第17話 空を仰いで

 聞き込み開始から二時間と三十分ほどが経って、気がつけばもう午後の三時。

 私がファルセットを連れて集合場所に向かうと、涼華とネリネは暇そうな顔で雑談を楽しんでいるところだった。

「二人とも、すまない。遅れた」

「ん、気にしないで頂戴。それよりファルセットの方が気になるんだけど」

 知っているのか?

 問おうとしたが、よくよく考えてみればネリネはエルフの王に仕える熱砂の騎士。王の娘のことを知らないわけがなかった。意識を失ったままのファルセットをその場に座らせてやると、隣に座った涼華が問うてくる。

 

「一体何があったの……?」

「闘うことになってな。ゼロ距離で雷魔法を打ったらこうなったが、協力するとの言質は取った」

「うわ物騒」

「にしてもメリア、運があるのね。知り合いじゃなかったのでしょう?」

「偶然声をかけられたんだ。彼女、面白い性格だな」

「ええ、あの子ってばモテるのよ」

「起きたら話を聞いてみたいな。このまま放っておくわけにもいかないし」

「宿を決めようか」

 

 気絶したファルセットを連れて行けば、エルフの騎士がどんな反応をするかわからない。いや、どう考えても大騒ぎは避けられない。

 私たちは街道を少し行き、適当な宿屋を見繕ってチェックインする。

 四人用の部屋が空いていたので、私たちは荷物と金貨をまとめて部屋に入る。

「滞在時間が長すぎたか……硬貨の減りが早い」

 すっかり減った大英雄柄の金貨を手に取って私はぼやく。

 食料の備蓄は追加調達したものの、荷物の都合で持てる量は限られている。減っていく通貨と食品を見るたび、早急に事を成さねばという思いが強くなった。

「精霊王を倒せば報酬も出るはずよ。最も、倒せるだけの根拠を用意する必要はあるけどね」

 そんな会話を繰り広げる最中、どこか呆然とする涼華が少し気になった。

 どうにも、ファルセットが起きないかどうかを意識しているように見える。

「涼華、何かあったか?」

「……あ、ううん。ちょっと考え事してただけだよ、大丈夫」

 そうやって否定する涼華だったが、ただの考え事にしては表情が暗い。顔に出るくらいに考えることがあるなら、聞かずに終わる訳にはいかなかった。

「気になることがあるなら言ってくれ。遠慮はいらない」

 涼華が思い詰めた表情なのに変わりはない。聞かないと言うのも一つの優しさなのかもしれないが、私たちは仲間だ。問う必要が絶対にあると思った。

「……実は」


 ◇


 意を決して、私は夢の話をした。

 昨日の晩、一人の女性が無数のリザードマンを連れていたこと。当たり前のようにリザードマンの首を刎ねて、ケタケタと笑いを浮かべていたこと。

 

「何か嫌な予感がするの。放っておいたら酷い事が起こる、そんな気がするんだ」

 突拍子もない話に困惑するのは無理もないと思う。けれど二人ともそんなことはなくて、ネリネさんは私を落ち着かせるため傍に寄り、優しい言葉をかけてくれた。

「話してくれてありがとう。涼華ちゃん、貴方のそれは予知夢かもしれない。私たち龍種は神の時代から世界にいる、不思議な力の多い種族……現実を夢で見ることがあっても、何一つおかしくなんてないのよ」

 私の心中を察してくれたのか、メリアも手を取ってくれる。頼りになってばかりで申し訳ないけれど、今はその手を借りていたいな。

「大丈夫だ。敵が攻めてくるとしても、キミは一人じゃない。私もいればネリネもいるし、そこで眠る彼女だって力を貸してくれるだろう。……躊躇いもあるだろうに、教えてくれてありがとう」

 ……夢のことを話しただけなのに、二人ともどこまで優しいんだろ。

 言葉にならないお礼を言った後、ネリネは夢について話の続きを切り出した。

「これまでの聞き込みの中に思い当たる人物がいる。改めて聞いてみても、涼華の話と一致するのだけど——私が熱砂の騎士になる前からずっと、エルフの集団の支配を目論む人物がいる」

 ネリネは座る姿勢を直して、私とメリアを交互に見ながら言った。やっぱりエルフの内情だとか、かつての争いとかに関わってくるのだろうか。

 自然と空気が重くなった気がして、私は思わず息を呑んだ。

「その者の名は」

 ネリネがその人物の名を口にしようとしたその時。


 宿のベッドからファルセットさんが転げ落ちた。

 木の床に勢いよく頭をぶつけて彼女は飛び起き、途端に素っ頓狂な声を上げる。

「ああああっ!? っは、わわっ!? 私の玉座は一体何処へ!?」

「貴方がいるのは宿屋よ。まだ王様じゃないわ」

 メリアからキャラが濃いとは聞いていたから、大して驚くこともなく。

 どこか和む雰囲気のある人、というのが私の第一印象だった。

「す、すみません……ってあれ、ネリネ殿はお二方とお知り合いだったのですね。では改めて、ファルセット・ジャルベールです。今後ともご贔屓に」

「使い方、合っているのか?」

 倒れたファルセットさんに手を差し伸べて、私は手短に挨拶する。

「風晴涼華です。さっきはあんな態度取っちゃってごめんね。よろしく」

「ええ、ファルセットです。私は王の娘ですが、呼び捨てで構いませんよ」

 王の娘という称号を冠する彼女は、メリアの言っていた通り小さな所作に美しさを感じるものがある。

 私がネリネの傍に戻ると、ファルセットはメリアの横に座る。

 話し合いの構図が出来上がったところで、ネリネが改めて口を開いた。

「それで、先ほどの話の続きなんだけれど……」

「待ってください。それは私が聞いてしまっても良いものなのでしょうか」

 もう予知夢の話は終わっているし、触れないようにさえすれば話しても特に問題はないはず。視線でメリアの方に問いかけてみても、予想していた通り無言で首肯が返ってきた。

「うん、大丈夫。今後のことにも関わるから、ぜひ聞いてほしいな」

 ネリネさんの口から名前を聞く前に、風の噂でリザードマンの大群が進軍しているという情報を聞いた体でファルセットにここまでの流れを説明した。

「推察するに、リザードマンを率いる人物の名はサラマンダー。土の精霊に並ぶ、砂漠の向こうに住む火の精霊よ」

 

 火の精霊サラマンダー。

 ファルセットの言葉を私は反芻する。有名なドラゴンとして、こっちに来る前に一回は聞いたことがあったと思う。西洋の伝説に存在する火の竜、トカゲみたいな見た目だったっけ。

「……ええ、サラマンダーなら我々と長きに渡って抗戦しているのでその可能性は高いかと。土の精霊ほど強くない印象ですが、それでも一騎当千に変わりはありません」

 サラマンダーは強いけど、それを上回るのが土の精霊。熱砂の騎士は土の精霊に敗れていて、サラマンダーとの交戦はおそらく敗北の前。

 そこまで考察すると、気になってくるのが精霊とエルフの過去。かつて世界を生きたヴァンクールとネリネ以外の熱砂の騎士——その三人の命を奪い、エルフの森を砂漠に変えた存在。エルフの世界に一体何があって、なぜ精霊と対立しているのか。真実を知るという表面的な意味以外にも、歴史を知った上で覚悟を決めたいというワケも私にはあった。

「ネリネさん。サラマンダーと土の精霊、熱砂の騎士について教えてくれないかな」

 二人の顔を見て私は問いかける。

 途端に沈黙が訪れた。

「私からも頼む。我々は魔王の支配を終わらせるために戦いを挑むんだ。」

「……ファルセット」

 ネリネさんが躊躇いがちにファルセットの方を見た。

 熱砂の騎士が二人を除いて亡くなってしまったと言うだけあって、精霊に関する話は重いものなんだろう。でも、この人たちの口から聞くことに意味があるんだ。

 

 席から立ち上がってメリアは言った。

「キミたちの過去に何があったのか私は知らない。だが、全てを知ってこそ私たちは勇者たりえると思う……ゆえに私たちは知らなければならないんだ。どうか頼む」

 ファルセットは俯いてしまう。

 エルフは長生きする種族だから、きっと精霊のことも知っているはず。年齢は聞いたことがなかったけれど、時々見せる真剣な顔は間違いなく、ファルセットが長い間この世界を生きてきたことの証明。

 私たちの顔を見た後で、ファルセットは心底申し訳なさそうに、暗い顔で口にした。

「戦う覚悟は決まっていても、トラウマに立ち向かう覚悟は生まれなくて。一日お時間をください……それで覚悟を決めます」

 話すだけでトラウマが再起してしまったのか、ファルセットは俯いたまま黙りこくってしまった。

 私とメリアは顔を見合わせる。……何にせよ、また二人で話をしなきゃだよね。

「待ってるよ。自分の気持ちに向き合えるようになった時に教えてほしいな」

 ファルセットとの約束をしたところで、今日の話はおしまいとなった。


 ◆


 夜の帳が降りてくる。

 私とメリアはいつかの時と同じように、満天の星空を眺めていた。ドラゴンの右腕が現れて、メリアと何度も言い合って。それから大して時間は経っていないのに、数年間は旅をしたような気分だった。

 きらきら輝く藍色の空。私は何度メリアに救われたんだろう。……どれだけメリアに報いられただろう。

「ありがとう、メリア」

 まだ私たちは分かり合えていないかもしれない。だけど、この砂漠に来てから色々な人たちと出会って、戦う気持ちは少しずつ湧き上がってきたような気がする。

「礼には及ばない。私だって、キミがいたから再起できた」

 ひゅう、と風が吹く。ベランダから身を乗り出して、どこか無邪気にメリアは笑った。

 みんなの思いに応えるんだ。たとえどんな話が、ファルセットの口から出たとしても。

 少しだけ穏やかな夜は、嵐の前のように静かだった。

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