第14話 求むは救済/安寧
体が熱い。
全身を飲み込まんとする灼熱。それは熱砂のものでなく、体を蝕む地獄に他ならない。
夢を見るのだ。
かつての屈辱と、私を蝕む魔王の呪詛を。
「やめろッ、離せ!」
巨大な魔法陣が楔となって私を強く縛りつける。体の中にある魔力機構が日に日に壊され、魔法の使い方さえ忘れていく。
次に目覚めた時には、何が奪われたのかを忘れてしまう。何の魔法だったかさえも。
「ッア……あぁあああぁぁっ!」
心の臓を槍で抉られるような激しい痛みが私を襲う。魔力機構は体の関節のようなもの。体の必須部が叩き割られるこの悪夢は、目覚めれば絶望という現実として襲いかかってくる。
もう何度、体を壊されたかわからない。
日に日に魔力量が減っていき、自分が堕ちたことを認識する。
「おのれ、おのれおのれおのれ……ッ、絶対に、絶対に許しなどするものか」
痛みに慣れることはない。こんなもの慣れる痛みではない。
しかし、湧き上がる魔の王への怒りは、私を夢の中で常に生かしていた。
朝が訪れるまで私は争い続ける。
屈することは断じてない。されど助けは求めてしまう。
どうか私に救済を。
朝が訪れた。
体の節々が痛む。昨晩は何を奪われた? どうせ抵抗して無駄に終わったのだろう。
「メリア、おはよ。大丈夫?」
ぼやける世界のピントを合わせると、涼華とネリネの姿が目に映る。今日も戻って来れたのかと安堵した。毛布を退けて起き上がり、変わらぬ様子の二人に挨拶を返した。
「おはよう、二人とも。すまない、起きるのが遅くなった」
「まだ朝の五時よ、十分早いわ。ちゃんと休めた?」
休めてはいない。直接口にすることはできず、私は曖昧な言葉を返した。
辺りは砂漠の真ん中のはずなのに、ベースキャンプのような様相が出来上がっている。
その景色を見て、ネリネが準備してくれたことを思い出した。
「朝食もできたところよ。今後どうするか、話し合いましょう」
食卓の方に私が移動すると、ネリネがちょうど最後の一品を置いたところだった。湯気が出る穀物のスープは、先に立ち寄った集落で分けてもらったものだった。
全員並んだところで食事を始め、しばらく食べ進めてから本題へと入った。
「私は王都に戻るべきかなって思ってる」
私は胸元から小瓶を取り出す。中に入った不思議な色の花と薬草——これを熱砂の騎士に送り届けることが、我々の当初の目的だった。
「
「ええ。彼は頑固な騎士だけど、取り付けた約束事は守る。話を通すのに手間はかからないわ」
こんがり焼けたパンを食べながら思考する。
ここから王都まで戻るのに、同じ道を辿れば一日で到着できるだろうか。
最短兼理想のルートとしては、エルフの王と協力関係を結び、多めの備蓄を手に入れること。そして、初めに訪れた集落の老人は、この砂漠を「精霊が変えたもの」と口にしていた。
精霊が魔王の側にいることは、かつての経験から記憶にある。説得を成功させ、力を借りて討伐に向かう準備をすることが必要だと思った。
「……王の協力を得た後、エルフの森を砂漠に変えた者に挑むべきだと思う」
「土の精霊のこと? 狙うなら、王との関わりを最大限に成功させる必要があるわね」
「王都に戻るとしようか。王の協力を速やかに得て、エルフの砂漠に救済をもたらす。異論や差異はないな?」
「問題ないわ」
「問題ないよ。朝食摂って休んだら、王都に戻ろう」
王都への再訪を決意して、私たちは朝食を再開する。香ばしい風味のするパンが印象的な朝だった。
青々とした空と真っ白な日差しが照りつける午前中。私たちは砂漠を出発した。
緑の水気もない砂漠に飽き飽きし始める頃ではあったが、今の私たちには雑談という暇潰しがあった。
「涼華、こっちに来てから食事はどうだ?」
「パンとかは私も知っていたけど、この前食べた肉は初めて。美味しかった」
「王都で食べたものだったら、飼育されている家畜の肉だと思うわ。いくら魔王が種族を減らしたとしても、支配対象の存続には栄養がいるから残したそう。食料だけ殺さないって力、少しずるが過ぎると思わない?」
私は深く頷いた。
あの時の屈辱を忘れることは一度たりともなく、復讐心も募る一方。それにしても、奴は持っているものが強すぎる。東洋の方に「天は二物を与えず」という教えがあるのを聞いたことがあるが、天がいくつ物を与えたのだと言いたくなるくらいの力が奴にはあった。時には愚痴も言いたくなる。
「え、何それ」
「考えてみてくれ。好みのものだけを残して世界を丸ごと焼け野原にできるか?」
「むり。器用なのかなぁ」
「長い戦いになるけれど、心だけは真っ直ぐにね。もっと協力者が欲しいところだわ」
「あと三人、肩を並べて戦う仲間が欲しいな」
「計六人か。意味は?」
「パーティっぽいし、連携取って戦うならこれくらいかなって」
異界の感覚というやつか。違う世界に住んでいた彼女とは話すだけでも面白い。涼華と打ち解けネリネが加わり、旅もだんだん賑やかになってくる。戦いから離れていられるこの時間が愛おしかった。
そんな雑談を挟みつつ、昼の時間がやってくる頃。一度来ただけで道を把握したようで、想定より何時間も早く王都まで戻ってくることができた。
私たちの眼前に王の城が聳え立つ。少し歩いた先、入り口の前には二人の門番がいる。言うまでもないがネリネの出番であった。
「王都に入れろ。三人だ」
「お前たちは何を言っているのだ——いや、失礼致しました。我らが熱砂の騎士よ、よくぞお戻りくださいました」
「彼女らは私の客人よ。覚えておくように」
強靭かつ優雅な戦士を感じさせる振る舞いで、ネリネは門を開けさせた。
形式的に敬礼する門番二人の間を通って、私たちは王都に再び足を踏み入れた。
開いた門を真っ直ぐ進めば、そこに王城が存在する。
左手には人の往来が見えるが、用があるのは目の前の厳粛な通りであった。
「買い物は後にしましょうか。先に約束を取り付けないと」
「承知。道案内は任せるぞ」
ネリネを先頭にして王都の第二門まで進んでいく。
道行くエルフたちはネリネの姿を見つけると、曇りのない眼差しで彼女を見つめ、会釈して通り過ぎていった。エルフではないネリネだが、熱砂の騎士として尊敬されていることがよくわかる。
「サー・ヴァンクールに用があるの。通してもらえるかしら」
「はっ。どうぞこちらへ」
より重厚感のある第二門が開けば、城の入り口が見えてくる。
砂漠の中でも確りと舗装がされた王都の先には、武装したエルフ以外に見当たる者はいない。一歩踏み入ったその瞬間に、向こうの壁とは空気が違うことを察した。
ふと目をやった先の涼華が萎縮しているような気がしたので、私は彼女にだけ聴こえるように囁いた。
「緊張しているか?」
「……うん、正直。魔力がどうとかじゃなくて、雰囲気が違うっていうか」
「騎士特有の戦場慣れはあるのかもしれない。気を抜けとは言わないが、ほどほどに脱力するといい」
交わす言葉は小さく少なくなっていくが、それも少しの間だけ。暫く歩いたところで、ネリネはふと足を止めた。
本懐となる城の周辺。部下と思しき騎士たちと共に、ヴァンクールはその守護にあたっていた。
ネリネは毅然とした態度でヴァンクールの方まで歩み寄り、小さな詠唱と共に自分の身を鋼鉄の鎧に変えた。
「おっと……お戻りでしたか、ヴァッサヴァール」
「騎士としての名で呼ばずとも結構よ、ヴァンクール・ジャルベール」
「それは失礼。本日はどういった御用件でしょう」
屈強な肉体とスマートさを兼ね備えるヴァンクールは、ネリネと比べても二十センチ以上の差がある。にもかかわらず、鎧を纏う二人は騎士として間違いなく同格であった。
「私はあの子たちを連れてきただけ。また難題を出したのでしょう?」
「ええ、まあ。ご勘弁を」
ヴァンクールは私たちに目をやると、騎士としての格を保ったままこちらにやって来た。
私が何かを言う必要もなく、涼華は話を切り出した。
「ヴァンクールさん。貴方たちの言う薬草とその花を見つけてきました」
合わせて胸から小瓶を取り出す。大した疲弊も見せずに薬草を持ち出したことに対してか、ヴァンクールの顔に微かな驚きが見られた。
「本当に見つけてくるとは。凄まじい強運と、なんと芯のある心でしょう」
「素直に褒めたらどう?」
「少なくとも、凡人であれば不可能なことであったと思います。最大の敬意を払いますとも」
涼華から薬草の入った小瓶を快く受け取ると、ヴァンクールはその中身を確認して言った。
「ええ、確かに。では最初の条件通りで構いませんね」
「ああ。王への謁見を掛け合い、お前は私たちに口を出さない。変えるべきところは無い」
ネリネに再び挨拶して、ヴァンクールは踵を返す。
想像以上にすんなりと事が進み、少々呆気に取られた部分もある。
しかし、王への謁見がかなうのならばそれに越したことはない——。
王都への滞在を決めた私たちは、王都の第二門を引き返した。
◇
メリアとネリネの二人と共に、王都の本懐に立ち入った時。
私は言われようのない緊張に襲われていた。メリアは私の緊張を、騎士の気迫に当てられてのことだと思い心配してくれた。しかし、あの場で口にすることはできなかったが、私の中では別なる不安と焦燥が渦巻いていた。
それは今朝の夢のことだった。
どこか遠い砂漠の果て。かつて存在していた集落の跡に、中位の人影が、無数のリザードマンを連れて歩いている景色だった。
経験が窺えるボロボロのマントを身に纏う、真っ黒な髪の中に紅の毛を混じらせた人物。やや中性的だけど、恐らく女性——全身から唯ならぬオーラを放つ彼女の貌に、リザードマンさえ恐れを抱いているような気がした。
「能のない獣は使い物にならんな……殴り込み以外に手段がないとはつまらんものよ」
瞬間、彼女の後ろを歩くリザードマン二名が命を落とした。
鮮血を散らしながら宙を舞う二つの頭。べちゃり、と地につく生々しい音。悪夢にしたって鮮明で、数時間が経った今でも思い出せる。
「オマケに足まで遅いと来た。もう少しマシな種族がおらんのか!?」
傲慢。ただ一言、そんな印象を抱いた。
彼女はリザードマンの頭を踏み潰し、忌々しげに舌打ちをする。
「何日かかるのやらわからんが仕方ない。それもこれも、王都襲撃の下準備よ」
どくん、と心臓が跳ねる。
一体どうすればいい。どうすれば止められる? 頭では判断できぬ、幻とも事実とも取れる何かが私を蝕んでいく。
次の瞬間、女性が竜に姿を変えた。
何かがこちらに迫ってくる。
何かが私たちを襲う。
拭いきれない不安にできるのは、何も起こらぬようにと祈ることだけ。
どうか、安寧が続きますように。
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