第43話B 災厄の塔

 居城の二階に辿り着き、タイルを踏み抜いた瞬間に激戦の幕は上げられた。

「青いの、下がれ。わたしが前に出る」

「ええ、槍が刺さったらごめんなさいね」

 無機質な目で迫り来る土の精霊に対し、爆速で前に飛び出したモミジが閃光弾を叩きつける。

 光が辺りを包み込む中、私の真横で魔力が畝る。何かに衝突したネリネの槍は、凄まじい衝撃を巻き起こし、私たちの眼前で大量の水を弾き出した。

「二人とも、気を緩めるな。残存する魔力の数が尋常じゃない」

「わかってる。メリアは魔力を溜めておきなさい。私とモミジで敵は掃討する」

 閃光弾が消え去って視界が晴れやかになると同時、一階では想像もつかない数の土の精霊が現れた。

 正面の一体が、ネリネの槍を胸から抜いて投げ捨てる。傷口はたちまち土によって塞がれ、先の攻撃を一切意味のないものへと成してしまった。

 同時、周りの精霊が一歩踏み出す。彼ら単体の魔力量自体は大きくないが、厳しい点は其処でない。この相手を倒すにはモミジの火力を以って消しとばす以外の手がなく、私たちでは倒しきれない。

 ネリネが一歩引き下がり、モミジが一歩前に出る。

 ふと、モミジが声を上げた。

「めりあ、地図を預ける。青いの、魔力を合わせろ。一撃でしとめる」

「了解。先に進んでおくとしよう」

 モミジが左の手を前に突き出す。背後に感じた魔力は高密度の光、或いは高質量の弾丸。ネリネが優しく魔力を添えれば、それは青色の光を伴い始める。光が球体を全て覆えば、砲丸は途端に刺々しさを増す。私が魔法の射程範囲から外れた途端、その魔力は二人の声を通じ、言霊コードを伴って解き放たれた。


幻想の大海、来る隕石オケアノス・ポース


 モミジの作る光の隕石が地に着いたその瞬間、中から水が弾け飛ぶ。

 私の背後で光が巻き起こり、同時に甲高い音が鳴り響いた。ふと振り返ってみれば、曲がり角にまで飛び出していたのは無数の氷柱。ネリネが作り出した鋭利な槍の数々だった。

 直後視線を正面に戻すと、目の前にまた土の精霊が現れている。私は咄嗟の判断で跳躍し、物言わぬ木偶の頭を飛び越えた。

 地図に沿ってまた角を曲がり、その先で気配を殺す。モミジに加えてネリネもいるのだから、この数回で逸れることは考えられないが、依然として魔力の数は減らない。長期戦が死をもたらすのは、わざわざ考えるまでもない自明のことだった。

 角の向こうから二人の様子を窺っていると、先んじてネリネが滑り込んでくる。

「頭を下げて頂戴」

「ッ!」

 背後で感じた冷たい魔力。私が体勢を低くした瞬間、頭上を琥珀色の光線が飛んだ。

 土の精霊の攻撃をすり抜けるように外したネリネが、私を飛び越えると共に敵の顔面へ蹴りを入れる。

「貴方たちの相手をしている暇はないの。失せなさい——大海の荒波ヴォーゲ・キュステ

 ネリネが言霊コードを唱えた瞬間、字義通りの荒波が彼女の掌から巻き起こる。

 その攻撃は土の精霊を倒すには至らない。しかし人すら押し流す激流は奴を簡単に吹き飛ばし、追手より逃れるのに十分な役割を果たした。

「目的地は直進先ね。紫の、置いて行くわよ!」

「好きにしろ。どうせすぐ会うことになる」

 背後で魔力が衝突する独特の音が響いている。ここからそう遠い場でもなく、目的地までのルートは至って単純。大量の精霊をモミジに預け、私は目的の場へと駆け出した。


 鋼鉄の扉を体当たりで吹き飛ばせば、私たちは部屋の内包する道具と遭遇する。

 一階の部屋は古びており、大した成果は見て取れず。三階建てである以上は十分に察せられた話だが、二階のこの部屋にあるのは古びた道具と何かの像のみで、宝物庫と呼ぶにしても足りないものが多い。

 試しに稲妻を指に走らせ、暗がりの中を照らしてみる。しかし、どれも埃を被っているためか光を反射するものはない。

「……外れと見て問題ないか。ここに放置されているとは考えにくい」

「そうね。道具以外を探す時間はないし、その方向で行きましょう」

 古物の群れより踵を返し、外した扉を飛び越えて、私は別の候補地へと向かう。

 道中での合流に合わせてモミジへ地図を渡し、先頭を入れ替えて行軍を続けていく。入った直後の偏りに比べれば敵の数は落ち着いたものの、曲がり角で突然出くわす頻度は一階の比ではない。

「つぎ、曲がったところ。不意打ちに気をつけろ」

「反応は二つか。ネリネ、モミジ、任せる」

 曲がり角で引き下がれば、合わせて二人の龍種が前に出る。

 伽藍堂の土人形に対する、虚を衝いた一撃——ネリネは敵の首を刎ね、モミジは敵の頭を吹き飛ばす。合わせて魔力の装填を済ませた私は、全身を駆動させてその間を通り抜けた。

 扉を突き破った先で受け身を取り、二階最後の目的地に滑り込む。

 目を開けた瞬間に差し込んでくる無数の光は、そこに黄金が貯蔵されていることを示す。この居城が国の中央部に当たるか否かはさておき、そこに並ぶ大量の金塊は、この国を動かすための動力に相違ない。

 それからすぐ、二人も宝物庫へと滑り込んできた。

「どうだ?」

「ああ。確かに重要な場ではあるが、此処に目的の道具があるとは考えにくい。やはり、最重要の道具は最上階に置いてあるのだろう」

「遠回りだけど仕方ない。三階が居城最大の脅威になるでしょうし、十二分に注意して向かいましょう」

 私たちは踵を返して来た道を戻り、階上へ向かう為の階段を飛び越える。

 道中で遭遇した敵との戦闘は全て避け、私たちは三階に到達する。魔力残量に余裕があることを確認した後、我々は三階の内と外を分ける門を見た。

 全体的な劣化が見てとれる簡素な一階、一部分を除く場の基本が侵入者排除のために作られた二階とは、全く別物の世界がそこにある。

 壁画の描かれた門とその一帯は青色の装飾がなされており、独特の美しさと魅力を併せ持つ。此処が敵地でないのなら、一体どれだけ心穏やかだったことか。

「建物はここから更に複雑になる。魔法の出し惜しみはするな。目的のものを回収した後、適当な窓から飛び降りる。その覚悟は欠かさぬように」

「わかった。では開けよう」

 モミジが右手を振りかぶり、光の礫で門を叩き割る。素直に開くかも判別のつかない現状、その行動は最適解だが——崩れ去った壁画は、一階の錆び付いた道具と同等のものへと変わり果ててしまった。

 次の瞬間、得も言われぬ妙な感覚が私の皮膚を刺激する。

「……待て。この感覚、全て魔法か」

 肌が痺れに近い痛みを訴えてくる。その正体が私にとって最悪に相性の悪い土の魔力だと、すぐに気づくことができなかった。

 魔力感知に長け、計器としての役割を果たす雷が、あまりの魔力量にオーバーフローを引き起こされた。

 いくら今の私とて、過去の私からすれば信じたくないような、最悪の事実だった。

「この先、戦闘はむりだ。この階を構成する全て、私たちに匹敵する魔力がある」

「内部が敵そのものってことね。無傷は諦めましょうか」

 そう口走ると共に、ネリネは手から槍を離した。私とモミジもそれに倣って出力を落とし、体を浮遊させられる最小限の魔力のみを肉体に纏わせる。

 直後、我々は意識さえ潰えてしまうほどに濃い魔力の中へと足を踏み入れた。


 下層の退廃、中層の地獄が比にならないほどの不気味さが辺りに漂う。酷く濃い魔力のせいか、私の魔法を徹底的に潰すための属性のせいか。三階の一つ目に辿り着いたところで、私は既に息が上がっていた。

「めりあ、背中に掴まれ。よく此処まで走った」

「くっ……すまない、次の場までは体を預ける。指示はモミジに伝えよう」

 壁画に囲まれた部屋には無数の武具が置かれているのみで、移動のための道具と思わしきものはそこにない。私は深く息をついた後、モミジの背を借りることにした。

 二人に指示を出しながら進み、結局二つ目の部屋も外れ——かといって敵との遭遇もない。体内に染み付いて離れない濃密な魔力が徐々に神経を蝕みつつある時、漸く目指すべき最後の部屋が現れた。

「モミジ、降ろしてくれ。此処では構わない」

「わかった。では、扉を蹴るが、いい?」

 鋼鉄の扉を一枚挟んだ先には、その強烈さを疑うべきほどの魔力、その源が一つを感じる。

 無意識のうち、手に宝石を握っていたことを、私は今になって気がついた。

 武者震いを抑えて深々と息を吐き、私はモミジに視線を送る。

「……開けてくれ」

 私の指示にすぐ応え、モミジが扉を蹴り破る。爆発でも巻き起こったかのように鋼鉄は弾け飛び、数回宙を回った後で墜落した。

「二人とも伏せて!」

 突如ネリネが声を荒らげる。モミジが咄嗟に出した詠唱より、何かの出現が僅かに速い。

 空気が打ち震え、身体中を敵の魔力が吹き抜ける。

 事件が起こったのは、その後すぐのことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る