第9話 回想! いいセクハラと悪いセクハラ
「疲れた……」
俺はベッドに大の字で転がった。
支給されている上質なパジャマで、ふかふかなマットレスに……ありがたや~。
受験勉強など、もはやする気無しだ。今日は少しもできなかった。
一日中、かわいい女の子にセクハラするのがこんなに疲れるとは。
働くっていうのは大変なことだなあ……。
明日するセクハラのことも考えないと……これが教育者のつらさだな。
まだ彼女は初心者というか、なんにもわかってない状態。
高度なセクハラではわからないだろう。
オーソドックスな……これぞセクハラというやつ……。
こういうとき思い出すのはオヤジの話だ。もういい歳だが、まだ死んじゃいない。
俺が小学校低学年のとき、スカートめくりをした友達がとんでもなく怒られたことがある。
そのことを話すと、信じられないと言っていた。昔は挨拶と同じだったと。なんだったら、スカートめくりをしないのは好きじゃない、ブスだと言ってるようなもんだったとまで言っていた。
スカートめくりをするのは、好意がある証拠だ。しないのは無視と同じだ。されなかった女の子が怒るならわかるとまで言っていた。
なんて斬新な意見だろう。そういう考えもあるのかと。
それが面白くて、俺はオヤジの話を聞くことが増えた。
俺の父親は、広告代理店で営業をしていた。パソコンも、携帯電話もなかった昭和の話。
新入社員のオヤジは、じぶんの歓迎会という名目なのに余興を強要され、一升瓶の日本酒一気飲み。月曜から土曜まで毎日残業なのに、日曜日は軽井沢で接待ゴルフ。
タバコを吸いながら遅くまで仕事をし、退社してからはクライアントを連れて、銀座のクラブで朝までドンチャン騒ぎ。
今じゃ考えられないことばかりだが、そのうちのひとつがセクハラだった。
セクハラという言葉がまだ存在しておらず、セクハラされた方も「いやーん、まいっちんぐ」などと笑ってすませていたらしい。
俺はパワハラの話は好きじゃなかったが、セクハラの話は好きだった。なんというか、大人だな、すげーなと思うけど、大人のくせにバカだなーとも思うのが面白かった。
女子大を卒業して、お茶くみとして採用された女の子はとても可愛かったそうだ。明るくて、人懐っこくて、いつもニコニコしていて。
お茶を淹れてくれたお礼だと言って、ぺろんとお尻を触ると「きゃん! もう、お礼になってないですよう」などと言って笑うんだってさ。すごい時代だよなあ。
若い子が入ったからってセクハラされなくなった先輩女性社員がスネるとか、小学生の俺でもカワイイと思ったりしたものだ。
聞く限り、嫌な感じがしないんだよなあ。和気あいあいというか。これがアットホームな職場ですってやつなのかと。
セクハラは自分の会社だけにとどまらず、クライアントに会いに行っても、名刺をもらったついでにおっぱい触ってたとか言うし。クライアントって広告主だぜ? 大金払って仕事を依頼してくる相手だよ? 絶対触っちゃダメだろ。おっぱい。
そんなかんじで、毎日誰かしらのおっぱいとお尻を触ってたそうです。職場の女の子も、クライアントも、そしてモデルやアイドルさえも……雑誌広告やCMの撮影でやってきたら触っちゃうんだってさ。とんでもないぜ。
それが羨ましいとか、昔はよかったとか、今もセクハラするべきだとか、そういう考えではない。
正義は時代によって変わる。
例えば、昔は親の仇を取るのが正しいことだったが、今は親が殺されたからといって復讐で人を殺してはいけない。そういう話だ。
だから俺にとってセクハラは昔話というか時代劇みたいなもので、まさか自分がセクハラをすることになるとは思ってなかったよ。
ましてや、中学生のお嬢様に……人生、わからないものだ。
今日はどちらかというとセクハラされちゃったもんな。明日は頑張ってセクハラしないとな。
明日……王道の、わかりやすいセクハラ……。
「まずは、これかあ」
天井に向かってぼやく。やっぱり、胸と尻をぶしつけに触る。まずはこれを許容しないようにしなければ。
うかつちゃんが留学先でうちのオヤジみたいなオッサンに、お尻やらおっぱいやらをタッチされたらと思うと……許せん!
もし明日、うかつちゃんのお尻を触って「きゃん! もう、朝から元気なんですから」とか言ったら……言ったら……カワイイな。
――いやいや! カワイイなじゃないんだよ。
ダメですよ、ダメ。ぜったいダメ。
リアクションのことは考えずにいこう。
俺が、うかつちゃんのお尻を、触る。手のひらで、下から上に撫でるように。学生服のスカートの上からでも、お尻の肉感がわかるよう、ちょっと力を込めて。
触ったか触ってないかわからないようではセクハラにならない。かといってむんずと下品に握ったら男子同士の悪ふざけ。
漫画だったら「ぺろーん」という擬音が出そうなくらいが望ましい。中学生の小ぶりなお尻を、撫で撫でっと触って……そしておっぱいも揉み揉みっと……。
「おっ……」
下半身が……ムクムクと……!
ちょっとシミュレーションしすぎた。夜遅いし、疲れているし、ムラムラする条件が揃いすぎている……!
あんなカワイイ女の子の、お尻やおっぱいを触ることを想像したら、そうなっちゃうよ。
いかん、いかんぞ。
これはあくまで仕事! 家庭教師としてセクハラしてるだけだ! セクハラを教えている立場を利用して自分の性欲を満たそうなんて最低だぞ!
平常心。平常心だ。
静かに……慌てることなく……心を落ち着かせて……エロい気持ちをなくして……仏だ、仏のようにセクハラを……
「仏がセクハラするわけねー!?」
何考えているんだ俺は。
まったく性欲がなかったらセクハラにならないじゃないか。かといってありすぎてもいけないと。
実はセクハラというのは高度なコミニュケーションテクニックだってことがわかる。コミニュケーション能力が減って、セクハラが下手なやつが増えたのが原因のひとつだしな。本当に嫌がってたらやらないし、お互いが笑顔になれるものだったと聞いている。
ゲスな笑い方で、痴漢みたいに触るのはマナー違反だと。
俺は仕事としてセクハラをする以上、せめていいセクハラをしたいと思う。
セクハラにいいも悪いもあるかと思うかもしれないが、これはあるんだよ。いや、あったというべきか。
いいも悪いも同じになってしまったというのが現代なわけだが、教えるのは簡単になっている。いいセクハラはいいとか、悪いセクハラは悪いなんて難しいからね。セクハラは全部ダメ。これは簡単だ。
簡単だと思うんだけどなあ……。
わかってくれないなあ……。
でも、わかってくれちゃったらお役御免だ。
頑張ろう、明日はもっと、いいセクハラをするんだ……。
明るく楽しく、笑顔で「セクハラですよ」って言ってくれるような。決して嫌われることはないセクハラを……愛情を込めたセクハラを……。
こうして俺は夢に落ちていった。
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