第16話 二人の戦士

 突如として私たちの前に現れた金髪金眼のエルフ。

 彼女の登場によって運命が大きく変わることを、今の私たちはまだ知らない。


 金髪のエルフは人の好い顔でほほえみ、自分のことをこう名乗った。

「私はファルセット。ファルセット・ジャルベールと申します」

 ファルセットは私に握手を求めてきた。

 ただ街を歩いているだけなら、彼女は眉目秀麗のエルフとして人々の注目を集めるだろう。

 その髪は後ろでまとめられており、全体的に明るい雰囲気が印象付けられている。く太刀もよく手入れがされているようで、飾りでないことは明らかだった。


「ああ。話を聞くつもりはあるが、生憎あまり時間がない。手短に済ませてくれると助かる」

だったとしても、一刻を争う用事があるのでしょうか」

「何?」

 

 王の娘。言われてみれば、彼女の所作には気品があるし、他のエルフと違う黄金の瞳は王族であることを裏づける証拠になる。

 それに、王の娘の知り合いになっておけば謁見が有利に進むのは間違いない。

 ただ、いまひとつ信じられなかったのはファルセットの表情。強烈な脅し文句に聞こえる台詞だったが、それを告げる当の本人があまり乗り気でないように見えたのだ。

 何かをぐっと堪えるようににファルセットは言う。

「……私が父に頼めば、いかなる客人にも見せることのない宝物庫へお連れできます。疑われるようでしたら掛け合うのも吝かではありませんよ」

 これが演技だとは思えない。

 ネリネとの集合時間には間に合わないが、話を聞くだけの価値があると判断した。

 話の雰囲気を察してくれたのか、涼華が声を上げる。

「なら、私がネリネさんのところに戻って伝えておくよ。話が終わり次第合流しよう。王への謁見は今日じゃないだろうし、二人で情報の確認はしておくね」

「承知した。ではまた後ほど」



 別れる涼華を見送って、その背が見えなくなった頃。

 大英雄グロワールの像を前にして、私とファルセットは視線を交わしていた。

「話というのは一体何だ。土の精霊に何か関係が?」

 私の問いに対して、ファルセットは佩く太刀に視線を落としながら言った。

「いえ、……その、お力添えができればと思って」

「キミは王の娘なのだろう。前線に立って戦っても問題ないのか?」

「ええ、はい。私は王の娘である前に騎士ですから」

 騎士の誇りは分からないが、戦う者の矜持はわかる。

 先ほどの表情にも合点がいった。

「精霊に恨みを持つ訳ではないのですが、私は私の目的のため、精霊王を倒す必要があるのです」

「目的のためなら私も同じだ。力を貸してくれるんだったら大歓迎だよ」

「……本当ですか!? よかった、てっきり断られるかと!」

 私が許諾すると、ファルセットは凄まじく明るい表情かおで私の手を取った。変わった性格だと理解したはいいものの、なんとも言葉にし難い掴みどころのなさと自尊心の低さが窺える。

「断る理由がないだろうに。私はメリア、メリア・アルストロ——よろしく頼むよ、ファルセット」

「はい、ぜひ!」

 急に距離を縮めてくるファルセット。愛嬌も併せ持つ彼女は、涼華とはまた違った魅力がある。

 

 ともかく、時間に余裕がないのは変わらない。私は本題に入るべく、話を切り出した。

「王の娘だと言うのなら、ある程度の兵の用意はできるのか?」

「ええ、ある程度なら。私は熱砂の騎士じゃありませんから、率いる軍の数は少ないですけど」

 土の精霊の軍勢がどれくらいの規模を有するのかは私のあずかり知らぬところである。が、精霊本体の強さが常軌を逸するのは当然のこと。少ない軍であっても、準備のために今は欲しいところだった。

「最も、覚悟してもらう必要はある。土の精霊がいかに強いのか、今更説明する必要もないだろう」

「命を賭けるか決めるのは兵士たちです。ですが、戦うことを決めた者は全霊を以て率い、助くことを約束します」

 ファルセット本人に我々のような覚悟があるか問うてみるつもりだったのだが、どうやら野暮に違いなかったらしい。王の兵を借りられずとも、これだけの気概があればきっと問題なく事を進められるはずだ。

「改めて連絡を取る必要もありますね。この広場、グロワール像を目印に……連絡に関しては私の方から使者か文を飛ばします」

 

 しかし、わからないものだ。思わぬところで助っ人を得られたと思いきや、——この次の私の発言が、その剣士の怒りを買うことになろうとは。

「私たちの時間は少ないから、協力関係は短いものになってしまうかもしれないがな。——魔王を倒す、奴はその通過点に過ぎない」

 。今にして振り返ってみれば、何気なく選んだこのひと単語こそ、彼女を激昂させるに足るだけのエネルギーを持っていたのかもしれない。

「……今、なんと仰ったのですか」

 ファルセットの雰囲気が変わったのをすぐに理解した。

 私は失言に気づく由もなく、声を絞り出すファルセットを前にしても何一つ気にせず淡々と告げる。

「魔王を倒すための通り道だと言った。キミに目的があるのと同じで、私にも私の目的が」

 そしてすぐ、ファルセットの懐から漏れ出た剣気に身構えることとなる。

 

 ファルセットの地雷を踏む失言だった。しかし、私にだって時間がないのは紛れもない事実だ。日々動かなくなる体との、時間との戦いなのだから。

 

 だが、私が事情を知らないのと同じで、ファルセットとて私のことなど知りもしない。

 怒りを露わにするのは道理だ。

「通過点、或いは通り道と仰ったこと、訂正していただきたい。今後も良い関係を築く以上、今の言葉を失言と知っていただきたい。我が二つの要望、受け入れてくださいますか」

「……失言だったのは訂正する。すまない。だが、私とキミで目的が違うのは今の会話で確認したはずだ。キミの信条を受け容れる以上、キミも私の考えを飲み込む必要があると思う」

 ファルセットは剣を納めなかった。

 そして、鋭い目つきを崩さず口にする。

「我々は戦士です。折角出会った者どうし、……互いの実力を測る意味もありますが、私と一戦、交えていただけはしないでしょうか」

「わかった。先の話は戦いを終えてからにしよう」



 互いに緊張感を保ったまま距離を取り、相手の動きをよく観察する。

 ファルセットが剣を構え、私が両腕に電流を通す。

 それが開戦の合図となった。

「失礼」

 地を蹴る音は聞こえずに、砂が舞ったのが最初だった。

「ッ!?」

 魔法の詠唱はされない。保っていたはずの距離が一瞬で縮められ、私の眼前に銀の刃が走る。この前砂漠で相対したドワーフとは、剣の腕、その格が違っていた。

 あまりの速さに魔法の属性は推察できたが。

「魔法属性は風か」

「如何にも。我が剣は颯——お覚悟を」

 剣が踊っている、そんな形容が適切か。私に攻撃の隙さえ与えない精密な動きで舞うファルセットは、己のことを戦士とするだけの力がある。

 なるほど、私も全力で応えなければなるまい。


電光脚ブリッツ・バイン


 詠唱と共に魔力が私の脚を硬化させる。剣を受けても千切れない強度と化した両脚を用いて、私はファルセットの打ち込みを弾き返した——それこそ、ステップを踏むように。

 金属の唸る音とファルセットの舌打ちが耳に届く。

 咄嗟に距離を取ろうとするエルフだったが、私の追加詠唱が先だった。


雷の翼エレ・トネール


 両脚に流れる電流と、背中を覆う金色の翼。稼働するあらゆる魔力を駆使すれば、ファルセットを捕まえるのは容易かった。

 一切の容赦なく、私はファルセットの顎を蹴り上げる。

「かあっ」

 彼女がバランスを崩した瞬間に掌から魔力の弾を放ち、さらに怯んだ隙にもう片方の脚で攻撃を放つ。僅か数秒の間にこれを行えば、演目を見失ったファルセットの剣技は素早さを徐々に失っていった。

 私から攻撃の手を緩めることはない。速度を売りにする者同士の戦いである以上、一度手を止めることが勝負の逆転に直結する。向こうから降参の声が出るまで、私は私の演目をこなすだけだ。

「くっ、お強いですね……はぁっ!」

 半歩身を引いてからの突きが繰り出されるも、私は冷静に見切って対処する。

 魔法を使用せず、剣技のみに拘るファルセットの戦い方は特徴的だった。そういった点ではドワーフに類似する側面があるのかもしれないが、単純な戦闘能力ならば何度も言う通り彼女の方が遥かに高い。

 魔法と剣技の合わせ技は相当な体力消費量になる。それを自分の力のみで魔法と渡り合うように修行したとなれば、間違いなく相当な努力量なのだろう。

 長期の近距離戦は分が悪い。そう判断した私はファルセットの足を引っ掛けバランスを崩し、隙をついて拳を叩き込んだ。たちまち呻き声を上げる彼女だったが、果敢にも引くことはなかった。

「ッ、まだ、まだです!」

「いいや。この勝負、私がもらった」

 私の頭上から脳天めがけて、ファルセットが刀を振り下ろす。

 極限まで集中力を研ぎ済ませて、私は刃を両手で受けた。剣は空を切ることなく、私の手の中に収まることとなる——それから勝負の決着まで、大した時間はかからなかった。

 ファルセットの動きを制限したまま、言霊コードを詠唱する。


稲妻の波エクレール・ヴァーグ


 体から溢れる魔力が激しい電流となり私から流れていく。

 剣を手放すこともできないファルセットは、雷魔法に直撃してその場に倒れ込んだ。

「おみ、ごとです……」

 戦いに決着がついたので、これ以降に厳しさを持つ必要はない。

 その場に倒れ込むファルセットを抱えたまま、私は集合場所への道を辿った。

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