第四節「さて生きるか」
──顔近っ。ダベリジャが心配そうに様子を見てくれたのかな?
”ありがとう”と挨拶代わりに呟くと彼女は飛びつく。
「私の事覚えてくれたのね、嬉しいわ!幽世の鳥居をくぐっても海に沈んでいたからびっくりしたわ。店長には会えた?」
体が湿っているのは自分が沈んでいたからなんだね……。ちょっと気持ち悪い。
「うん。ここから抜け出す方法を調べてくれてるからこっちからもわかるように探してみようって言ってたよ」
「そうねぇ……でもここには詳しくないから困ったわね。誰かここについて詳しい人は居ないかしら?」
囚人たちは頭を横に振って反応しない。
だが、根暗は何か思い当たるのか口をモゴモゴさせている。
「あのっスねぇ……思い当たるのはあるんスけど、前例を聞いたことがないから怪しい話っスよ?」
「根暗、気にせず気にせい。言って損なし言わずは根性無し。お前の嫌いな暴食の神様って奴もこんな墓場なら耳届かないはずー。
「……フォルクさんがそこまで言うなら答えるっスよ。えっとっスね、自分の好きな本の中にあったんスよ。『
なんで内容全部言わないんだよとフォルクがつつくが、根暗は”この国にもいる”と言って言えなかった。怖がっているらしい。
「本がたくさん残ってる場所──あ、第三建設予定地だ」
フォルクが韻を踏まずに思い出すと、根暗はゲッという声をあげる。関係があるのかな。
「それってどこにあるの?」
「こことは反対の方にある労働場所だ。担当は確か──根暗だな。明日に本取ってこいよ」
「嫌っスよ、あんな
「なら自分が行ってくるので任せてほしいな。腕に自信があるご主人がいるし」
ご主人?と二人は首をかしげるが、二人とも思い出して納得した。後は彼女にお願いする所だけど……かなり渋っている。自分の衣服がボロボロになったら嫌だと言ってるので、その時は自分の着ている服を渡すと言ってOKを出してくれた。
──それで、翌日の労働時間に移動したが……予想以上に人が多い。静けさや冷たさよりも暑苦しさが勝っていることに驚きを隠せない。
「酒だァ!!酒持っていくぜェ!!」
「おい、向こうのお前は基材持ってきたか?」
とパーティーをしてるかのように騒がしい。耳が痛い……。
ダベリジャも呆れているような様子であまり近づきたくないようにしている。
すぐに終わらせるから待っててねと言うと、書庫の入り口を聞いてみた。
「あ、あの。本がたくさんある場所の入り口を教えてください」
「あぁ?お前誰?根暗野郎に似てそうだが……うーん……?」
口調を近づけないといけないのだろうか。多少は真似できるけど、合っているかわからない。とりあえず……真似をしてみた。
「根暗っス。覚えてくれてたんスね……そうっス。覚えてるっスか?」
「あぁー、やっぱお前だったか。向こうにある石畳の一部を持ち上げれば入れるぜ」
相手は疑いもなく教えてくれた。良かった……
でも指を刺した先にはたくさんの囚人が騒いでいる。あの下に入るのはなかなか難しいんじゃないだろうか。
「ありがとうっス。──ダリ、気を引いてほしいんだけどできるかな……」
「嫌よ……できるけど。あなたから出せる何かいい報酬が欲しいわ。出せるのなら嫌でもやってあげるわ」
すこし上からの目線で見られている気がするけど、ご褒美があれば動いてくれるらしい。何かあったかな……。何か、何か──
ふと、数日前に店長が教えてくれたお願いをする時のコツというものを思い出した。
”なるべく親しく接しやすいような距離感をとって、渡せそうな物がない場合は情報を渡すんだ。情報ってのはかなり強い手札になれるぜ。噂一つで街の話題をかっさらえるのだからな”
──これかな。情報として渡せそうな物。
「それなら、自分が呼んでいる”店長”ダリの言っている”ニスト”、自分が知っている限りの彼の話をする。それでどう……かな」
「彼の秘密を知ってるの!?──わかったわ。気を引けばいいのね。ちゃんと約束は守るのよ」
彼女は一人の囚人に拳を突き出して挑発する。
この条件でよかったらしい。囚人は集まり続け、やがて書庫と呼ばれる場所の入り口が空いた。
「後は頼んだわよ。後で沢山聞かせて貰うわ」
「行ってくる」
えっと、偏心って本だよね。偏心、へんしん……
「────あった!」
目的の本『偏心』を見つけた。
一冊くらい持ち出してもいいよね。
「ダリ、戻るよ」
「終わったのね!わかったわ〜」
囚人たちは地面に横たわっているが、軽い怪我を負って気絶しているらしい。
死んでいなくて安心した。──既に死んでるけど。
──牢に戻った。偏心と呼ばれる一冊の本を開く。どれどれ。
”ある一人の人間がいました。黒髪で長い髪を持っている人間でした。”
”彼、彼女?どちらかわからないその人は、ある日突然、なんの前触れもなく階段を踏み違えて息を引きとりました。悲しむ人はおらず、喜ぶ人ばかりです”
”その人は傲慢でした。腐臭漂う死後の世界から他人を蹴り落としてまで生きていたかったのです。そして、ある家族の大黒柱の魂を喰らいました。本質を、魂の形を奪ったのです”
”その人は複数の魂を持ち、死後の世界を追いかける追跡者に自分以外の魂を食らわせたのです。現世に戻れた彼は夢から覚めます”
”落着かない夢から目覚めると、寝床の中で我が身がおぞましい
……しばらく、言葉を失っていた。
人間を食べろ……ということを伝えたかったらしい。
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