがあるわけで」

「そうだな。それで?」

「だから恋人ならしてもいいのかなと」

「ふむ……しかしそのやり方はうまくいくのか?」


 やり方自体に疑問が?

 しかしそれは心配ご無用。


「実は学校では彼女のお友達にセクハラしているのですが、それが結構うまくいっているんです」


 自信満々で答える俺。

 そう、実はすでに実証済みなんですよ。


「……お友達にセクハラしてる……だと……」


 あれっ?

 なんかドン引きしてるんですけど。


「駄目だろ。どう考えても。ウチが特殊な事情でやってるんであって、普通の女の子にセクハラしていいわけないだろ」

「……あっ」


 どうやらおかしくなってしまったのは俺もだったようです。

 た、たしかに。たしかにな……。ちょっと説明が足りなかったか。


「……自首しなさい」

「待って。待ってください。ちゃんとした手順でセクハラやってますから」

「ちゃんとしたセクハラなんてないんだが」


 はあ~!?

 あんたが正論言うなって!


「頼まれたんですよ。セクハラしてほしいって」

「そんなわけないだろう」


 だからあんたが言うなよ!?

 あんた娘にセクハラしろとか妻にセクハラしてもいいとか言う男だってわかってて言ってる!?

 ツッコミをいれたいのは山々だが、ぐっと我慢。ここは淡々と説明すべきだ。


「本当です。本人はもちろん、うかつちゃんにも頼まれたんですよ」

「うかつが? 友達にセクハラしてくれと?」

「むしろ、しなかったら嫌いになるとか、見損なうとか言われて泣かれました」

「どういうことなんだ。何を言っているんだ。そんなわけないだろう」


 まあね。そうかもね。

 うーん。この人ですら、理解はできない模様。混乱の極みという顔をしている。

 真実なのと、ここで納得してくれないと通報されかねない。なんとかわかってもらわないと。


「その女の子は、宇生奈ねんねちゃん。男の人が苦手で、セクハラされることで克服したいという立派な志の女の子でした」

「ふむう。たしかに心がけとしては立派だが……」


 肉体的にえっちなことをされたいと言ってたことは伏せよう。


「自分を変えたい。そういう気持ちはあるけど、やっぱり怖い。わかりますよねえ、わかりますとも。そして、自分の親友に相談した」

「それがうかつということか」


 俺は首肯する。いいね、乗っかってきている。


「そうです。ちょうどいい男性がいると。怖くない、安心してセクハラされることができるというレアな存在が」

「なるほど」

「そこでうかつちゃんが私に依頼を。そんな友人のために一肌脱ぎたいという、お優しいお考えです」

「ふむう。たしかにさすがはうかつ。なんていい子なんだ」


 よしよし。いい流れだ。


「それでも私は一度拒みました。さすがに。さすがに、セクハラしてくれと言われてわかりましたとは言えないと!」


 天井を見ながら手を捧げる俺。舞台俳優になれるかもしれない。


「しかし、そこでうかつちゃんが言ったのです、友達にセクハラしてくれない先生なんて嫌いだと~」


 べべん!

 俺は講談師にも向いているかもしれない。


「彼女の~、未来のためぇ~にぃ~♪ セクハラを~、してほしい~ぃ~♪」


 ミュージカルスターも目指せそうだぜ!


「かくして、麗しき乙女の涙を見た男、進士は~。頼みを聞くことにしたのでありました~♪」

「歌は下手だし、いちいち説明がウザいな」


 ちくしょう!

 何者にもなれない俺に祝福を!


「しかし、内容はわかった。世の中、いろいろな事情があるものだな」


 そうですね。ええ。本当にそうですね。

 普通に説明するか。普通にね。


「で、うかつちゃんのお友達、宇生奈ねんねさん。彼女へのセクハラを見て、うかつちゃんは第三者視点でのセクハラを学んだのです」

「それを家でもやりたいと。そういうことか」

「そうです。なのでカビンさんを」


 恋人に。そのことでうかつちゃんとのフラグを折る……!


「ふむ……。では、交渉だな」

「……交渉?」

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