第11話 友人! セクハラは有料になります

 学校についたが、昨日と違ってのんびりしていられない。

 今のところ、なんの成果も得られていないし。時間を有効に使うように、と言われたばかりだし。

 つまりは限られた、うかつちゃんと会える機会を無駄にしないようにしなければならないということ。

 授業中は無理として、休み時間にならやれることはあるだろう。

 しかし女子中学生だらけの建物に入っていくというのは、なかなか勇気が必要だ。

 だが、屋根のないところならまだマシ。

 そこで俺が向かっているのがカフェテラスだ。

 2時限目と3時限目の間は少し時間に余裕があり、お茶を飲むことが多いと聞いている。

 都合のいいことに、授業が行われる建物と、図書室や食堂などがある建物は別だった。そちらは2階建てで、1階にはオープンテラスもあるらしい。

 そこに向かう道は、赤いレンガが敷き詰められている。広々しているけれど、それでも多くの女子校生は歩いているわけで。

 許可証を首から下げているのだから、堂々と入っていけばいいのに、抜き足差し足忍び足。

 なんかすれ違う女子からヒソヒソ言われてる気もするが、気にしてはならない。

 ――いた。

 大きなパラソルを使ったカフェテーブル、その椅子に腰掛けている。


「うか……」


 おっと、うかつちゃんはいたが、お友達が隣りにいる。

 こんな状況でいきなり胸を揉んだら、お友達に悲鳴をあげられてしまう。

 一人になるまで待つしかないか……。

 階段に腰掛けて、スマホでもいじっていれば目立たないだろう……。


「あ、先生!」


 見つかった。あっさりと。俺に尾行の才能無し。

 しかも、なんと二人でこちらにやってくる。

 まずいぞ。ここでうかつちゃんが、俺を紹介するとしたら。

 セクハラ家庭教師だと説明して理解できるわけがない。変質者として通報待ったなし!

 逃げるか?

 ――いや、そんな紹介があるはずがない。

 ここは逃げる方がリスキーだ。いっそ堂々としていたほうがいいだろう。

 普通に「家庭教師」だって言ってくれ。


「ねんねちゃん、こちらがセクハラの先生だよ」


 ざんねーん!

 終わった、俺は終わったよ!

 一応、名乗るのは礼儀だろう。どうせゴミ以下の存在だと認識されようとも。


「か、家庭教師の片台進士です。家庭教師の」


 なんだ、家庭教師かあ。

 と思ってくれ、頼む!


「あっ……話は聞いてます」


 しゅう~りょう~。

 すでに!

 すでに話を聞いちゃってるそうです!

 お友達に俺のことは言っちゃダメだということを最初に言うべきでした!

 青ざめている俺に気づくこともなく、うかつちゃんは笑顔で彼女をご紹介。


「先生、こちらはわたしのお友達の宇生奈うぶなねんねちゃん」

「よろしくお願いします」

「ああ、うん。よろしくね」


 なにかよろしくすることもないと思いますけど。俺はあなたのお友達にセクハラをしているクソ野郎です。

 こちらは内心バッドエンドを迎えているが、彼女からは特に侮蔑な目を向けられることも、唾棄されることもなかった。

 ねんねちゃんは、うかつちゃんよりも背が低く、うかつちゃんよりも丸顔で、くりくりとした目。リスのようなげっ歯類を思わせる可愛らしさがある。

 うつむきがちで、キョロキョロとしており、上目遣いでなんとも庇護欲をそそられるタイプ。

 清楚だが、自信も気品もあって凛としているうかつちゃんとは、対象的かもしれない。

 そんな宇生奈さんという女の子が、うかつちゃんに目配せ。なんだろう、土下座させろとかかな。

 うかつちゃんは、手を合わせて俺に一礼。土下座しろというならしますよ。喜んでね。


「先生、お願い。ねんねちゃんにセクハラしてください」

「エーッ!?」


 うかつちゃんのお願いは聞いてあげたいが、そればっかりは無理だろう。土下座程度ならまだしも。

 事情がたっぷりあるうかつちゃん相手でも、セクハラはどうかと思うわけですよ。見ず知らずのお嬢さんにしていいことじゃないって!

 そもそもセクハラを望んでる女子中学生なんていないって!


「えっと……ヘンタイさん」

「あ、俺のことはできればシンシって呼んでもらえます? あんまり苗字は好きじゃなくて」

「あ、すみません、シンシさん」

「ごめんね?」


 セクハラ家庭教師のヘンタイさんは、さすがにつらすぎるだろ。まぎれもなく事実だけれども。


「シンシさんに、セクハラ、してほしいんです」

「……」


 俺は女の子から生まれて初めての告白をされていますね。こんなことは今までにないことだが、今後もないことを願うよ。

 ともあれ。

 冷静に、努めて冷静に、俺は返事する。


「理由を聞かせてもらえるかな?」


 おかしいだろ!

 そんなわけないだろ!

 どんなお願いだよ!

 そんなツッコミを入れることは可能だが、彼女の真剣な眼差し。

 こりゃなにか事情がありますよ。


「えとえと……あうう」


 目をキョロキョロさせたあげく、目を閉じてうつむいてしまった。ふーむ。


「先生、ねんねちゃんはね、男の人が苦手なの」

「なんですって……」


 男の人が苦手な女子中学生にセクハラをしろって言うんですか?

 絶対ダメじゃん。

 極悪非道じゃん。

 どんな理由があっても、やっちゃダメですよ。ええ。


「男の人が怖くて……」


 そう言う彼女は、雨の日の子猫のように怯えている。なんと弱々しいのでしょう。守ってあげたいよ。決してセクハラなんてしたくないよ。


「男兄弟にもいませんし、父も事情があって一緒に住んでいませんし」


 うんうん。

 そうかいそうかい。

 君は一生男なんかと関わらなくていいんだよ。


「でも、わたくし、男の人と仲良くなりたいんです」

「なるほど……」


 自分を変えたいんだね。

 偉いじゃないか、男性がコワイのに、克服したいだなんて。

 でもね、その方法は俺にセクハラされることじゃあないんだよ。決して。他の方法があるだろ、どう考えても。


「できれば、肉体的に仲良くなりたいんです」

「……ん?」


 なんだって?

 肉体的に?

 こんなお嬢さんが?

 ――あ。わかった。意味が違うんだ。

 なんかあれだ、ダンスパートナーを探してるとかだ。社交ダンスとか。うんうん、そういうやつに違いない。

 プロムで一緒に踊る相手を誘えないとか、そういうことだろ。俺とは生きる世界が違うぜ!


「男性にえっちなことをされたいんですっ」


 あってたーッ!

 肉体的の意味があってたーッ!

 そして台詞が、見た目と声と表情にあってねーッ!


「ほらね、先生」

「なにが?」


 うかつちゃんは、なぜうまくいったみたいな顔をしているのかしら。何一つうまくいっていませんよ。


「男性がコワイ。でも、えっちなことをされたい。これってちょうどいいじゃないですか」

「なにがちょうどいいんでしょうか」


 うかつちゃんは「なんでわからないの?」と言わんばかりだが、俺がおかしいじゃないからね。


「つまりセクハラして欲しいってことですよ!」

「ええ……」

「そうです、わたくし、セクハラして欲しいんです」

「ええ……」

「でも、わたくし、男性がコワイから、こんなこと誰にも頼めなくて……」


 いや、怖くなくてもそんなの誰も頼まないと思いますけど……。


「でも、うかつさんのご紹介なら安心です。安心してセクハラしてもらえます」


 なんだよ、安心してセクハラされるって。そんなのないんだよ。


「はい。先生なら安心です。紳士的ですし、お優しいセクハラをされますから」


 なんだよ、お優しいセクハラって。俺は今褒められているんですか? 喜べませんけど?

 なんかふたりとも、俺が断らない雰囲気ですが、当然お断りだ。


「すみませんが、宇生奈さん。俺はお力になれそうもないです」


 頭を下げた。もうそれしかあるまい。

 すると、俺の目の先にある地面にポタポタと雫が。雨ですか?


「やっぱり……やっぱり、やっぱりわたくしが、ブスだからなんですね」


 目を上げると、涙をボロボロと流していた。

 なんでそうなるの!?


「先生……女の子を泣かせるなんて……あ、これもセクハラなんですか?」

「ち、違うよ……」

「先生、セクハラでもないのに泣かせるなんて最低ですよ」


 もう何がなにやら……。

 セクハラして泣かせたらダメなのはわかるけど、セクハラを断ったら泣かれるのは意味がわからないって。


「俺が悪いのか?」

「だって、こんなに頼んでるのに、無下に断って」


 そりゃ、セクハラしてくれとかいうお願いだからですよねえ!?


「別にいいじゃないですか、少しセクハラするくらい」


 うーん。それを女子中学生が言うんですか……。世も末だよ。


「いや、あのね。うかつちゃん。俺がセクハラしてるのは、仕事だからなんだよ。お仕事だからまだ許されていることであって」


 そうだよ。そこが正当性の理由なんだよ。

 俺がうかつちゃんにセクハラするのは、あくまで仕事だからなの。

 これは仕事じゃないセクハラだから、ダメですよ。


「わかりました……」


 泣きながらうつむいていた宇生奈さんが、ハンカチで目を押さえながらそう言ってくれた。

 ほっ……。どうやらわかってくれたようです。


「お金はお支払いしますから、セクハラしてください」


 わかってなかったーッ!


「先生……結局お金なんですね」

「やめて、うかつちゃん、その評価はやめて」


 セクハラしてやるから金よこせって、なにもかも無茶苦茶すぎるだろ。俺はそんな人間になりたいわけじゃあないんだよ。そんなクズを見るような目はやめてくださいよ。俺が「金やるからセクハラさせろよ」とでも言ったらそう見られてもおかしくないですけども。

 言いたかったのは「仕事だから仕方なくセクハラをしている」であって、「セクハラは有料になります」じゃないんですよ。


「でも……お金を貰わないと、わたくしみたいなブスにセクハラをしようとは思えないということですよね」

「やめて、宇生奈さん、そんなことは言わないでくれ」

「でも……そうとしか……」

「先生……」


 空気が重い。重すぎる。

 俺が悪いんですか? 俺はセクハラしないって言ってるだけなのに?

 俺が唐突にセクハラしてこうなったんなら、わかりますけど……。


「あっ、もう次の授業が始まっちゃう」

「そうですね……」


 タイムリミットで俺の前から去ろうとしているが、空気は最悪だ。このままお別れするのはさすがに後味が悪すぎる。


「あ、後で! 昼休みにもう一度話そう!」


 俺に言えるのはせいぜいこれが精一杯だった。宇生奈さんにセクハラするなんて、そんなことは絶対にないけれども、なんとかわかってもらえるように。

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