第12話 友情! 友達のためにセクハラを

 昼休みになるまでの間、俺は受験勉強せずに考えていた。

 男性がコワイという宇生奈ねんねちゃんという女の子。彼女は俺がセクハラを断った理由を「自分がブスだから」だと思っているような口ぶりだった。

 ブスじゃなかったらセクハラするって。

 そんなわけないだろう。

 俺のオヤジじゃないんだから。

 ……うちの親だったらそうだったわー。

 ってことは、そんなわけないわけでもないわー。

 よし、彼女がブスでないことを証明するために、セクハラするぞ!

 ……ってなるわけないじゃない。

 おかしいですよ。

 よし、断ろう。

 強い気持ちで、二人の元へ向かった。


「先生、ねんねちゃんにセクハラする覚悟はできましたか?」

「……」


 早くも心が……。

 いや、負けないぞ。


「あのね、俺は仕事だから……」

「見損ないました」

「えっ」


 腕を組んでぷいっと顔を背けるうかつちゃん。これはショックですよ。


「先生は、お金をもらっているから仕方なくわたしにセクハラをしているということですか」


 ……そうです、と言える雰囲気ではない。

 宇生奈さんも固唾を飲んで見守っている。


「先生は、わたしのためにしてくれていると思っていました。わたしの将来のためになると。だからしてくれていると信じていました」

「!? そ、それは」


 それは、そのとおりだ。

 仕事だから、お金が魅力的だから、それはそうだ。それはそうだが、それだけで女子中学生にセクハラなんてできるわけがない。

 彼女にセクハラすることが、本当に彼女のためになると信じているからやれることだ。


「だから、わたしの大事なお友達のためにも、頑張ってくれると思ってたのに……」


 ぽろり、と一筋の涙。

 俺が、俺がセクハラを断ったばかりに彼女を泣かせてしまうことになるとは……。


「いいの。いいの、わたくしのためにそんな悲しいケンカはしないでください」


 くしゃくしゃの泣き顔のねんねちゃんが、うかつちゃんをひしっと抱きしめた。麗しき友情。問題はその原因が俺だということだ。俺がセクハラをしないことがこの悲劇を引き起こした。

 なんでこうなるんだ……。


「ごめんね、うかつちゃん。うかつちゃんは本当は先生のこと大好きなのに……」


 ねんねちゃん?

 今、なんて言った?

 うかつちゃんが俺を大好き、だと……?


「いいえ。いいえ、嫌いです! ねんねちゃんにセクハラしてくれない先生なんて、もう嫌いになりました!」


 そこまで?

 俺が宇生奈さんにセクハラしないことは、そんなに悪いことなの?

 逆ならわかるんですよ?

 俺が宇生奈さんにセクハラしたせいで、こうなったのなら理解可能なんですよ?


「うう、わたくしが、わたくしがセクハラしたくもない醜い女であるばかりに……!」

「いや、そういう理由じゃないって。かわいいと思うって」

「うう、慰めの言葉なんて。どうせ、どうせ」


 聞く耳持ってくれないわ。

 泣いている女子中学生を前にして、言葉だけでどうにかできるほど俺は口達者じゃないのです。


「ごめんね、ごめんね、ねんねちゃん。わたしの、先生の……先生のせいで!」

「わーっ! わかった、わかった! 降参! 降参します!」


 女子中学生の友情を破壊してまで拒否することじゃない。

 結局、宇生奈さんにセクハラすることになるのか。絶対にセクハラなんてしないと思ったのに……。


「でも、俺はうかつちゃんにセクハラを教えるのが仕事だからね。セクハラは、うかつちゃんの前でだけする。どこがどうセクハラだったのか、説明してもらうからね」

「わかりました!」

「や、やったー! ありがとう、うかつちゃん」

「よかったね、ねんねちゃん」


 本当によかったのだろうか。

 親御さんから依頼されたわけでもないのに。ねんねちゃんのご両親に知られたらどうするつもりなんだ俺は。

 やはり断固として断るべきだったのでは……。

 いや、疑うのはおかしい。だって、この二人が笑顔なのだから。

 見目麗しい女子中学生が、抱き合って喜んでいる。この状況を生み出した判断が間違っているわけがない。

 俺はセクハラします!


「おっ、ねんねちゃん。いいケツしてんね」

「きゃ、きゃああああ! お尻を触られたあああああ!」

「まあ、お尻を? なんてことを」

「ちょっと待ってええええええ!?」


 ガチでヘンタイに出会ったかのようなリアクションのふたり。それはないって!

 涙目で恨みがましく上目遣いの宇生奈さん。まるでセクハラされた女の子みたいに……いや、したけどさ。それはしてくれっていうからじゃない。


「ううっ」

「先生……」

「いや、待ってよ、そりゃないって。どうしてもしてくれっていうからしたんじゃない」

「……?」


 きょとんじゃないんだよ、宇生奈さん。


「ま、まさか……いまのはセクハラ?」

「当たり前でしょうよ、頼むよ」


 手を口に当てて、ハッとさせてる場合じゃないのよ。

 今の流れでさ、俺がセクハラ以外の理由で女の子のお尻を触るわけないじゃない。


「ということは、先生はねんねちゃんのお尻を触ると性的に興奮するということですね?」

「……」

「勃起するんですね? ねんねちゃんのお尻を触ると?」

「……」


 これ聞かれるのが一番イヤだ……。

 NOとも言えないし。


「えっ!? そんな……わたくしのお尻で?」


 濡れた黒真珠のような瞳が、晴れた日の星空のようになっていく。女の子の目が絶望から希望に変わる様子を見たよ。その原因が俺の勃起とはね。


「嬉しい……もっと触ってください、お尻」

「いや、あの、お願いされちゃったらもうそれはセクハラじゃないのよ」

「あ、そうか。そうなんですね……」

「難しいですね。セクハラというのは……」


 そうか?

 女子中学生が男に「お尻触ってください」って言っちゃ駄目って、当たり前じゃない?

 世界じゃそれを痴女っていうんだぜ。

 どうやら、うかつちゃんにはセクハラ以外にも教えなきゃいけないことがありそうですね。


「先生は、おっぱいだけじゃなく、お尻を触っても勃起する……と」


 うかつちゃんがメモを取っています。勉強熱心ですねえ、涙が出ますよ。

 宇生奈さんはそれを「ふんふん」と聞いている。どうするつもりだろう。


「……」


 無言で俺に胸を差し出してきた。「揉んでいいですよ」と台詞にはしてないからオッケーだと思ってるのだろう。言ってるのと同じだよ。

 据え膳食わぬは男の恥と言うが、女子校で昼休みに堂々と胸を揉んでいいわけがない。お尻はほら、こっそり触れるからさ。

 仕方ないな……。


「あっ……」


 俺は太ももを撫でた。

 スカート越しではなく、スカートの中に手を入れて。

 宇生奈さんの生足は、すらりと細くシルクのようにきめ細やかな肌。すべすべとしてとても撫で甲斐がある。

 女子中学生らしく、まだムチムチとした肉感が少ない。これからもっと女性らしい太ももになっていくのだろうなあ……。

 子供ではないが、まだ育ちきっていない太もも。少し手に力を入れると、ぷりっとした手触り。ふむ……素晴らしい……。


「……うーん」


 うかつちゃんは腕を組み、悩んでいる様子。セクハラかどうかわからないというところか……太ももを撫でるくらいなら、別にかまわないのではないかと……。世の中の女性がその認識だったら男性はハッピーかもしれないな。


「ふーむ」


 うかつちゃんは俺の股間を凝視した。

 俺が勃起しているかどうかで判断しようというのか。それがセクハラだということには気づいているのでしょうか。

 どうだろ、太もも触ってるだけだし、そんなに……


「これはセクハラですね」


 人差し指をピンと立てる、うかつちゃん。つまりそういうことなのかな。恥ずかしすぎるだろ。

 しかしながら、そういうことで済ませるわけにはいかない。


「うかつちゃん。セクハラかどうか、じゃないよね。どこがどうセクハラだったかを説明しなさい」

「そうでした。うーん」

「うかつちゃんが正解するまで、セクハラは止まらないからね」


 撫で撫で。太ももを撫でるのも大変だぜ。表と裏で触り心地が違うぜ。裏の方が好きかも。特にお尻に近いところがいいね。


「あん……気持ちいい」


 宇生奈さん、そういうこと言うのやめてもらえる?

 こっちは真面目にセクハラしてるんだから。そういう艶めかしい声を聞くとドキドキしちゃうでしょ。

 うかつちゃん、もう股間を見る必要はないよね?

 ちゃんと集中して考えてくださいよ。

 そう思っていたら、俺の顔に視線を上げた。


「はっ! そうだ、スカートの中! 服を着ていると見えない体の部分を、無断で見たり触ったりするのはセクハラ! よって、スカートの中に手を入れて太ももを触ることはセクハラです!」

「正解です。よくできました、うかつちゃん」

「やった! へへへ」


 宇生奈さんの太ももを撫でていた右手で、うかつちゃんの頭を撫でた。

 うんうん。セクハラの家庭教師、できている気がするね。

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