第五節「2年後へ」
「その様子だと見たらしいっスね」
「うん……食べないとダメなのかな」
根暗は真剣そうに、しかし動揺するようにしながら話している。
死にたくないけど食べる事を嫌がっているようだ。
「北風氏は、怖くないんスか」
「嫌だし怖いよ。でも、自分から死んでない。まだ生きていたい。……ご主人にも会えてないし」
「……いい意味で狂犬っすね」
「ワン」
自慢ではないけど、彼について行くのは覚悟の上だ。嫌がっているのなら離れるけど、彼一人で生きて行くのは彼にとっても辛いかもしれない。少なくとも自分は辛い。
「それで、北風。報酬が欲しいわ。彼についての話を教えて」
「わかったよ」
彼の夢の中で見たことから最初に出会ったまでの全てを語る。
彼女は驚きながらも真面目に聞いて、頷く。
「驚いたわ。彼が他人を頼るなんて。だって、向こうでは一人で大丈夫だって……」
「無理をしていたのかもしれないよ。無茶しないとダメかなーって」
「仕方ないわね。またあったら頭でも撫でてあげようかしら」
相変わらずな上から目線。しかし、その言葉は切実さが乗っていた。
彼に大事に育てられていたのだろう。彼女のふるう拳は星を砕けるかもしれないほどの強さがあるのに、どこか手加減しているようにも見える。実際にあの囚人たちは気絶しているだけで死んではいなかった。
「きっと彼も喜ぶよ」
彼女は嬉しそうに思うと、またネスター達がヒューヒューと野次馬を飛ばす。
まんざらでもなさそうな反応を否定するけど、”ご冗談っスよねェ〜〜”とはぐらかされる。さっきまでの恐怖心が嘘みたいだ。
「話を戻すっス。あの本の話が本当なら、北風氏はマジで人を食うことになるっスけど……確証が無いっスよね」
「それで嘘、逆に捕まえるためでしたーとかだったら最悪だよなぁ、──たまには踏まずに会話もしてみるぜぇー、ってな」
ネスターの会話に違和感を感じるが、仕方ない。今はそれよりもこの本の内容が本当かどうか、知る必要がある。
すると、ダベリジャが何かを思い出したかのように唐突に話題を振る。
「マズルカ──私の親に近い存在に特徴が似ているわ。長髪で、今は金髪だけど黒髪で……でも昔にその本と同じことが起きたかどうかはわからないわ。ニストなら知ってるかもしれないけど──覚えているかはわからないわ」
「それじゃあ、自分が聞いてくるよ。ダリ、お願いしてもいいかな……生きて一緒に彼に会いに行こう」
「……わかったわ」
──そうして、また彼に出会った。
「な、なんでそいつの名前知ってんだよ…………」
酷く怯えている彼に。
「ダベリジャって人から聞いたよ。その、マズルカ──」
「そいつの名前を呼ぶな、……嫌になるんだ。せめて彼と呼んでくれ、お願いだ」
「……彼が人?だった時の事の物語を見つけたんだ。その話が本当なら、こっちの世界に戻れる方法が見つかったことになるんだ。だから教えて。昔の彼はどんな人だったの?」
焦りながらも彼は話をしてくれた。途切れ途切れに話していたので頑張ってまとめてみる。
話は本当らしい。何故、らしいと言ったのかは店長が彼にそう刷り込まれた可能性があるから──だとか。だけど、誰か犠牲にして食べていいのか。自分にはそんな選択は取れない。
「教えてくれてありがとう。……行ってくる」
「またな、北風……絶対に、いや。帰ってきてくれ、たら……嬉しい」
彼は自分を落ち着かせるようにしながら、自分に言葉をかけてくれた。
──戻ってきた。
「…………話は間違いじゃなかった」
「それじゃあ、誰か食わないといけないっスね……」
根暗が言った言葉を最後に、辺りが沈黙で満ちた。
「……誰も覚悟が無いらしいっスね。なら……私の事を食べて欲しいっス。自分は生きていちゃいけない存在なんスよ、タブン」
根暗が放った一言にネスターは驚く。が、いつも言っている”呪いにかかり続けるのは嫌だ”という言葉を思い出して黙り込んだ。
「北風氏、ダリ氏。短い時間だったっスけど、話ができて嬉しかったっスよ」
自分の口を開かせて、覚悟を決めて入ろうとする。
自分が拒否してしまうのはダメだ。折角の好意、だと受け取った。
一部をダベリジャも受け取っていたからか、
「ネスター氏、それじゃまたねっス」
「………………いい景色見てこい、またがあるなら絶対ここで出逢おうな」
「っス」
空気が入ったように感じたが、瞬間、空気が凍りついたように感じた。
散らばっていたものが集まるような、塊になったような。
──動けない。でも、何故か心地よい。
知っている人だったからかな。撫でる手と低い声が彼に似ているからなのかな。
「……北風、おはよう」
ダベリジャが居なくなっているけど、多分別の場所で起きているのだろう。
今は何をしているのかなと思う前に体調を崩している彼のことが気になった。
「ご主人……ご飯食べれてる?」
「あぁー、大丈夫だ」
彼の見せる笑顔はどこか無理をしているみたいだった。作り笑顔だ。
「荒れてるよ……何この箱」
「あっと──あれだ、商品だ」
「店長……あの。ここ、何かおかしい……」
魔力の器を持って歩いていたのはわかっていたけれど、辺り一面がガラクタにまみれている。しかも熱を持っていて、地面には長い髪……髪?金髪の髪がところどころ、束になって落ちていた。
「お前さんが反応しなくなってから2年。俺、全部終わらせてきたんだ」
「全部終わらせたって何?」
空元気に近い彼の喜びは、笑う声も上げずに歩く。ちょっとご飯でも食べに行こうと彼は小さな家に向かった。彼の家らしい。
行ったことも見たこともない国だけど、やけに人の少ない夜の世界だなと感じた。
「さっきまで何かあったかのようにしか思えない……」
外の様子はまるで、まるで天変地異でも起こったかのような戦いの跡だ。
「さて、祝杯でもあげようか。俺も歩くのが限界だから簡単なものしか作れないが、話がしたい。席についてくれ」
家の中の何かわからない異様な雰囲気と違和感を抱きながら、自分は席についた。
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