第10話 躊躇! そして始まる逆セクハラ

 セクハラ家庭教師の朝は早い……。

 教え子が起きる前に、準備を整えなければならないからだ。

 歯を磨いて、顔を洗って。準備万端であさイチのセクハラをしなければな。

 おっぱいか、お尻を触る。

 この王道のセクハラをする。そう決めたんだ。

 ところが部屋を出ると、すぐに彼女に出会ってしまった。


「おはようございます、先生」

「うっ」


 廊下の窓から降り注ぐ朝日を浴びて、髪も表情もきらきらと輝いている。寝起きとは思えない、すでに完璧なビジュアル。

 丁寧に編み込まれた、つややかで栗色の長い髪。長いまつげ、大きな二重の目。白くて美しいが、若さを感じるぷにぷにとした頬。

 弾ける笑顔が、寝起きにはまぶしすぎて直視できない。

 こんな、こんな可愛らしい、ステキなお嬢さんに俺はいきなり胸を揉もうとしているのか。

 

「……? 先生?」


 小首をかしげる、うかつちゃん。まさに純真無垢。純情可憐。

 さ、おっぱいを。おっぱいを揉むんだ……!


「お、お、おはよう」

「はいっ。おはようございますっ」


 ――無理ッ!

 仕事とはいえ、この状況でいきなりおっぱいを揉むとか無理!

 朝一番でやると決めていたが……。

 いや、違うね。

 俺はまだ準備できてないんだ。

 そうだよ、彼女はもう完璧だけど、俺はまだ歯も磨いてないし、顔も洗ってないし、髭も剃ってないし、髪もセットしてないし、トイレも行ってないもの。

 セクハラするにも礼儀あり。


「早いんだね、うかつちゃん」

「ふふっ。そうですね。先生に会えると思ったら、ベッドの上にいるのがもったいなくて」

「っ!?」


 俺に会えるのが嬉しくて早起きしちゃったってことか?

 そんなこと言われたら、好きになっちゃうだろ……


「ダメダメダメダメ!」

「えっ?」


 恋愛は禁止だって。

 セクハラ相手を好きになるとか、許されるわけがない。


「いや、ちょっと、まだ寝ぼけてるみたいだ。顔も洗ってくる」

「あー。ふふっ。カッコよくなってきてくださいね」


 いちいち嬉しくなることを……。

 身だしなみを整えたら、おっぱい鷲掴みだ。覚悟しておくことだね、フフフ……。

 そして10分後。


「あっ、準備バッチリですね! さ、朝ごはんにいたしましょう」

「あ、うん。そうだネ」


 覚悟できてないのは俺だーッ!?

 ただガッと、おっぱいをガッと行けばいいだけなのに! 俺のバカ! 意気地なし! もう知らない!

 

「おはようございます、かびんさん」

「おはようございます、お嬢様」


 今日もダイニングではメイドのカビンさんが準備をしてくれていた。8人は座れるテーブルの真ん中に俺とうかつちゃんだけが座る。

 俺の向かいにうかつちゃんが座り、左には窓が、右にはキッチンへの扉がある。右側からカビンさんがコーヒーポットを持ってきてくれ、うかつちゃんにカフェオレを注いでいた。


「おはようございます、カビンさん」

「……朝からセクハラしたのか? サイテーだな」

「……まだです」

「ソウカ。仕事シロ」


 厳しすぎじゃね?

 ごもっともだけど、厳しすぎじゃね?

 しても怒られ、しなくても怒られるのかよ俺は。

 

「先生とかびんさん、なかよしですね」

「ええ……」


 このやり取りでそう思います?

 やや不機嫌にクロワッサンをちぎるうかつちゃんを見やりつつ、俺もコーヒーをいただく。


「あ、おいしい」

「そうだろう。お嬢様向けはカフェオレ用だから。お前用にコーヒー豆を変えたからナ」

「えっ、俺のために? ありがとう、嬉しいよ」

「フン。仕事だから当たり前。お前も仕事シロ」


 憎まれ口を叩きながらも、カビンさんは照れくさそうに微笑んだ。うーん、こういう可愛らしい表情もするんだな……。


「むう……先生はかびんさんが好きなんですか?」

「なっ!?」


 うかつちゃんにとんでもないことを言われてしまう。ちょっといいなと思っただけなのに、看破されてしまった。

 こういうことは鈍いと思っていたのに! 


「なんだ、お前。ワタシのこと好きだったカ?」


 こう聞かれたときどう答えるべきなのか?

 嫌いというわけにもいかんし、好きと言うのもいかんだろ。

 つまり、正解は……答えない。大人は質問に答えない!


「うかつちゃん、それはセクハラだね」

「えー! そうだったんですか?」

「そうだよ。職場で部下の女の子に、あいつのこと好きなの~? とか言っちゃうおじさんはマジでヤバいからね」


 まあ、それと今のうかつちゃんの発言は若干違うとは思うけれども。セクハラ家庭教師としては、今のは完全にセクハラと認定させていただく。


「そうでしたかー。つまり、先生はかびんさんを好きかどうか考えると勃起するってことなんですね」

「んー!?」


 なにそれ、どんなヘンタイだよ。


「ヘンタイだな」


 カビンさんにそう言われたが、ぐうの音も出ませんよ。

 本当にそうだとしたらね。 

 そうだった、今のところ彼女にとってセクハラとは、した人が勃起することだという認識なのだった。

 正しい知識をつけてもらう必要はあるが、今すぐできたら苦労はしない。


「うーん。勃起はしないんだ、うかつちゃん」

「そうなんですか? 残念です」


 なにが残念なんだろう……。


「早くクエ。遅刻する」


 そう言いながら、コーヒーのおかわりを注いでくれる。優しい。


「そうですね。お話の続きは車の中でしましょう」


 そう言われてしまってはしょうがない。

 俺はクロワッサンをコーヒーで流し込み、いちごとキウイをたいらげた。


 車の中でスタンバイ。

 二日目の登校だが、もう違和感はない。

 この生活、早くも慣れてきたといえるだろう。

 しかし。


「ふふ。今朝も一緒に登校できて、嬉しいです」

「うっ……」


 彼女と一緒にいるのは慣れない!

 ドキドキが止まらない!

 会えば会うほど、話せば話すほど、見れば見るほど、平常心でいられなくなっていく。

 これがほら、もっとギャンギャンうるさくて、ちょっとはしたなくて、粗野で乱暴な感じの女の子ならここまで苦しくないのだろう。

 つまり……彼女が俺の好みのタイプだから……ではない!!

 これは……あれだ。あのー。背徳感。

 そう、背徳感に違いない。

 セクハラしなきゃいけない。そう思うがゆえに、心が苦しいのだ。

 決して、清楚で可憐で上品で美しく、爽やかな口調と愛くるしい笑顔がたまらなく素敵すぎるとか、そういうことは関係ない!


「どうしました?」

「いやっ、あのっ」


 今度こそ、胸を。

 そう思うのだが、勇気が出ない。

 もう車に乗ってしまったので、お尻は触れない。

 後部座席に二人を載せて、車は出発。

 早くセクハラしないと……む、む、胸を……!

 

「そういえば、今日はまだセクハラされてないですよね?」

「お、お、そ、そう! さすがだねー。あの、何もしてないのにセクハラだって指摘しないかテストしてたんだよ」

「ああ! そうだったんですね。さすがです。ふふ、いまのところ大成功ですね」

「あー、うん。そーだねー」


 今、おっぱいを突然揉んだら。

 それがセクハラじゃないとわからない人などいるだろうか。いや、いない(反語)。そんな状況でやっても意味ないんだよ!

 決してビビってるわけではない!


「ところで、セクハラだとわかった上で質問なんですけど」

「ええ!?」

「ダメですか?」

「うっ」


 立場上ダメとは言えないとわかっていて言ってるじゃないのよ!

 

「いや、どんと来いだよ。昨日までセクハラがなんだかわかってなかったのに、セクハラだとわかった上で質問なんて、すごい成長だよ」


 むしろ俺がセクハラできなくなってるのが問題だよ。

 よく職場で挨拶代わりにパイタッチなんかできるよな。オヤジ結構すげーなと思い始めたよ。


「勃起に興味があって」

「ぼっき」


 中学三年生のお嬢様は、現在勃起に夢中だそうです。


「先生はさっき、かびんさんでは勃起しないと言っていましたが」

「いや、そうは言ってないかな」


 カビンさんが好きとか嫌いとかそういう話では勃起しないと言ってるだけでね。

 カビンさんでは勃起しないだと、だいぶ失礼な話ですよ。


「かびんさんで勃起するんですね!? 詳しく教えてくださいっ」

「ええーっ!?」


 なんで否定してしまったんだ俺!

 こんなこと言われても困りますよ。


「それはセクハラなんで」

「わかってますけど? それで、かびんさんがどうしたら勃起するんでしょうか?」


 詰んだ―ッ!

 投了―ッ!

 助けてくれーッ!


「いや、その、あのー。わからない。そう、わからないよ」

「まあ。わからない」

「そう。あのー、勃起ってそんな簡単なものじゃないっていうか」


 嘘ではない!

 なんで? っていうことはある!

 なぜか勃ったり、なぜか勃たなかったりする。そういうもの!


「でも下着を見たら勃起すると聞いておりますが」

「んー。まあ。否定はできないかな」


 一般論ですけども。ええ。

 ここは俺個人の話ではなく、みんなそうなんじゃないでしょうかという話で進めましょう、そうしましょう。


「わたしの下着を見ると勃起すると聞いています。ほら、ここに」

「はい。そうですね。はい。します」


 あっという間に作戦失敗ですよ。

 勉強できるのよね。うかつちゃんね。メモしているからね。

 可愛らしい字で『わたしの下着で勃起する』と書いてあるよ。

 逃げられねーっ。


「先生はかびんさんの下着でも勃起するのでしょうか」

「う~ん。まぁ、するでしょうね……」


 カビンさんは見た目はキュートなメイドさんだからな。スタイルもいいし、そりゃあね。

 

「やっぱり」


 そう言いながらメモをしているよ。やめてほしいね。

 

「かびんさんの胸を触ったら勃起しますか?」

「はい。すると思います」

「むう……」


 殺してくれ!

 もう俺を殺してくれ!


「わたしの胸でも勃起しますか?」

「もちろんです。もちろんします」

「ほうほう。そうなんですね」


 運転手さん、聞こえてないよね?

 これ聞こえてたら交通事故おきるよね? 聞こえてないよね? 大丈夫だよね?


「では、触ってみましょう」

「ええーっ!?」


 うかつちゃんが俺の手を、自分の胸に。

 俺がやりたくてもずっと勇気がなくてやれなかったことをいとも簡単にやってのけられたーっ!

 いともたやすく行われるえげつない行為とは逆セクハラだったのかーっ!


「どうですか、勃起してきましたか?」


 セクハラを教えるつもりが、逆セクハラされるだけの朝だよ。

 早く学校についてほしい……。

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