第13話 千と二人目
瞬間。
私の体を飲み込んだ黒い粒子が再来する。微睡の中に吸い込まれたかと思うと、相対する蒼い色の
「涼華、気をつけろ。私は彼女の人型しか知らないが、恐ろしく強いのは確かだ」
メリアが私の体に乗っている。
本当は戦いたくなんてない。けれど、ネリネさんから溢れる魔力がそれを許してくれる気配はない。
いいかげん覚悟を決めなきゃならない。倒さなきゃならない。
それがたとえ、メリアにとって大切な人だったとしても。
『メリア。きっと戦わないと理解し合えない……だから、全力でいく』
『わかった。ここにおいて、私はキミの意思を尊重し肯定する』
メリアは私の体に乗ったまま。地面にいられては彼女を巻き込んでしまうかもしれないし、……二度とあんな過ちを犯さないためにも、護りながら戦う必要があると思った。
青い
青い
「来るぞ!」
メリアの声が耳に届くと同時、青い巨躯が私の体を強く打ち付けた。
凄まじい衝撃と共に視界が揺らぎ、私は地面と衝突する。宙を舞うメリアを視認したところで、青い
遥かに高い天井を突っ切ってメリアを助けると、私は流れのままに
『甘いわ』
全速力で突撃する私に対し、返ってくるのは
『戦いはまだ始まったばかりです。私は貴方と分かりあうため、貴方を倒す』
『やってご覧なさい。勝てるならね』
青い
何とか押し切ろうと力同士をぶつけ合っていたところで、私の脳天を凄まじい衝撃が打ち付けた。青い
「涼華!」
メリアがそこにいる感覚だけはずっと伝わってくる。大丈夫、まだ戦える。
ぐらぐら揺れる体を起こすと同時、目の前の敵に向かって尾を振った。追撃を狙っていた彼女を無理やり退かせて、私は確実に立ち上がる。
この時、分が悪いことは理解していた。戦い慣れているネリネさんを相手に、普通にやっては勝てないことも。
まだ体力には余裕があるが、私がこの姿をどれだけ保てるのかわからない。
根性とその場しのぎの力は通用しない。だったら全力を出さなきゃならない。魔力を最大限に使って戦える方法は? 考えるんだ、考えろ、考えなきゃ。
「上から来るぞ!」
焦り混じりのメリアの言葉が私の意識を現実に引き戻した。
その直後、上空から降りてきた青い
『戦闘中に余所見? 涼華ちゃん、体力に自信があるのね』
ネリネさんの声が頭に降ってくる。
考えながら戦うのって、こんなに難しいんだ。私は少年漫画の主人公みたいな強さも根性もないし、頭の回転だって速い方じゃない。休む間も無く攻撃されてばかりいれば、すぐに限界がやってくる。
『……もう何を言っても無駄かしら。悪いけど、貴方たちの旅はここで打ち止めよ』
——冗談じゃない。
あの時、メリアを絶対に救うって決めた。戦うことが辛くても、それだけは絶対に譲らないって決めた。
だから、私はまだ寝ていられない。
『私たちの旅は終わらない。魔王を倒すまで。メリアを、世界を救うまでは』
体の至る所から魔力が溢れてくる。
この姿を活かして、より強く戦うにはどうするべき?
私はネリネを見据え、口を開いた。
心の中でただ一言、
まさにその瞬間、ネリネの鱗に激しく燃え上がる炎が纏わりついた。
私の攻撃を受けても傷一つ付かなかった鱗が焼け、
しかしすぐ、向こうの口からも青い息が放たれる。魔法の
「ネリネも本気だ……涼華、キミを信じている。私を救うと言ってくれたキミのこと、誇りに思う」
もちろん、大丈夫。このまま信じて。
黄金の瞳から青い魔法を見据える。影響がどうとか、そんなことを考えている暇はない——唱えるのは
ズゥッ、と鈍い音がする。攻撃が命中したことを確認した私は、カウンターを受けないように再び空へと舞い上がる。
『しっかり戦えるじゃないの、涼華。ちょっぴり本気で行こうかしら!』
声が耳に届くと同時、二つの体が衝突する。
三度襲う衝撃に全身が揺れる。先と違うのは、しっかり踏みとどまったこと。組み合ったまま地面に足をつくと、柔らかな砂の大地はあっという間に形を変えた。
魔力と体を駆使した全力のぶつかり合い。
しかし、今戦っているのは紛れもないただ一つの事実。
絶対に押し切る。覚悟を決めて全身に力を込めれば、圧倒的だと思っていた青い
まさか自分が押されるとは思っていなかったのか、ネリネの動きに僅かな動揺が生まれる。
その隙を、私は必死になって捕まえた。
より強い意志を込めて、私は
戦いの決着と共に、周囲を包む青いフィールドは消失する。
大きな肉体はそこから消え去り、広大な熱砂には、呼吸を整える私、安渡した様子のメリアと、地面に座って頬を掻くネリネさんがいた。
「ああ、負けた負けた。スイッチが入るとまるで別人ね、涼華」
「ぜんぜん……そんな……、ちょっとたんま……」
慣れない
「本当に凄かった。あんなに激しい勝負、普通はできないぞ」
メリアの肩を借りて、私たちはその場に座り込んだ。あまり長居はできないにしろ、今はとにかく休みが欲しい。
数分休みを取ったところで、ネリネさんが口を開いた。
「涼華。戦ってもらってわかったと思うけど、
そうか。ネリネさんは、私のことを心配して、調子に乗らないようにと怒ってくれたんだ。
種族の掟がどうとか、本当は二の次で。無茶な力の使い方をする私を心配して、厳しい戦いの場を作ってくれた。
「……ありがとうございます。確かに、この力は簡単に使っていいものじゃない」
自分の力がいかに重いものかもわかった。決意を込めて放った炎なら、殆どのものを燃やせてしまうかもしれない。
「今気付けたこと、それが大事よ。龍種も人間も関係なく、日々成長する生き物なんだから」
ネリネさんはそう言って、私とメリアを抱擁した。
メリアが絶対的な信頼を置いている理由が、一つわかったような気がする。
こんなに素敵な人が旅にいてくれたら。
思ってすぐ、私の口は勝手に動いていた。
「ネリネさん。私たちと一緒に、魔王を倒すための旅に協力してくれませんか?」
ぶふぉっ、と間抜けな音が聞こえた。給水途中のメリアが咽せて咳き込んだのだ。
「げほっ、キミと再会した時から、私も同じことを思っていた。……ネリネ、力を貸してはくれないか」
私とメリアからの懇願を受けて、ネリネさんは驚きを顔に貼り付けたまま硬直していた。まさか自分が言われるとは思っていなかったのだろうか。
「私でいいの?」
「ネリネさんだから頼りたい。貴方の心とその強さが、私たちにとって何より欲しい」
メリアも同様に頷いた。
誰かのために全力を使って戦ったネリネさん。彼女がいれば旅は格段に進歩する。
私とメリアは、ただ黙って答えを待った。
そして。
「……仕方ない。乗り掛かった船だもの、最後まで搭乗するのが筋よね」
ネリネさんは軽い身のこなしで立ち上がり、妖艶な笑みを浮かべて言った。
「貴方たちの旅に加えてちょうだい。こんな
私とメリアは顔を合わせて喜んだ。
私とメリアの旅に、新たな仲間——ネリネさんが加わった。
煌めく陽光は西の空に沈んでいく。夜の帳が下りてきて、私は松明をつくった。
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