第3話 朝食! バナナはセクハラに入りますか?

「おはようございます」

「あ、おはようございます」


 1階のダイニングに行くと、メイドさんが居た。この屋敷には2人メイドさんが居て、若い方のメイドさんがうかつちゃんの担当。で、俺のことも面倒みてくれるそうです。

 洗濯物はランドリーに自分で持っていくことになっているが、ベッドのシーツを取り替えたり、ゴミ箱の中を捨てたりは彼女がやってくれる。

 料理を作るのは料理人とか別の人かもしれないが、食事をよそってくれたりお茶を淹れてくれるのも彼女だ。メイドさんがいる生活、最高だなあ。

 この人もきれいな人だ。黒髪ショートで、ちょっとツリ目で、気の強そうな印象だけど。オーソドックスなメイド服が似合ってるよ。

 そうだ、名前はなんというのだろう。おじさんからは聞いてないんだよな。これから話す機会もあるだろうし、聞いておこう。


「あの、お名前を聞いてもいいでしょうか」

「セクハラはやめてください」


 ……えっ?

 俺はうっかりうかつちゃんじゃない人にセクハラを?

 いや、名前を聞いただけだよな。


「あの、名前を聞くのはセクハラではないですよ」

「ホントか?」


 なにやら怪しまれているのか、疑うような眼差し……。

 名前を聞くのもセクハラだったっけ?

 いや、自分を信じろ。俺はセクハラを教える立場だぞ、自分のセクハラを信じられなくてどうする。


「セクハラじゃないです。これからお世話になるんですから、名前を教えてください。俺は片台進士です」

「それは知っている」


 あなたは名前を知ってるんじゃないですか!

 じゃあセクハラじゃないと思いませんかね!?


「ほら、あなたは知ってるじゃないですか名前」

「あなたなんて呼ばないでください」

「だから名前を教えてくださいって言ってるんですけど!?」


 俺だってあなたなんて呼びたくないんですよ!

 だから聞いてるの! なんでわかってくれないの!


「平のおじさんだって知ってるよね!?」

「もちろんご主人さまはご存じです。わたしを呼ぶときに必要ですので」

「だから俺も名前くらい呼びたいんですけど!?」


 言わないとわからないですかね!?

 あと、ご主人さまにはセクハラされてもいいと思ってるならそれも問題ですよ?


「なるほど。必要な情報ということですね」

「そう。そうです」


 ようやくわかってくれた感じですか。

 名前を聞くのに、こんなに苦労したことないですよ。ぱんつを見るのは簡単なのに。


「……カビン・タカンです」

「か、かびんたかん? どんな字なんですか?」

「日本人ではありません」

「あー、そうだったんですか」


 日本語が上手だから日本人かと思ったが。言われてみると敬語がちょいちょい変な感じするわ。それにちょっと肌が浅黒いかも。東南アジア系なのかな。


「どちらの生まれなんですか?」

「セクハラはやめてください」

「セクハラじゃなーい!」


 ズケズケと聞いていいわけじゃない場合もあるだろうが、少なくともセクハラではなーい!


「わたしの生まれは必要な情報ですか?」


 とにかく俺に必要ではない情報を伝えたくないようだ。

 好感度低すぎるだろ。


「いや、教えたくないならいいんですけど。名字か名前かもわからないんで、どう呼べばいいのかと」

「好きに呼べばいいのでは? ビッチでもメスブタでも結構ヨ」

「セクハラだよ! それはセクハラというか最低だよ!」


 なんでそうなるのか。

 頭おかしくなってくるぞ。

 俺のセリフに、彼女は驚いたような顔をした。


「だってセクハラをするために来たんだろ」

「うかつちゃんにね! メイドさんにセクハラをする予定はないよ!」


 どうやら俺のセクハラ家庭教師という立場のせいで過剰防衛になってるようです。わからなくもないが!

 俺にセクハラされないようにするという、その意気はいいけども!

 なにがセクハラかわかってないという意味では、あんたもうかつちゃんも一緒だよ!

 どうしたらいいかと思っていたが、うかつちゃんがダイニングにやってきた。


「かびんさん、おはようございます」

「おはようございます、お嬢様」


 どうやらカビンさんと呼べばいいようです。名字なのか名前なのかわかりませんけれども。

 彼女はカフェオレをうかつちゃんに注いだ。いつもそうなんだろう。朝食はヨーグルトやりんご、バナナなどのフルーツ。お金持ちの朝食って、豪華というよりはヘルシーなんだねえ。

 俺のメシは……同じものを出された。そうだった、娘と同じものを出すって言ってたな。納豆ご飯が食べたい……。

 せっかくなんで一番高級そうなシャインマスカットを食ってると、メイドさんが近寄ってきた。お尻を触ってはいけないよ。触っていいのはうかつちゃんだけ。気をつけないとな。


「シンシさま、カフェオレでよろしいですか? ミルクなしにもできますよ」

「あ、ありがとうございます。じゃ、ミルク少しだけでお願いします」

「はい」


 ……さっきまでのやりとりはなんだったのかと思うくらい普通だ。仕事は手慣れているというか、見事なメイドっぷり。若く見えるけど、多分俺よりは年上だろう。何歳なんだろう。いや、年齢など聞けるわけもない。絶対セクハラだって言われる。やめておこう。


「いただきます」


 手を合わせる。居候の身だ、行儀よくしておかないとな。


「いただきます。うふふ、朝食を誰かと食べるのは久しぶりだから、嬉しいです」


 嬉しそうに笑う、うかつちゃん。可愛すぎる……。

 お嬢様というのは本当に上品なんだな。バナナを食べているだけでも品があるというか。

 そう思ってみていると、コーヒーポットを持ってきたカビンさんが、ジロリと俺を睨む。なんだ?


「お嬢様がバナナ食べてるところ凝視してるな。セクハラじゃないか?」

「さすがにセクハラじゃないよ!?」


 考え過ぎ! あなたは考え過ぎなのよ。うかつちゃんは考えなさすぎ。足して2で割って!


「バナナがセクハラ? 意味がわからないです」

「あ、わかんなくていいよ。うかつちゃんはまだそういう段階じゃないから」

「そうですよね、うふふ」


 なんでバナナを咥えているところを凝視していたらセクハラと思えるのかを教えるにはまだレベルが足りない。足りなすぎる。

 うかつちゃんは美味しそうにバナナを食べ終えると、またしてもにっこりと笑う。少し頬を赤らめて。


「そういえば、さっきはぱんつを褒めてくださってありがとうございました」


 そうだった。その件はセクハラだということを伝えないと……


「あっ! アッチー! あっつ、死ぬ!?」


 何が起きたのかと思ったら、カビンさんが俺の脚にコーヒーをかけていた。なんてことすんだよ!?

 火傷しちゃうでしょー!?


「ちょっと!? カビンさん!? なにしてるの!?」


 ドジっ子?

 実はドジっ子メイドなの?


「あなたこそ何をしているか。お嬢様の……下着を見るなど」

「セクハラだよ!」

「やっぱりセクハラしてるじゃないか、最低ネ」

「それが仕事なんだよ!?」

「そんな仕事があるわけないヨ!」

「俺もそう思うけど、あんたのご主人さまが依頼したんだよお! さっきのはセクハラだって説明するのが俺のバイトなの!」

「えっ、さっきのはセクハラだったんですか?」

「ごめん、ちょっとうかつちゃんは待っててね、後で説明するからね」

「ほら、セクハラだってこと隠してる! お嬢様に黙ってセクハラ! 最低!」

「隠してないんだっての、今から説明するんだって」


 そうは言ったが、説明が終わる前に、うかつちゃんが学校に行く時間になってしまった。カビンさんはゲス野郎を見る目だった。早く俺の仕事を理解してくれ。

 はー。やはり前途多難だ……。

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