第47話A 狩人

 ◆ ある少女による、ある手記への書き込み


 黒の魔法使いシャムロック。彼の辿った経歴、持ち合わせる魔法——知った事実の数々は、この記録をつける今になっても、なお鮮明に思い出すことができる。


 ◇


 国の過去と身の上話を終えた後、私はファルセットを呼び、精霊討伐についての話を始めた。

 

『呪いを祓え。ウンディーネの心臓を突き、ノームの首を刎ねよ』

 

 精霊の国を攻略するための手がかり。サラマンダーの名を除き、私はロックにその言葉を伝えた。

 思い当たる節があるのか、ロックは意外にも肯定的な反応を示す。

「知っているのですか」

「聞いたことはない。だがよく出来てる。土を倒したきゃ、その力を補強する水の精霊を倒さなにゃらん。そして水の精霊を倒すには、奴を取り囲む呪いを祓う必要がある」

「どうやって呪いを祓うの? 山を歩くのは非現実的なんでしょ」

「ああ。だがもう一つの方法も十分に難しいぞ」

「勿体ぶらずに喋りなさい。出来ないことを言う男ではないでしょう」

 面倒臭そうな声音と視線をロックにぶつけ、ファルセットは席を立つ。そうしてもロックの視線が途切れないことに、ファルセットはまた胡乱な眼差しを向けた。

「言いたいことがあるなら言いなさい。なんです?」

「その暴風剣を一段階上の装備に覚醒させる。だが少々手間のかかる話なんだ」

 過去に得た知識を思い起こし、私はロックの言いたいことを理解する。

 魔法の根本はイメージで構成される。それが風ならば、持ち合わせるのは吹き飛ばすという現象の想像。悪しきものを遥か遠くに流すことについて、風魔法以上の適任はいないということらしい。

 ファルセットも意図を理解したらしく、椅子を引くと共に言葉を返す。

「千年分の呪いです、手間もかかるでしょう。しかしあのような怪人を相手せずに済むのは効率がいい。この剣が役に立つのなら、構いませんよ」

「そうと決まれば早速だね。ロックさん、何か当てはあるの?」

「直すことに長けた技師が知り合いにいる。そいつなら剣のグレードアップもできる筈だ」

 ロックは外套を羽織って扉を開け、すぐさま外へと出ていった。

 思い切りの良さにどこか圧倒されつつも、私とファルセットは彼の後を追った。



 静かな雨の国を歩いて数分、目的地の所在は意外なところにあった。

 初日に訪ねた宝石商の店。ロックが頼ったのは、直すことに長けた魔法技師——グルナさんのところだった。

 ロックは何も言わずに扉を開ける。その先には、正装に身を包み、宝石を磨く彼の姿があった。彼は私の姿を認めると、曇り気味の眼鏡を外してこちらに微笑みかける。

「いらっしゃい。以前より随分と賑やかな面々だね」

「お久しぶりです、グルナさん。あれから大丈夫でしたか?」

「お陰様で。時々ロックが様子を見に来てくれていたから被害もない。そちらのお嬢さんは?」

「ファルセット・ジャルベールと申します。エルフの砂漠より参上した熱砂の騎士です」

 王女らしき礼節のある振る舞いで挨拶を済ませたファルセットを見て、グルナさんは暖かな笑みを浮かべた。

「よろしく頼むよ、ファルセット嬢。さて、立ち話も何だ——座るといい。今お茶を淹れよう」

 私たちは来客用の席に腰掛ける。私とファルセットが横に並び、グルナさんとロックが反対側に並んで座る構図となった。

 グルナさんが運んできてくれたお茶を受け取り、そのマグカップに口をつける。冷える体を温めて間もないうちに、ロックが本題を切り出した。

「突然の来訪になっちまってすまないな。頼み事を聞いてもらえるか」

「構わないよ。次は何を直す?」

 ロックはファルセットに視線を送る。エルフの騎士は剣を鞘から抜いてグルナさんの前に出した。

 彼女の身長に対して長めの、手入れが行き届いた銀色の刃。特徴的なそのフォルムは素人の私さえも魅了した。

 グルナさんは純白の手袋をして剣に触れる。

「不純のない真っ直ぐな剣だ。これ以上の施しに何か意味があるのかい」

「千年分の、何万人もの呪詛を受け止めてなお振るえるだけの強度が欲しい。騎士道の範疇なら手段は問わない」

 そう簡単にできるものなのか——と疑問があったが、グルナさんは二つ返事で了承した。

「わかった。魔道具で魔力を注いでもいいかな。それなら強度を上げられるかもしれない」

「お願いします。どのくらいで仕上げられますか?」

「今から始めれば夜明け前には終わるはずだ。渡すのは翌日になるだろうけれど、いいかな」

 ファルセットが私に目配せをしてくる。……時間に関しては申し分ない。決戦を直後に控えている訳でもないから、特に不都合はないはずだ。

「問題ないと思います。ファルセット、預けて」

 グルナさんはファルセットからつるぎを受け取り、その足で工房らしき方へと向かう。

 行き際に魔道具と装飾品を兼ねた道具を集めていき、席に着くと同時早速作業に取り掛かった。

 仕事の始まりはあまりに早く、瞬きの間に魔法が組み上がっていく。だが、何故かはわからないが——その様子に最も顕著な反応を示していたのは、私に宿るサラマンダーだった。

「……珍しいね」

 誰にも聞こえない程度の声量で、私はもう一人の住人に声を掛ける。その魂はいつにも増して熱かった。

「ほれ行くぞ、お二人さん。ああなりゃグルナは止まらねぇからな」

 大英雄の金貨を机に三枚残し、ロックは片腕を上げて去っていく。

 話から察するに、ロックとグルナさんは知り合いなのだろう。でもそこに反応したようには思えないし、体を貸せと求めてくることも特にない。彼女の意図を理解するのは困難だった。

「失礼します。それでは」

 木製のドアが音を立てて閉ざされる。

 ファルセットが出ていった音で、私は自分が呆けていたらしいことを思い出した。



 扉を開けて外へ飛び出すと、外套を着直すファルセットとロックが私を出迎えた。

「次はどうしようか。呪いを祓うまでは作戦会議の続きかな」

「そうですね。戻りがてら、パトロールとしましょう」

 ファルセットが拠点の方を振り返る直前、彼女の足元に大きな影が現れた。

 店の通りであるにもかかわらず、棍棒が容赦なく振り下ろされる。武器を持たないファルセットにとって、その一撃は脅威となりうる——が、彼女は敵を見ることもなく攻撃を避け、降り終わりの棍棒を踏み抜いて跳び上がった。

「不届き者め。性懲りも無く税を取り立てるか」

 直後、魔力を乗せた強烈な蹴りが爆発する。リザードマンの頭は無惨にも弾き飛んだ。

 飄々とした足取りで着地すると、ファルセットは小さく呟いた。

「注意してください。魔力反応がやたらと多い。向こうも痺れを切らしたようですね」

「了解。彼らには悪いけど、寝てもらう」

 剣がなくとも焦りを見せず、ファルセットは徒手格闘の構えを取る。私は魔力を右手に集め、アルビオンを放つ準備を整えた。私とファルセットは静かに店の前から離れる。標的を定めた相手も、唸るような吐息を発しながら陣形を組んだ。

「時間をかければこっちが沈められるね。——……その火はあらゆる善を護り」

 サラマンダーはもう訴えてこない。私はアルビオンに割く予定の魔力を組み替えて、夕立、輝ける松明アヴェルス・フラムの完全詠唱、その一節を詠唱し始める。

 

 戦いに外から待ったが入ったのは、まさにこの瞬間だった。

「くだらねえ戦いに魔力を割くな。此処は俺がやる。後、動くな。狙いにくくなる」

 深く被ったフードで顔を覆うロックが、陣形の外より声を上げた。

 この時の彼がとりわけ多い魔力を発していたかと言われれば、否。並の魔法使いと大して変わらない量と濃さでしかなかった。だからといって武器を持っているわけでもない。ロックが右手に握っていたのは、大仰な剣でも槍でもなく、ただ一つの石ころだった。

 ロックは石ころを振りかぶる。投擲の為だとすぐに判断した。

「俺の魔法はちょいと特殊なんだ。戦うためにありながら、魔法に攻撃力はない」

 その手から小さな隕石が解き放たれる瞬間、フードで遮られたロックの目が、魔物の如き臙脂の色に輝いた。

言霊コードも要らねえな。ただ、

 小石が轟音を響かせる。豪速球へと変化した石ころは、まず一体目、リザードマンの心臓を穿つ。

 尤も、それだけならば只の投擲。

 しかし石ころは止まらない。視界から消えたと思ったその瞬間、魔球は別のリザードマンの個体を食い破って現れる。勢いのまま三体目を破った小石は更に速さを増し、ついには人の知覚を凌駕する。破壊と消失、顕現を繰り返した魔球は、リザードマンに抵抗を許さない。

 阿鼻叫喚の嵐は徐々に落ち着き、敵兵の数は減っていく。最後、襲い来る全ては骸となっていた。


 役目を終えた小石は丸みを帯びた姿でロックの足元へと転がってくる。彼は淡々とそれを拾い上げ、表面にこびりついた血を指で拭ってもとあった場所へと戻した。

「俺の魔法は自然の力じゃない。的を射るという事象が属性へとしている。……強いて名づけるならば行射ぎょうしゃとでも言うべきか。狙いを定めて投擲する、その行為において俺は誰にも負けない」

 直感的に、その異常性を悟った。

 フードで表情が遮られた時、その眼球は赤一色だった。彼の魔法は、一撃で確実に仕留める為に練られていた。

 狩人の戦いは、私からあらゆる言葉を奪い去った。

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