第15話 開戦の兆

 謁見の約束を取り付けた私たちは、王都の民間専用地——食料や魔道具が売られる市場マーケットを訪れていた。

 情報収集、資源調達を兼ねてのことだった。

「二人とも、知りたいことは何?」

「この後のことを考えるなら、砂漠を生み出した精霊について聞き出したい」

 

 精霊。かつて緑の溢れたエルフの森を、たった一度の魔法で一面の砂漠に作り替えた人物。

 魔王に挑んだ時の、——より戦闘能力に長けた頃の私は、魔王の下に着く幹部の一人としてを見たことがある。しかし、詳しい力を私は知らない。幹部相手に使ったのは一掃級の魔法一つだったからだ。

 

「わかった。二手に分かれて情報収集しましょう。熱砂の騎士として聞き込みを行ってみるわね」

「ん。お昼はどうする?」

「各自に任せるわ。王都だったら食も発展しているでしょうし、街の文化を楽しむのも大事よ」

「そうだな。集合は今から二時間後、この広場で」

 謁見までの道筋を考えたところで、私たちは二手に分かれて歩き出した。


 活気で溢れた賑やかな市場。集落の細々とした暮らしを送る彼らとはまた違って、雰囲気の良さと物腰の柔らかさに溢れる人々ばかりが往来にいた。

 まずは酒場と思しき食事処にて情報収集を試みることにした。

 私と涼華は窓側の席を指定して、特大の肉料理を注文する。二人でシェアして食べないか、という涼華の提案から決定した。

 水が注文制なのに驚く涼華を見て、無料提供の場があることに私が驚く。互いの世界文化の違いについて他愛もない会話をしているうちに、想像の数倍はあろうかという料理が運ばれてきた。

「……大きくないか?」

「え、そうかな」

 金属のプレートに盛り付けられるのは、こんがりと焼けたトリの肉。野菜や果物の代わりに肉を彩るのは、いい匂いのするアーモンド。

「精霊が砂漠を作り出してから、野菜や果物は貴重な食材になったそうだ。植物魔法師の改良によって、アーモンドなら育てられるのだとか」

「メリア、詳しいんだね」

「食べるのは嫌いじゃないからな。それはキミも同じだろ?」

「うん、超好き」

 トリの肉は丸々一匹を使用しているのか相当に巨大で、余すことなくアーモンドと芳醇な香りのソースが載せられている。

 外は硬い皮で覆われているが、ひとたびナイフを入れれば中身は綺麗に切れていく。

 飛び出した肉汁が私の食欲をぐっと掻き立てた。

 うん、何をするにもまずは食事だろう。

 

「「いただきます!」」


 適当に切り分けた肉を口に運んでみる。

 ……塩味とアーモンドの風味がじんわりと広がっていくのがたまらなく美味しい。度重なる戦闘と行軍の末に溜まった食欲を、肉のただ一口が満たし、胃袋に更なる刺激をもたらす。保存食とエルフ本懐の食文化にここまでの差異が存在するのかと驚かざるを得なかった。

「涼華、味はどうだ?」

「最高っ。エルフのご飯ってすごい」

 最初に見た時は随分巨大だと思っていたが、いざ口にしてみると満足度が高く量の多さは気にならない。久々に料理らしい料理というものを食べて、だいぶ気が楽になったろうか。気がついた時にはもう、皿が空になっていた。


 

 二十分ほどで食事を終えた私たちは、溢れ出る活力のまま情報収集に乗り出した。

 まず目をつけたのは酒を飲んでいた二人のエルフ。

「精霊に関して? ええ、八年ほど前、森を砂漠に変えたのは土の精霊ですが、それ以前からエルフの地域は荒れ果てていましたよ。魔王の旗を掲げて、リザードマンの軍勢を率いる精霊軍団がエルフの村をたびたび襲っていましたから」

 鼻の高い金髪のエルフは樽に入った酒を飲み干して言った。

 同席する大柄なエルフも鼻の高い方に声を合わせる。

「砂漠化は九年前じゃなかったか。あの頃は、熱砂の騎士様も今より多かったんだが」

「そうなんですか?」

 別の都からやってきた旅の者という設定で、涼華はエルフの二人に聞き込みを行った。

 流石は現地のエルフ、持つ情報量は伊達じゃない。彼らは苦い思い出を再起させながらも話してくれた。

「かつて熱砂の騎士は五人いた。がしかし、現在熱砂の騎士は二人。太陽の騎士ヴァンクール、紺碧の槍兵ヴァッサヴァール。残る三人は土の精霊の手によって命を奪われた。残酷なことにな」

 程よく伸びた髭を撫でるエルフの男は、どこか遠い目をして酒に口をつけた。

 ヴァンクールとネリネ。二人とも圧倒的な実力者であって、一騎当千の言葉に相応しいだけの力を持つ。推察するに、残る四人の騎士とて二人に引けを取らないはずだ。

 つまり、ここから導き出せる奴の強さは。

「……待ってくれ。熱砂の騎士は全て精霊に倒されたのか?」

「荒地にしたのも砂漠に作り替えたのも精霊だからね。ああ、強いだろうさ」

 鼻の高いエルフは肩をすくめる。

 想像よりも遥かに強い相手が待ち受けているのではないだろうか。まともに力も使えない今の私に、一体何ができるだろう?


 二人に礼を言って離れ、私たちは元の席に戻る。

 高額の水を二杯注文して、私たちは話を再開した。

「……土の精霊については理解したが、相当手強いことも判明した。相手がただ一人でない以上、エルフからの支援を受けられるように動いた方が良さそうだ」

「私もそう思う。リザードマンとも熱砂の騎士とも、全く格が違う存在なんだもんね」

 得られた情報は既にネリネの知っていることかもしれない。が、認識を改めるにはいい機会だったと思う。

 

 準備すべきは土の精霊討伐作戦。勝てるか勝てないかよりもまず、勝つための準備を確実に進めることの方が重要だろう。

「残る時間はあと一時間程度。他への聞き込みも行うことにしようか」

「うん。情報は集められるだけ集めておいた方がいい。私たちだけで厳しい相手でも、エルフの力を借りられれば勝機は見えてくる……と思う」

 先に待ち構える敵の姿を思い浮かべながら、私たちは勘定を済ませた。

 金色に輝く大英雄が十人以上去ったのは、まあ仕方のないことである。



 それから私たちは、必需品を購入し、その店で聞き込みを行う——といったサイクルを繰り返して情報収集を行った。

 最も得られた情報は、七年から九年ほど前に最大の襲撃があったということと、熱砂の騎士の詳細なプロフィールくらい。魔王の支配が千年も続いていながら、エルフ地域の砂漠化がつい最近の出来事であるのは何かしらのヒントになるかもしれないが、それ以外、王への説得に足るようなものは少なかったように思える。

 大英雄の像が飾られた広場で、私たちは不思議な色をしたジュースを飲みながら話していた。

「やっぱり、得られた情報を基にして論を組むしかないのかな。今のところ、エルフの人たちは土の精霊のことを『触らぬ神に祟りなし』みたいな感じで見ているような気がした」

「確かに。欠けた熱砂の騎士の力量を埋めるに足る人物がいればいいのか。私と涼華が熱砂の騎士に並ぶ力を持ちうるとしても、あと一人は欲しいはず」

 これに関して、私たちの認識は共通だった。

 熱砂の騎士があれだけの人数いて倒しきれないような相手、あと一人はいないと厳しいかもしれない。それだけの面子を用意することが厳しくとも、私と涼華、加えて一人——この三人が、欠けた熱砂の騎士の分を補う必要がある。

 残る一人を捕まえるだけの人脈は我々にない。よって、王に求める必要があるのはまずここだろう。

「あとはネリネがどんな情報を持ってくるかによる。何かしらの打開策があればいいんだが」

「そうだね。王に会う時に、誰か熱砂の騎士になれそうな人がいないか聞いてみよう」

 甘味の強いフルーツ系の飲料を飲み干して、私は広場の時計を確認する。

 時刻はもうすぐ約束の二時間後。王の謁見に臨むため、情報収集を再開しようとしたその時。


「待って!」

 私たち二人を呼び止める声があった。

 我々が目線を飛ばした先には、全身から汗を流して息を整えるエルフの女性の姿があった。

 エルフの中でも群を抜いて美しい金髪、他のエルフが青や緑の目を持っているのに対して、この者は髪の毛よりも更に輝く金色こんじきの瞳を持っていた。

「え、私たち? ごめん、ちょっと時間なくて」

 爛々と輝く太陽のように美しい瞳が私を見た。彼女の双眸はまるでガラスのように輝いていて、月の色をしながら太陽のような強い光を持っている。

 この者が常人にない何かを持っていることを、私はただ一眼で察した。

「いや、話を聞こう。一体何の用だ?」

「酒場で偶然耳にしたのですが、貴方たちは土の精霊を追っていると聞きました。……もし打倒精霊を望むのなら、お力添えをさせていただけないでしょうか」

 そう口にして、金髪金目のエルフは私たちに手を差し伸ばした。

 彼女との出会いが、我々の運命を、旅が終わるその最後の瞬間に至るまで左右する。

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