第51話B ソラで


 ◇


 二人が拠点に残る一方で、私とシャムロックは外の広場へ赴いていた。

 雨の降らない国はやけに静かで、響くのは二つの魔力が躍動し、弾け飛ぶ音のみ。ロックが投擲した無数の小石を弾き飛ばし、私は彼目掛けて疾走する。

「もらった!」「甘い」

 私が電光脚ブリッツ・バインでロックに蹴りを放つも、彼は咄嗟に右手を挟んでそれを受ける。いくら魔力を纏わせようとも、ただの人間が簡単に受け切れる技ではないが——流石龍種とでも呼ぶべきか、防御の硬さは随一だった。

 反撃に飛んでくる強靭な拳を避けるのは、彼の属性が指し示す通り至難の技だ。私はその攻撃を受け止めると同時、彼の腹部を蹴って距離を取った。

 先に対峙したウンディーネを彷彿とさせる戦い方は、やはり彼女のそれと比べても荒削り。一方で彼女を上回る点があるとするのなら、投擲以外の正確性か。近接戦において、彼が魔力を込めた拳は絶大な効果を発揮する。

 私は大きく後退あとじさり、両手から魔力を解き放つ。行射という事象を魔法にした属性、その魔力が示す色は推察するに無色透明。この雷に如何なる対策をとってくるかと狙ってみたところ、ロックは広場のベンチを投げ飛ばしてそちらを身代わりとした。

 直後、私の視界からロックが消え去る。

 瞬きを挟んだその刹那で、彼は私の懐を取っていた。自分を目的地に射るという、魔法にしてもどこか馬鹿げた、あまりに都合の良すぎる力。疑念を感じると同時、私は彼の攻撃を掻い潜って背後を取った。

「背中、失礼するぞ」

 地面に脚をついてすぐ、魔力に任せてロックを蹴る。防御を許さない攻撃は、彼を勢いのままに吹き飛ばした。

 ロックは数メートルにわたって宙を舞い、家屋の壁に衝突して動きを止めた。

 戦闘続行が厳しいことを見越して魔力を霧散させていると、ロックは乾いた笑いを浮かべた。

「……ここまでの差、流石に自信を失くすぞ」

「場数の差だろう。別にひけらかすつもりは無いが、私の方が多い自信はある」

「血の気が多いワケだな。準備運動で魔法の勝負を挑んでくる嬢ちゃんなんざ初めてだ」

「戦うことで見えてくることもあるよ」

 ロックは呆れたようにため息をつき、埃を払って立ち上がった。彼からも闘志の類がなくなったので、私は疑問を一つ問うてみることにする。

「……事象を魔法にする属性、聞いたことはあったが実際に見たのは初めてだ。稀有な属性なのだろう」

「そうさな。俺も同類には会ったことがない」

「事象魔法は拡大解釈がしやすい分、酷使すれば相当な負荷を齎す筈だ。キミの事象はその傾向が強い」

 距離が近ければともかく、遠距離の瞬間移動などは本来の〝射る〟事象から乖離する。

 事象が先に進めば進むほど、それは神秘の類に近づく。代償の重さは伴って倍増していくに違いない。

 そして、彼の表情かおに潜む焦燥。

 ゆえに私は問おうと思うのだ。

「人を星空に射る弓が無いように、それは神秘を超えた神秘の類だ。——キミは何を支払った。或いは、今後何を支払う」

 ロックが動揺を隠したのを、私は見逃さない。

 かといって、彼が言葉を詰まらせることもない。暫くだんまりを決め込んだ後、自ら沈黙を突き破るように、真っ黒な龍種は大声をあげて笑った。

「面白い奴だ、ウンディーネ越えの慧眼とは恐れ入る。……だが、他言無用だぞ」

 そうして、ロックは私に真実を語った。



 あの時、私がウンディーネを仕留めた場所。

 辺りは夜の最盛期を迎えている。ソラに座す無数の星々、その幾つかを遮るは銀色の機体。

 人の域を超えた奇妙な姿を持つ水の精霊を、私たち四人は見上げていた。

「俺の魔力量から算出するに、お前ら三人を天に届けることはできる。だがバックアップが保証できるのは涼華一人だけだ」

「構いませんよ。無重力圏でなければ戻って来られるでしょう」

 後ろで結いた紅蓮の髪を靡かせて、ファルセットが前に出る。彼女の体には剣もなければ鞘もなく、武器の類は見つからない。しかし、左手で撫でられた右腕が暴風を纏い、剣の姿へと変化した。それが強力な得物となった。

「最初からアルビオンは心許ない。私とメリアで奴に攻撃を仕掛けてみましょう」

「涼華、アルビオンの準備を。ロックは射出準備が済み次第合図を頼む」

「いつでも。涼華、構わねえか」

 我々の視線を一身に受け、涼華は右腕に巨大な龍の鱗を纏わせる。爆発的に装填される魔力は必然一撃の重さを示し、その出現だけで空気が震えた。

「……皆、力を貸して」

 呟くように、それでいて確りと耳に届く号令を受ける。

 瞬間、私を含む皆が応えた。

「飛ぶぞ!」

 ロックが我々に魔力を注ぐ。体を包む無色透明のエネルギーは、私たちを遥か遠くのソラへと射抜いた。

 到達に要する時間は僅か数秒。身体に掛かるはずの負荷は想像よりも軽く、故に意識は眼前のウンディーネへと向けられた。

「ファルセット!」

「合わせますよ!」

 小さな宝石を一つ砕き、魔力を手繰るようにして一点へと寄せ集める。かつて精霊を打ち破った一発を解き放つその瞬間、ファルセットもまた剣を振った。


嵐の王、其の砲撃ヴァレ・カノン

汝、一条の星を見よgot star


 雷撃と熱風が一つになる。

 ファルセットが唱えた言霊コードも、かつて魔龍モミジを打ち破った一撃。私たちは持ちうる最大限の火力を用いて攻撃を仕掛けた——それは事実だった。

 しかし、我々よりも遥かに巨大な銀色の精霊が傷ひとつ受けず其処に鎮座していたのも、また純然たる事実だった。

「チッ、効いていないか」

「加えてこの防御、鎧と同等の素材に魔力障壁が重なっている。硬いどころの話では……!」

「反撃の様子はなさそうだ。一旦降りるぞ」

 魔法の勢いで地面へと降り立ち、二人が待機する場へ我々は戻る。

 開口一番、ソラを見上げながらロックが言った。

「状況は?」

「ノーダメージです。単純な魔法では届かない」

「アルビオンでガワは剥がせるだろうが、核まで射抜けるか。面倒なことをしてくれる」

 私やファルセットが操る基本的な魔法の延長で外殻が破壊できないとなれば、もはやアルビオン涼華以外にウンディーネを撃破する術はない。

 遥か遠くに座す星から、背後の希望に視線を向けて——ファルセットが言った。

「涼華、お願いします。この国の罪も、貴方ならば裁くことができる」

 希望を託された白銀の少女は、そのかいなを漆黒に染め、深く強く頷いた。

 私とファルセットが背後に回ると同時、シャムロックが雄叫びを上げる。

「行くぞ!」

 重厚感のある音が辺りに鳴り響くと共に、目の前から涼華の姿が消失する。彼女のいなくなった地に強い風が吹いたと思えば、紅に輝く流星がソラの球体へと向かっていた。

 ロックの魔力を受けた涼華は一つの矢のようになって、紅蓮の炎を撒き散らす。その姿が白い点へと変わり、ソラの球体と比べても遥かに小さくなった時。

「……飛ばせ、涼華」

 固く握った拳を空に掲げ、私は涼華の名を呼んだ。

 応えるように、アルビオン、と——彼女が力強く叫ぶ声が聞こえてきたような気がする。


 ソラの色が変わった。

 暗く閉ざされたソラ、そして僅かに残る雲。空は黒から藍染の色へと姿を変えて、雲は現れた魔力によって瞬きの間に消滅する。私たちからでは到底見えない小さな点から、地上からでも感ぜられるほどに大きな魔力が解き放たれた。

 それは刹那の出来事だった。

 火の精霊を貫いたとする一条の光が、ウンディーネを守る球体すらも飲み込んでいく。尤もドラゴンの力が荒れ狂ったのは一瞬のことで、すぐに静寂が取り戻される。

 光が消え去り、白い点がまた見えるようになった頃。

「……待ってください。ロック、早く涼華を!」

 ファルセットが必死の形相で声を荒らげる。

 同時に視認されたウンディーネの姿は、先のそれよりも遥かに小さな形だった。

 詳細な見た目は、わからない。ただ、奇妙な球体から銀色の輝きは失われている。代わりに禍々しい煌めきがあった。

 現在のウンディーネが持つ核のようなモノだろうと、理解しておくことにした。

 あまりの光景に、思わず圧倒されてしまった私がいる。故に、ファルセットが叫んだ意味をすぐに理解できず、私は反応が遅れてしまった。真横に汚泥が落ちてきて、着地点の煉瓦を溶かした。

 迫り来る死を前にして、反射的にソラを見上げる。

 涼華のモノでない光が、小さな点を包み込んだ。

「——ロック、涼華はどうなった!?」

 並び立つロックに視線を送る。脂汗を肌に伝わせて苦々しい表情を浮かべながらも、彼はソラから涼華を地面に射抜いたようだった。土埃を払って立ち上がった涼華の姿に、私は思わず言葉を失う。

「涼華、左腕が」

 真っ赤に染まった左の肩がどくどくと血を垂れ流している。防御の気配すら見られなかったウンディーネからの反撃は、掠めただけで相当な火力を誇っていた。

「ううん、これくらい大丈夫。それよりあの泥、この前の呪詛と同じ」

 ファルセットとロックが首肯する。

 ごうごうと奇妙な音を立てる水の精霊が、ソラから徐々に降りてくる。加えて地面へと到達した汚泥が、どす黒い人型に変貌しながら私たちを取り囲んだ。

「まさか、ウンディーネ一人でこれだけの呪いを抱え込んでいたのですか。信じられない」

 自然、我々四人は背中を合わせて呪いに対抗せざるを得ない状況へと追い込まれる。

 圧倒的な敵の数と、呪詛を垂らしながら此方に落ちてくる水の精霊、その核。


 戦況は、一気に劣勢へと傾いた。

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