第閉話「安い人生だった」

 体を休めるために彼の肩揉みをしたというのに、強く揉みすぎて痛めてしまった。流石に謝らないと。──と思って宿の中を探しているが、店長が見当たらない。

「店長、店長ー、……いないや。どこ行ったのかな」

思い当たるのは森くらい。それ以外の場所は知らないから行ってみよう。


「う…やっぱり外、眩しいな」

 日光は平等に照らしている。温泉は疲れた人々を癒している。露天は煌びやかな商品を見せている。

 人々も、物も…皆、輝いてて。


 それがちょっと羨ましくて。自分の持っている光が、塗りつぶされて無くなってしまいそうで。

 とても怖かった。


 母は言った。

「あなたは陽も浴びない生活を送るかもしれないわ。世間の目にも向けられず、何も得られない生活かもしれないけど…これはでもあるのよ」


 父は言った。

「死んだ者が現世で留まれないようにする為に、お前はこれから殺しの技を覚える必要がある。一族がこの行いをし続ければ、国は幽霊が留まらないようになる。技はお前が生活していくためだ。


──嫌だった。

 両親はご飯をくれて、寝床もお風呂も入れてくれて…でも。それが自分の人生を縛り付けられているみたいで…。

 正直、餓死して死んでしまいたいと思っていた。


 それを彼が、店長が100円で救ってくれたんだ。

 彼がその価値をどんな風に思っているかはわからないけれど、自分にとっては測りきれないほど高くて安い価値。

「…だから、自分は店長から離れたくない。人混みは怖いけど…一人よりはマシだ」


 悩みとか、苦しさとか、息が詰まってしまいそうな気持ちとか。

──今は、思考の外で回っていた。

「ふぇ、はっ、はぁ……い、いた!」

「何でここが……!?って言っても、わかる。か……」

 自分は彼の手を掴む。強く…だと痛いだろうから、できるだけ優しく。


「探したよ。店長」

「ごめんな、探しただろ……1度、座って話すか?」

「うん」

「わかった……」

 彼は何か気まずそうにして口を閉じている。謝らなくても大丈夫。自分は会えたから嬉しい。って伝えるのは恥ずかしいのでやめておいた。


「フォルク、凄く伝えにくい話があってな」

「気にしないで伝えてよ」


「親の元に戻る。予定よりも時間が遅くて怒っていてな……」

「店長は帰りたくないの?」

「帰りたくない。でも家族が心配なんだ」

「そう、なんだ」

 帰りたくないなら帰らなくてもいいと思うけど、大事な家族の元に戻れるなら戻った方がいい。

 これは、自分が止めちゃダメだ。自分と違って家族に会えるんだし、家族と一緒にご飯を食べれるんだし、話せるんだし…………


「こっちに戻ってこれそう?」

「それは約束できる。数年先になってしまうかもしれないが……」

「なら大丈夫だよ」

 彼は少し驚く。多分、自分が一人になってしまって悲しくなってしまわないのか、酷なことをさせているのに怒りを抱えていないのか。そう思っているのだろう。

 大丈夫、数日前に戻るだけだから。寂しさなんてないよ。


「なら……戻る前に何か一つ贈りたい。街で買って贈ろう」

「ありがとう、一緒に街まで戻ろう」


──大通り。

 太陽に雲が掛かっていた。それなのに街行く人はみんな輝いていて、眩しい。

 商品もそうだ。自分に似合う様なシャツも宝石も帽子も無い。

 贈られて嬉しいかもしれないけど、欲しいと思うものは何か、何もないのかもしれない。


「フォルク、何か欲しいのは見つかったか」

「ううん。見つからない」

「そうか、無理せずゆっくり……は出来ないから、どこか良さそうな店を探してみようぜ」

「わかった。それじゃあ…………あの店が気になる」

 手入れのされていない様な古い商品が売られている店、店長が言うにはアンティーク品を扱っている店らしい。

 厚めの上着とか、バッヂとか、絨毯とかカーテンがある中の一つ。

 鈍く光るものがあった。


「あれ、欲しい。です……」

「そんな改まらなくても大丈夫だ。サングラスか。レンズちっちゃいな……」

 レンズもフレームも黒くて丸いサングラス。

 ボロボロそうで、傷もちょっとついてる。


「それは伝説の異色作曲家、”シューレルト・レヴァン”の遺したサングラスですね。経年劣化が激しくて買い取ってくれる方が居るとは……廃棄しようか迷っていたので無料でいいですよ」

「それじゃありがたく──」


「待って、ください。これ……受け取ってください」

 自分は彼の手を下げさせて、店員に100円を握らせた。


「代金は要らないですが……いいのですか?」

「これが自分にとって大切になる物なんです。自分にとって大きな価値があるんです……!」

「それならわかりました。お買い上げありがとうございます」

 店員は笑ってサングラスを渡すと、彼は壊れている部分に魔力を込めて直す。

 輝きは鈍いままだけど、自分にとても似合っているだろう。


「ありがとう、店長」

「これで数十年は耐えられるはずだ。大切にな」

「うん」


──森を抜けた港。本当に別れるんだ。

「行ってくるぜ、またな」

「店長、行ってらっしゃい」

「ちょっとだけ抱きついてもいいか?」

「いいよ」

 耳と尻尾を出して彼に抱きつく。

 柔らかい彼の手。この手が自分の事を撫でてくれるんだ。そして自分の生活を支えてくれたんだ。


「……満足できた?」

「よし、行ける。行ってくる」

「行ってらっしゃい」


 意外とあっさりと別れてしまった。

 彼は移動用の船に乗り、手を振って自分を見てくれる。

 彼が見てくれるまでの間だけは、後悔しないように、泣かないようにしておいた。


 彼が居なくなった。いや、居なくなってしまった。

 本人がいなくなるとやはり寂しい。

 一人で辛くなっても自分の力で生活できればいいんだと思っていると、胸に穴が空いたかの様に感じた。


──いや、違う。実際に胸に穴が空いている。

 疑問は抱かなかった。後ろに感じた正気のない人間を見たことがある。

 自警団だ。


「こちら東地区海岸部。民間人を襲う獣人の殺害に成功した。応答せよ」

 意識が遠くなってくる。

 逃げようにも足が動かない。痛い、いたい、いたい……!!


 痛みも感じられなくなった頃、急に夜が訪れた様に感じた。


──プロローグ 終幕。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る