第4話 登校! セクハラを恐れるなかれ
こんな車、乗ったことないなー。
自動車に詳しいわけではないので、よくは知らんが黒塗りの高級車だ。
これに乗ってうかつちゃんと一緒に登校するようです。
運転手さんがドアを開けてくれて、一緒に乗り込む。生活がお金持ちすぎて目が回りそうだ。
「誰かと一緒に登校できるなんて、楽しいです」
「それはよかった」
隣りに座っている彼女の笑顔たるや……こんな清々しい朝に、可愛らしい女の子に対してセクハラ以外できないというのはどんな因果なのでしょう。
いやらしく太ももを触ることもできるが、とりあえずはさっきのセクハラの説明をしておかなければ。疑心暗鬼メイドのせいでうまくいかなかったからな。
「さて、朝のセクハラの説明だけど、下着を見せてはいけません。基本中の基本です」
「あら。どんなのを履いているかと聞いてきたのに」
「だから聞いたことがセクハラなんです」
「まあ。どんな下着なのか聞くだけでセクハラなのですか」
目を丸くして驚いている。
カルチャーショックのようだな。
彼女はカバンから、メモ帳を取り出した。高級そうな革ケースに、やけにファンシーなメモ帳の取り合わせがいかにも彼女らしい感じがするね。
「なぜどんな下着かと問うのがセクハラなのか、詳しく教えてください」
「もちろん。それが俺の仕事だからね。勉強熱心で偉いなあ」
「うふふ。家庭教師が素敵だからではないでしょうか」
笑顔で見つめ合う二人。なんて素敵な光景でしょう。これが普通の家庭教師だったらの話ですが。会話がセクハラの時点で台無しなんだよなあ……。
「まず下着というのは、通常見えないものだよね」
「そうですね」
「下着だけでその辺りをウロウロ歩いちゃダメっていうのはわかるよね」
「それは軽犯罪法違反となるおそれがありますね」
勉強はできるということがよくわかるやり取りですね。いっそ彼女がAIとかアンドロイドだと思ったほうがやりやすいかもしれないね。
「公共の場で、下着を異性に見せてはいけないんだよ」
「そうですね。それはエレガントじゃないですもの」
「うーん? そういうことじゃなくて」
「まあ。はしたないからダメなのではないのですか? お姫様はそんなことしないでしょうとお母様に習いましたのに」
「あー……」
確かに、小さな女の子は親にそんなふうに教わるのかもしれないが……中学三年生でその認識はどうなんだ。
車はようやく屋敷の敷地を抜けて公道へ。広いなあ、屋敷。
お嬢様特有の教育の影響のたまものなんですかね。
「そういう考えもあるだろうけど、セクハラであるかどうかは要するに性的な行動や言動が関係性やその場所にふさわしくないというのがベースかな」
「さすが先生、わかりやすいです」
辞書みたいな説明はすんなりわかってくれるようです。
「でも、性的な行動や言動とは具体的にどういうことなのでしょう」
「そうだなあ」
アンドロイドに説明するのは難しいな。どう言えばいいんだ。
考えていると、彼女が小さくぴょこりと手を上げた。かわいい。
「ひょっとして、ひょっとしてですが」
「おっ。なんか考えがあるのか。偉いぞ、自分で考えるのは」
「うふふ。ありがとうございます」
頭をナデナデしたくなるが、逆に我慢だ。セクハラじゃないことは我慢せねば。逆にセクハラだと思われる可能性がある。ややこしいなあ、もう。
「勃起じゃないでしょうか」
「ぼっき」
思わずオウム返ししてしまいました。
えっ、うかつちゃんは今、勃起と言いましたか?
メモ帳に可愛らしいシャープペンシルですらすらと書かれる「勃起」という漢字。なんじゃこりゃ。もはやシュール。
シャープペンシルのノック部分のくまちゃんもこんなことになるとは思わなかったでしょうね。
呆然とする俺に、うかつちゃんはちょっと得意げにシャープペンシルをくるりと回して、丁寧な説明を開始。
「勃起とは、性的興奮によって陰茎が大きくなる現象です」
「あ、意味はわかってます」
「そうでしたか」
どうも、女子中学生に勃起とは何か教わる男性成人です。嘘だと言ってくれ。
絶望的な状況だが、うかつちゃんは少し興奮して話を続ける。
「性的な行動や言動とは、勃起の原因となるような行動や言動ということでは?」
「むっ!?」
意外といいところをついているのでは?
一理あるよ?
「要するに、進士先生はわたしの下着を見て勃起したということですね?」
「んぬーっ!?」
なんてことを言うんだこの娘は!?
メモ帳に「進士先生、わたしの下着で勃起」と書き込んでいる。ギャーッ!
汗がだくだくと出ますね……。
どうする?
認めるのか?
そうだよーんと気軽に言っちゃう?
その方がわかりやすいっちゃわかりやすいかも?
いや、違うな。
俺がすべきことは……。
「うかつちゃん、それはセクハラだよ」
「えっ? どういうことでしょう」
「女性が、男性に、勃起したかどうか聞くのはセクハラなんだよ」
「まあ!? わたしが先生にセクハラをしてしまったんですか!?」
「そういうこと」
セクハラを知らないってことは、セクハラされることもあるが、してしまうこともあるってことなんだよな。
セクハラの家庭教師なんだから、する方についても教えないと。
「ど、どうしましょう……すみません……」
どうやら悪いことをしてしまった、みたいな顔をしている。おいおい。
「うかつちゃん、いいんだよ」
「えっ?」
「俺たちは今、セクハラについて学んでいるんだから。俺が君にセクハラしていいのに、君が俺にセクハラしちゃダメってことはないんだよ」
「まあ……」
「俺はちゃんとそれがセクハラか、セクハラじゃないか。ちゃんと説明するから、恐れずに。ね?」
「はい……わかりました! どんどん先生にセクハラしますね!」
「その意気だ! どんどんセクハラしなさい!」
いいじゃん、いいやり取りじゃない?
俺もいっぱしの家庭教師って感じがしてきたな。
……セクハラのだけど。
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