第44話B 捜し者
扉の向こうから無数の礫が飛んでくる。
モミジは回避魔法の詠唱を試みるも、すんでのところで間に合わなかった。無数の礫から総攻撃を受けたモミジの顔からは鮮血が流れ、その服には赤く滲んだ切り傷が残る。弾は小石ほどの大きさだったが、魔法によって強化されていれば十分に人を殺しうる道具へと変貌する——直後、二度目と三度目の乱射が私たちを襲った。
「
真っ先に動いたのはネリネだった。力強く一歩踏み出した彼女は秒にも満たぬ詠唱で槍を生成し、迫り来る礫を神速で粉塵へと帰していく。
モミジの回避魔法が遅れて発動する。私は合わせて
「
両脚に纏った鋭い稲妻は礫を塵も残さない。モミジはすぐさま姿を消し、第二撃を容易く凌いだ。
「厄介ね。いつまで続くのかしら」
「もし防御を止めれば、ぼろぼろ。面倒くさい」
「準備運動だと思えばいい。本番は帰路だろう」
三者三様の防御魔法が展開されても、土の雨は暫く続いた。
果たして何度蹴りを入れたかわからない。彩られた壁画や床は、攻撃が止む頃にはすっかり生気を失っていた。
「宝物庫の自動防衛と見るべきか。此処に隠された罠はそれだけじゃなさそうだ」
「ほら来た。めりあ、合わせろ」
モミジの意図をすぐに察し、言葉よりも先に魔力を解き放つ。私とモミジが真正面に向けて放った緑と白の稲妻は、虚を衝くために落とされた岩石を打ち砕いた。
直後、轟音が辺りに響く。
「これだけ派手にやったら気づかれても仕方ないわね。目的の道具を探しましょう」
「承知。世界を乗り越える道具……門や扉でないとすれば、同系のイメージは鏡か」
私たちは魔力感知に細心の注意を払いながら、丁寧な管理の行き届く宝物庫に意識を配る。何者かの像や剣、重要な価値を秘めていそうな宝石の類など、保管されているものは二階にあったそれに類似するものの、こちらの財宝が持つ価値は恐らく下の比にならない。
特に他のものを拝借する気も起こらず、罠も作動する前に各人で叩き潰す。先ほどまでとは打って変わって静寂に包まれた居城の中で、ネリネがふと声を上げた。
「メリアの予想は正解かも。……やけに濁った鏡、見つけたわ」
「うん。姿見か」
鏡を眺める二人のもとに歩み寄り、彼女らの上から道具の様子を確かめる。
鏡は微量ながらも魔力を蓄えており、かつてエルフの砂漠にて、カイザー王の城で使われていたのと同じ構造の鏡面を持っていることが確認された。モミジが試しに鏡面へと手を触れてみると、初めに接触した人差し指は、静かに鏡の向こうへと吸い込まれていった。
「何か向こうに感覚はあるか?」
「……ちょっとまて」
指の安全性を確認したためか、モミジは自らの片耳を鏡の向こうに入れてみる。どうやら、この神殿の静けさとは対照的な音が聞こえるらしかった。
「雨のおとが聞こえる。向こう側、雨の国だ」
「でかした。後はこれを外に運ぶだけだな」
「ええ、ひとまずは。詳しい作戦の立案は後にしましょう」
ネリネが姿見に布を掛けて持ち上げる。私はモミジの肩を借りながら地図を開き、脱走用の経路を指でなぞった。
このまま進んだ先に外の景色が一望できる場があって、そのフロアの窓は人が通れるくらいの大きさになっている。逃げるだけならば単純な話だが、鏡がある以上は戦闘も逃走も難しい。脱出は難航が予期された。
「青いの、鏡をまかせる。私が先行して敵をたおそう」
「はいはい。取りこぼさないで頂戴ね」
直後にモミジは宝物庫を飛び出し、凄まじい速度で角を曲がる。
「早速か。
騒ぎを聞きつけてやって来たのか、宝物庫を出た先には土の精霊がいたらしい。ネリネに言われてムキになったのか、モミジは出会い頭に例の隕石投下魔法を詠唱したようだった。魔力の発現と共に轟音が鳴り響き、居城を激しい揺れが襲う。
同時、一秒の十分の一にも満たぬ時間、私はある影が爆速で移動するのを見た。
「ネリネ、鏡を持って此処に。様子を見てくる」
私はそう言い残した後、モミジの飛び出した廊下に自ら足を踏み入れた。
尤も、戦場に乗り込んだからといって私が攻撃の影響を受けたわけではない。ただ、石が焼けるような音と煙を背後から感じ取った時点で、私の不安は一気に増幅した。視線をそちらに向けてみれば、不安は形になって現れる。
「——は?」
どんな言葉をも追い抜いて、驚愕が私の口から飛び出した。
誰より速く攻撃を仕掛けたはずのモミジが、背後に考えたこともないほど大きな亀裂を作り、壁にもたれかかっていた。魔龍としての彼女を知る私には、信じ難い事実だった。
「モミジ、無事か——っ」
項垂れる彼女に声を掛けると同時、本能的な悪寒を覚えた私は半歩後ろに引き下がる。
間髪を容れず、土の刃が地面より現れ、天井を貫いた。二撃目を恐れた私は視線を正面に固定したまま、モミジの倒れるすぐ傍まで後退した。
「ヴァッサヴァール、出てこなくていい。私とモミジでどうにか対処しよう」
事の重大さを認識すればネリネがすぐに出てくると感づいて、私は咄嗟に言葉を並び立てる。
土の剣が砂に変化するのと同時、モミジが戦線に復帰する。
「後れをとった。彼奴、何か違う」
当初私は、モミジの言葉の意味がわからなかった。しかし魔力の感知を巡らせてみれば、違和感の正体に辿り着くのは簡単だった。
この居城を遍く満たす驚異的な魔力、その全てが、廊下の向こう側にいる人物より放たれている。
不気味なほどの静寂が辺りを包んだ。
ただ響くのは、敵が大地を踏みつける足音のみ。それを異様と思うのは、何も魔力だけが原因ではない。これまで相対した土の精霊に比べ、この精霊には生命の鼓動を微かに感じる。しかしその足音は無機物でしかなく、生命らしさは毫も感じられなかった。
視線の先にいる者は、静かな足取りで、されど強烈な存在感を放ちながら迫り来る。
「……やむを得ない。少しでも時間を稼いで、なんとか脱出経路を確保するぞ」
「わかった。だが簡単な話じゃない。間違えれば、死ぬ」
「出来ないことはない。切り札を使うことにはなるが、奥の手というのはこういう時の為にあるものだろう」
私は宝石を一つ手に取り、それに軽く力を込める。
モミジも敵の異様な雰囲気を感じ取ってか、私たちの前では見せた事のない不思議な構えを取った。
「来るぞ……!」
私が声を上げると同時、敵は徐々に加速する。終いには目が捉えられる限界値の速度にまで変化して、奴は私たちの虚を衝いた。咄嗟の判断と共に片手で宝石を叩き割り、もう片方の指先に魔力を装填する。私が小さな弾を撃つ時、モミジは脚を敵に目掛けて振り上げた。
——それと全く同じタイミングで、奴の両手から黄金の魔砲が放たれる。
弾丸の所在は行方不明。攻撃の余韻が残る左の手を守るため、私は右手を間に差し込んだ。それでも体の動きが魔力の駆動に勝る道理はなく、私の体は金色のエネルギーに包まれる。
「不味った。蹴りも届かないか」
蹴りを途中で遮断され、直後に攻撃を受けた彼女は身動きが取れないまま空中にいる。その隙が見逃されるはずもなく、モミジは敵に脚を掴まれ、勢いよく地面に叩きつけられた。
私にモミジを助けられるだけの余裕はなく、追撃を受けないように引き下がることしかできなかった。
ふと、己が右腕の感触を確かめる。敵の攻撃は魔力で相殺できる以上、十分に防ぎうる威力だった。しかし灼かれた皮膚は変色しており、途端に激しい痛みを訴えてきた。
「チッ、此処で宝石をまだ使わせるか」
私がそんな思考に時間を回している間に、奴はターゲットを切り替えてこちらとの距離を急速に詰める。
敵の魔力に覆われる私は悍ましさを覚え、反射的に二つ目の宝石を叩き割った。
『
敵に触れられるよりも先、私は高速の拳を放つ。当然ながら敵はそれを受け止めるが、打撃勝負を挑んだわけではない。宝石二つ分、その魔力で作り出した雷を全力で迸らせ、圧倒的な熱量から炎を生み出した。
敵が火炎に包まれたのを目で確かめ、私はまた距離を取る。そのままモミジの横に並び立った。
「十分にわかった。ここであいつは倒せない」
「悔しいが納得だ。だが切り札を切った以上、此処は私が凌ぐ。モミジはネリネを連れて先に行け」
「……まかせる。怪我は程々に」
モミジは身を翻し、先ほどから開け放たれたままの扉へと滑り込んで姿を消す。
手元に残る宝石の感触を確かめた後、私は敵に右手を向けた。まるで合わせたとでも言わんばかりの様子で、敵は自らの肉体に纏わりつく火炎の全てを振り払う。
姿を露わにした奴に対し、私は言葉をかけていた。
「先の精霊共と似たような顔だが、紫の髪を持つのはお前だけ。貴様が土の精霊の本体か」
全神経が敵の一挙手一投足を注視する。体を巡る莫大な魔力は未だ尽きることなく、外から押し潰さんとする土の魔力を跳ね除ける。
突然、敵は両手を広げる。魔法を警戒する私に気づいてか否か、奴はその体勢のまま口を開いた。
「ご名答。概ね、だがね。ところで——」
精霊は広げた両手をだらりと下ろし、黄金の瞳でこちらを一瞥する。
私を最も困惑させたのは、精霊の持つ奇妙さでも魔力でもない。寧ろそれらは、ただ一つの問いかけによって吹き飛ばされてしまった。
「風晴涼華という女性を捜している。心当たりはないかネ」
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