第19話 開戦

 デザート・エルフ。

 苛烈な砂漠の生活に適したエルフの進化系——ヴァンクールもその一人で、なんとファルセットとは兄妹とのことだった。

「私はまだ未熟でして、デザート・エルフにはなれていません。お兄様が圧倒的に強いのは、この砂漠において最強となりうる進化を遂げたからなのです」

 ちょうど彼女が言い終えた時、私とファルセットもモーニングを摂り終わった。

「大体言いたいことはわかるけど。ヴァンクールの魔法は一層級の火力がある。砂漠での補正もあるんだったら相当な戦力になるわね」

「ええ、仰る通りです。後ででも、私からお兄様に訊いてみることにします」

「同じ話をメリアにもしておくよ。ところで、ネリネの隊っていうのはないの?」

「ええ、私は常備していないわ。魔法のせいであまりに広くなった砂漠じゃ地図も作れないし、同じ場所に行くのは難しい。砂漠全体の様子を見て迷い人を救うのが仕事だったのよ」

「だからあの時会えたんだね。砂漠を駆けてくれるネリネさんに感謝だ」

「ふふっ、ありがとう。それとファルセット、隊の整備をお願いできる?」

「承知しました。遣いの者を送るので、今晩の宿が決まり次第、ネリネ殿の方から連絡をいただきたい」

 朝食がてらに戦いの方針を決めて、私たちはカフェを後にした。


 そのままファルセットと別れて、新しい宿を探すことにする。

「それでさ、ネリネ。もしドラゴンの姿に変身するんだとしたらどっちがなる?」

「そうねぇ。私ならサラマンダー相手に優位かもしれないけど、一掃級の魔法を使えるのは私だし、まずは涼華に頼みたい。貴方の力でもダメだった時には助太刀するわ」

 火の精霊というだけあって、水属性のネリネなら強気に立ち回れる。だからこそ、サラマンダーが何をしてくるかわからない以上、奥の手としてネリネの力は取っておく必要がある。

 王都の門、中心部から等距離の場所に宿屋を選び、私たちは三名を予定してチェックインした。

 後はメリアが戻ってくるのを待つのみになったけれど、修行で遅くなると言っていたし、話の本題に入るまでには時間を要するかもしれない。

 荷物の多くを持ってくれていたネリネさんは、深い息をついた後に続ける。

「サラマンダーと戦うまで暇だし、少しトレーニングでもする?」

「……うん、よければお願いしたい。私にはメリアみたいな覚悟がないから、少しでも力をつけておきたい」

 強く意気込んだ私だったが、ネリネの反応は思っていたものと違った。

「強くなりたい。その意思はとても素晴らしいわ。だけどね、涼華。他人にあるモノがないから強くなる、それだけじゃどこかで躓くわ。ううん、挑む理由はなんだっていい。大事なのは後ろ向きに考えないコト。後ろを向きながらじゃ避けられるものも避けられないでしょう?」

 無いモノの代わりに戦うにしても、言葉の使い方を変えて前向きになる。

 とてもネリネらしくて素敵な言葉だった。

「ありがとう。私、二人のために強くなるよ」

 まだ太陽も登りきっていない、未成熟な朝の頃。心も含めて強くなろうと、私は密かに決心した。

 昼食を忘れるくらい何かに夢中になるなんて、人生で初めてだった。

 


 メリアが帰ってきたのはその日の午後のことだった。

「遅くなってすまない。しかし、重要な情報をいくつか得ることに成功した」

 私たちのいる宿屋をファルセットから聞き出したようで、メリアは苦労なく私たちと合流することができた。

 メリアが取り出したのは一枚の紙。

「まず初めに、私が修行していた相手はヴァンクールだった。偶々顔を合わせたのだが、そのついでに少し前のことは謝罪した……今後は協力的になってくれるそうだ」

「そうなのね。涼華、これって」

「うん。対サラマンダー部隊が組めるようになる」

 ヴァンクールの協力が得られれば、ファルセットの部隊と合わせてサラマンダーの軍に対抗することができる。

 後は二人の兄妹仲にもよるけれど、上手くいけば日没前には戦力が整うかもしれない。

「それで、王との謁見日時も確定させた。明日の昼前とのことだ」

 メリアのおかげでここまで話を進めることができた。

 ヴァンクール、ファルセットとの結びつきを得ることができて、そのおかげで予知夢に現れたサラマンダーへの対処も確実に講じることができた。

「問題はいつサラマンダーがやって来るか。本来なら、暗視も効かないのに夜襲をかけるのは愚策に違いない。けれど、サラマンダーの炎が松明の代わりになることだって考えられるわ。夕方にせよ夜にせよ、早朝にせよ……涼華が夢で見てからそれなりに時間が経っている。近いうちに起こるのは確実じゃないかしら」

 たとえ周りの誰に聞き込んだとしても、リザードマンの軍勢が今どこにいるのか、どれだけの数なのか、強さがどう違うのかは何一つとしてわからない。そう、持ち合わせる情報は攻め込んでくるということだけなのだ。

「いつ襲撃が来たとしても、私たちは出られるようにしておこう。私、絶対に誰も死なせないから」

「守るための戦い、無論そのつもりだ。惜しみなく全力を出せるよう努めよう」

「私たちは魔王に反旗を翻す者。その一歩、しっかり乗り切るわよ」

 木漏れ日の差す宿の一室にて、私たちは右腕を重ねる。

 ……ここまで長かった。けれど、ようやく誰かのために戦える。

「対サラマンダー作戦、準備はいいな!」

 一番上に手を乗せて、メリアが高らかに声を上げる。それに合わせ、私とネリネも力強く頷いた。

 ぐっと三つ分の力が一つに重なる。

 心を同じ方に向けて、私たちは戦いの前の誓いをした。



 宣誓から一時間半が経過した頃のこと。既に陽は夕方に傾いていた。

 金属と金属がぶつかり、鳴り響く音——そう、鐘の音が王都に響いたのだ。

「涼華、メリア! この音は敵襲のソレ、急ぐわよ!」

「了解した。私が先行する、二人は後ろについてくれ」

 部屋の鍵が閉まっていることを確かに確認し、私たちは大急ぎで鐘の鳴る方に向かう。

 人々の喧騒はいつもと違った声色をしていて、遠目にはたくさんの騎士が戦いに備えているのが見える。メリアが向かったのは軍の先頭、そこには真っ赤な髪の高身長がいた。

「メリア殿。先ほど共に打ち合ったばかりで申し訳ありませんが、早速戦闘開始です。今すぐに集められたのは防衛兵の数名のみでしたが、実力は約束いたします」

「ああ。我々は先に戦場に向かう。後から君らのやり方で進軍してくれ」

 何というか変わらないなぁと思いつつ、真っ先に門の外に飛び出したメリアを追って私たちも外に出る。

 舞台は辺り一面の砂漠。いつもと明らかに違うのは、全身が溶岩のような色合いをしたリザードマンたちがこちらに迫っている点だった。

「もはやあれ、リザードマンなのかしら?」

「わかんない。けど、明らかに今までの奴より強いと思う」

「サラマンダーの魔法か何かだろうな。とりあえず殴ってくる」

 しゅん、とメリアの姿が消えた。

 目の前で弾け飛ぶ眩い光は、彼女の魔法が発動した証。開戦の合図だ。

「私は左から攻めるわ。涼華は右をお願い——『力強き我が鎧フォルス・アルミュール』」

 同時に全身を鎧に包んだネリネさんもリザードマンの軍勢に駆け出した。

 少し出遅れてしまったが、それも今すぐに追いついてみせる。


一陣の風ガスト


 全身に一時的な加速状態を与えて、私もリザードマンの大群に突っ込んだ。

 見るからに巨大なリザードマンの一人を衝突の勢いで吹き飛ばし、空中で『夕立、輝ける松明アヴェルス・フラム』を詠唱。両手から炎を吐き出して奴らを押し退け、居場所を作って着地する。

「うぉォォォォ」

 着地した私の眼前で棍棒が薙ぎ払われる。なんとか致命傷は避けられたものの、鼻を少しだけ掠めてしまった。

 この時点でリザードマンが強いことは十分に察せられた。

 炎属性のサラマンダー相手に炎が通用するのか、そのバックアップを受けたリザードマンに攻撃が通るのか。戦ってみるまで不安はあったけど、とりあえず普通に攻撃できているみたいで安心した。

「……涼華、少しいいか」

 私たち三人分の魔法で爆撃が巻き起こる中、メリアが声を空気に乗せて私に届けてきた。

「魔力の性質的に、このリザードマンたちは既に殺されている。心臓までサラマンダーの炎魔法が行き届いているから、彼らは殺さずとも死するだろう。故に手加減も迷いもせず、その怒りは本人の前まで取っておいてくれ」

 メリアの脚から放たれた魔法が凄まじい咆哮を轟かせる。後ろから振るわれた棍棒をしゃがんで回避して、彼らへの謝罪と共に炎魔法を手から放った。

 どうにかして救えないのかな。無理だと分かっていても考えてしまうのは、私が甘い人間だからだろう。メリアに並び立ちたい。もっと強くなりたい。そのためには、リザードマンを相手に苦戦はできない。時にはメリアのような冷静さ、容赦のなさだって必要になるのだと思う。


 敵だっていい。一人でも多く救いたい。

 そう思うのは果たして間違い?

 

 私たちが先陣を切って戦い始めてから五分もしないうちに、騎士たちの雄叫びが聞こえてくる。

「果敢なる戦士らに続け! 攻撃の手を緩めるな!」

 騎士が攻めてくるのを耳で聞いた私は、三度全力で魔法を詠唱した。敵の陣形を少しでも崩壊する狙いがあった。

 私たち三人が合流することはなく、戦闘を有利に進めるため全力で瓦解を狙う。

 いくら魔法が使えると言っても私は生身に等しいし、攻撃は避けなければ大怪我を負うことになる。プレッシャーの中で頭を必死に回転させて、より凶暴化したリザードマンを薙ぎ倒した。

 辺りの陣形が崩れたところで一歩距離を取り、私は戦いの様子に目を向ける。

 こちらの方がやや優勢か、リザードマンが蹂躙されているのがなんとなく見えた。しかし、だからこそ、この戦いを平穏に終わらせることはもうできない。

 彼らはもう救えない。

 仕方のないこと。その一言で済ませることは許されることなのだろうか。

 発散しようのない後悔に苛まれる私は、震える手をリザードマンの一人に向けた。

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