第5話 報告! セクハラされる男はむしろ幸せ
たどり着いたのは東京とは思えないくらい、周りを森に囲まれた閑静な女子校だった。
車で登校するのが大前提なんだろう、駅やバス停が見当たらない。
幼稚舎から高校まで同じ敷地にあるので、なかなかに広そうだ。
ちなみに俺たちが住んでるのは東京都にほど近い埼玉県だ。登校時間は車で30分というところ。登下校で1時間だから、この時間は有効に使わないとな。
学校にいる間は家に戻っていいのかと思ったが、どうやらここで待機するらしい。女子校に居ていいのかと思うが、意外と男もちらほら歩いている。
教師や用務員といった学校側のスタッフはもちろんだが、スーツ姿の男性もいる。業者さんなのか、生徒のご家族なのか。
俺も入館証をぶら下げてうろうろと歩く。
「ごきげんよう」
「ご、ごごご、ごご、ごきげんようございます」
「ふふふふ」
なんだなんだ、見ず知らずの女生徒から挨拶されちゃったよ。
高校生……いや中学生だろうな。ここ中学校のエリアだし。女子中学生相手に緊張してわけわかんない返しをして笑われてしまった。恥ずかしい。
「ごきげんよう」
「お、おおお、こ、こんにちは」
「うふふ」
誰かとすれ違うときは挨拶をする決まりなのか。こりゃ大変だ。俺の精神が参ってしまう。
あとうっかりセクハラしてしまわないか怖い。なんせさっきまではセクハラするのが仕事だったわけで。
気をつけよう。今うっかりセクハラしたらとんでもないことになる。ダメ、セクハラ。ゼッタイ。
居場所……居場所を探すのだ……。
こっちの方はどうだろう……。
「フィフティー、ラブ」
おっとテニスコートだ。テニスコートはいかん。スコート覗きセクハラ野郎だと思われて捕まってしまうかもしれない。
「準備運動ができたらプールに入ってくださーい」
おっとプールだ。プールはいかん。水着を見た瞬間にセクハラ扱いで捕まってしまうかもしれない。
「はい、リコーダー吹いて」
おっと音楽室だ。音楽室はいかん。笛を吹いてるところを見てるだけでセクハラ扱いされてしまうかもしれない。
「ファイオー、ファイオー」
おっとランニングだ。ランニングはいかん。だって胸が揺れてるもん。もうこりゃセクハラしてるようなもんですよ。
ダメだ、女子校はセクハラの可能性に溢れすぎている。安全な居場所を見つけないと話にならん。
しかし、ここは女子校、ましてやお嬢様学校だ。間違えて変なところに入っていったら逮捕されかねん。そもそもお前はなんなんだって聞かれて「平うかつさんのセクハラ家庭教師です」なんて答えられないし。
建物がない方に行けばいいのではないか。人がいない方が安全です。
「うわー」
庭園があるよ。学校に。すげーな。
散り始めているが、桜がキレイだ。
ベンチに座って、花見しながらランチにするか。
いいじゃないか、いいじゃないか~。お嬢様学校の庭園で花見ランチなんて、おしゃれすぎるだろ~。
持たされている包みを開ける。さて、お弁当はなんだろうか。朝はヘルシーだったし、昼は豪勢に違いない。重箱に鰻でも入ってるかしら。それともフォアグラだったりして。
「おおう」
うまそう。しかし地味。
弁当箱の中身はいなり寿司であった。
お稲荷さんか……セクハラでは?
いやいや、違う違う。セクハラじゃねーよ。あの変なメイドの影響を受けてしまったのだろうか。「俺のお稲荷さんも味見してみないか?」とか言わない限り大丈夫だよ。これがなぜセクハラになるかをうかつちゃんに教えるのは相当難しそうだ。
「あっ、うまっ」
さすがだな。お稲荷さんといっても中身が違う。ただのご飯じゃなくて、いろいろ混ざってる。いろいろな味とさまざまな歯ごたえ。そして、ゆずの香りがふわりと。
次のお稲荷さんは、また中の具が違っていた。贅沢だな。本当の金持ちの贅沢っていうのはこういう感じなのか。鰻だのフォアグラだのを弁当に入れるなんてのは、貧乏人の発想なんだろう。
水筒に入ってる温かいお茶も激ウマ。なにこれ。ほうじ茶ってこんなうまいものだったの?
周囲の自然を見ながら、ゆっくりとお茶をすする。なんかいい生活だな。やはりこのバイトはなんとしても続けよう。
勉強もここですればいいだろう。帰宅時間まで時間をつぶすとしよう。
「――で? いまだに朝のセクハラの説明をし終わってないというのはどういうことなんだね」
「あ、えっと……」
帰宅した俺はこってりと叱られていた。
屋敷のご主人さまである、俺の親戚の平のおじさんに部屋に呼ばれ。初日の家庭教師の進捗を聞かれたのだが。
朝にしたセクハラの解説中だと報告したところ、ギヌロと睨まれてしまう。
帰りの車の中でも、説明しきれなかったんだよな。なんかどんな靴下履いてるのかなんて聞かれちゃって、「セクハラしちゃいました」とか言うからそれはセクハラじゃないと説明するのに四苦八苦してたら家についちゃったもので。
「セクハラされる方じゃなくて、うかつちゃんがセクハラしちゃった場合の方は進捗があったと言いますか……」
「――あのね、進士クン。わたしはね、娘がセクハラされるのが我慢ならないって言ってるんだ」
「ぐっ」
確かに。そういう依頼だった。
「セクハラする側? 娘にセクハラされる男なんて、むしろ幸せだと思わないかね」
「ぬっ」
一理ある。ソースは俺。
「まあ、教えるなとは言わんが……もっとちゃんとセクハラされる側について教えるように。もっと時間を有効に使うことだ」
「はっ、はい。わかりました!」
夜飯食って風呂入って寝る、という俺のプランは砕け散った。
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