第三節「後ろの正面自分です」

──現世だ。温度が感じられないから変な気分。

 彼を探さないとと思って体を動かすが、全く動けない。

 目をつぶっている自分から離れられない。


「父さんが言ってたのは本当だったんだ……」

 幽霊は魔力の器に依存して動いているらしい。第二の心臓だって言ってた。

 体が無いと触れなくて、食べる事も話す事もできない。

 幽霊について詳しい話を聞いたことは無いけど、ただ一つ。


”忘れられると自分の意思で現世に留まれなくなる”と言うのだけは聞いていた。


 店長や大家さんが自分の事を覚えているだろうからまだ留まれているっぽい。

 それにしても、動けないとここまで不便なのか……。


「店長、帰ってこないかな……」

 人生でここまで広々と空を見る事が出来たのは割と珍しい。やる事、やりたい事が多すぎちゃって余裕な時が無かったのだろう。

 こうしてみると、雲が一枚の洋服みたいで可愛らしい。

 青い空が綺麗だけど眩しくない。落ち着く様な色で特徴もそこまで無い。


「綺麗だなぁ……あ、鳥…………いや、人……?」

 羽が付いている。白くて綺麗な白鳥みたいだ。だけど人間の様に見える。

 近くなっていくと、それが誰なのかわかった。


「店長だ……!!」

 彼が天使なのか神様なのか知らないけど、今はただ彼に会えて嬉しかった。

 しかし、自分の声は届かずに横たわっている自分の事を見て絶句していた。


「フォルク、フォルク大丈夫か。早い内に全部終えてきたぞ、おい、寝てる場合じゃ無いぜ」

「店長気にしないで、自分はここにいるよ」


 声は届かない。


「体汚れるっぽいから洗わないとな……よっと」

 彼の冷や汗が止まっていない。しかし幽霊だからか、彼の心情が筒抜けになっている。そんな気がする。


「大丈夫、まだ死んでるかわからない、眠ってるだけかもしれない……」

 水に浸かって重くなっている体を抱えて、彼の家に入った。

──彼は死んでいる事実を信じたくないらしい。時々自分に声を掛けて、温かい食事を用意して、冷たい体に湯を飲ませようとするのが見える。


「な、フォルク。そろそろ起きても良いよな。俺頑張ったんだよ。何度も死にかけたけど親と話つけてきたんだ。家族の為にも精一杯働いて、お前に会いたくて、話したくて、それでちょっとだけでも褒めて欲しかったんだ……」

 小さく降りかかる雨が当たっている様だった。精神的に限界に近いのだろう。

 優しい手が自分の両手を掴む。


──初めて見る、彼の涙だった。


「味方全員を敵に回してしまった。俺は最悪なやつだ。信じてくれた家族のうちの一人も守れず殺されてしまったんだ。本当に、情けない……」

 そんな事ないと伝えたいのに、目の前に本人が居るのに伝えられない。

 ここまで悲しいことはなかっただろう。


 しばらくして、彼は眠ったっぽい。泣き疲れたのかな。

 脱力し切った体に寄りかかっていると、彼の夢の様な何かに入れた。


「ここ、家かな。素敵な家……」

 見たことのない木製の家だ。日差しが強くてちょっと眩しいけど、暑さは控えめでじんわりと暑いなぁって思う程度。


りょうくん、遼くん〜〜」

 多分寝ている彼の事を呼んでいるのかな。昔の自分くらいの小さな人だ。

 昔の店長なのかな……呼んでいる人が見えなかったので、自分が真似をした。


「りょうくん、起きて〜〜」

「……なんだよお前。俺を外に出そうとしてるのか?暑いから嫌だぞ」

 声が聞こえた。それが嬉しくて、もっと声を掛けてみる。


「自分の事、見える?」

「何言ってんだ。見えるぞ……あれか、泥棒か?」

「いやいや、違うよ!えっと──」


 周りを見回すと白い狼のぬいぐるみを見つけたので、そのぬいぐるみを抱えて答えた。


「ぬいぐるみの──神様です」

「…………本当に?」

「うん。自分はいつも見てるの。遼くんを守ってるよ!」

「俺の事外に出さない?」

「うん」

「俺の話聞いてくれる?」

「うん!」


 満足そうに笑っている自分を見て、昔の彼は両頬を撫でる。

 ならー、って出だしからくだらなさそうでオチのない面白くもなさそうな話をしてくれた。

 彼が満足すると、目覚めるのか周りが明るくなってきた。


「自分、実はいつも見えないけどここなら見えるらしいんだ。幽霊に近いけど……幽霊と話せるものがあったらもっと話せるね」

「おぉー……作ったらもっと話を聞いてくれるか?」

「いくらでも聞いちゃうよ」

 わかった、と彼は満足そうに答えると現実に弾き出された。

 いつの間にか朝になっていた……時間の流れって早いな。


「フォルク、俺な。ちょっとだけ昔の話を思い出したんだ。ちょっと作ってみるぜ」

「頑張って」

 魔力に反応して自動的に描かれるペンみたいだ。インク代わりに魔力を使うらしいけど──触れない。念じれば使えるのかな……

 試しに──”自分はフォルクです。見えていますか?”と書いてみる。


「お、おぉぉ……自動で動いてる。正確ではないがなんとなくわかるな」

──見えてるんだ。嬉しいな……店長がいなくなった直後に自警団に殺されてしまったんだ。獣人ってことにバレてしまったよ。


「自警団か、前に言っていたな。そうか、本当に死んでしまったんだな……」

──悲しまないで。死後の世界でまだ生きてる。それで、動ける場所に限界があるから自分の魔力の器を取って、持っていて欲しいんだ。黒い宝石みたいなものだよ。


「どの辺にあるかわかるか?」

──胸の中心にある。ちょっと血が出てくるけど痛くないから大丈夫だよ。


 彼は覚悟を決めて赤い刀を体に刺してみると、小さな宝石を手にする。

 枝の様にくっついている血液はスルスルと抜け落ちて宝石だけが残った。


「これを持っていればいつでも俺に寄り添ってくれるのか?」

──うん、それがあれば多分ついていけるよ。一人じゃなくなれたね。

「ストーカーじみた事言ってるみたいだな。俺もそうだけど……嬉しい。お前さんは幽霊だから触れないのか?」

──そうだね。触りたいけど……触れないや。

 そうかと呟くと、彼は提案する。


「フォルク、俺は現世に魂と体を残したまま戻る事ができる方法を探しているから死後の世界でヒントを探してきてくれ。方法が見つかればまたこうやって話せるかもしれない」

──わかったよ。あのね、自分の名前。北風って呼んで欲しいんだ。自分が考えたかっこいい名前だから。いいかな?

「わかったぜ、北風。んじゃ、明日から調べてみるぜ」

 あ、幽世の戻り方を忘れてた……と思っていると、誰かに頬を叩かれて幽世に戻っていた。

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