死にたがりの彼女

Unknown

死にたがりの彼女

 1Kの俺のアパートに、今、彼女が来ている。部屋は明かりが点いてなくて薄暗い。時刻は夕方だ。


 彼女は俺のベッドで横になり、死んだ目でスマホを弄っている。


 一方の俺は部屋の隅で胡座をかいて、缶チューハイを飲みつつ、タバコの煙を吐き、16000円の安いアコースティックギターをポロポロ弾いていた。作曲する為だ。


 すると彼女が俺の方を見て不快そうな声を発した。


「うるさい」

「ごめん」


 俺はギターを鳴らす手を止める。そして酒を飲み、紫煙を口から吐いた。俺はギターをその辺に置いて、死んだ目でスマホを弄り始める。用事も無いのに。


 それから彼女と俺の間に会話らしき物は無かった。時折彼女があくびや溜息を漏らすだけだった。


 15分ほどが経過した頃、俺はさっきから思っていた事を彼女に言った。


「ねえ香織」

「なに?」

「もし何でも願いが叶うなら、何したい?」

「願いとか特に無い」

「そっか」

「うん」

「俺は、生きたいと願ってる人に、俺の寿命を全部あげたい」

「ふーん」

「俺なんかが生きてたってしょうがない。世の中、生きたくても生きられない人が沢山いる。そういう人に俺の時間を分けたい」

「別に他人の事とかどうでもよくない?」

「まあ、うん。でも社会貢献になるじゃん」

「私は他人の役に立ちたいとは思わないなぁ。痛みや苦しみを感じないで死ねるボタンがあったら、今すぐ押すよ、私。早く死にたい」

「俺も」


 それからまた、しばらく会話は無かった。だが気まずさは全く無い。


 香織は俺と同い年の26才で、精神病と発達障害を持っている。先月、勤めていた会社(事務の仕事)をクビになり、それからは無職だ。しばらく働く気は無いらしい。貯金はあまり無い。香織は仕事が長続きしない。香織は実家暮らしだが、無職になってからは実家にいるのが嫌なのか、よく俺のアパートに遊びに来る。無職の実家暮らしは肩身が狭いのだろう。


 一方の俺も、精神病と発達障害を抱えて生きている。俺は障害年金を貰いつつ、気が向いたら単発の派遣の仕事をしている。この間、記帳をしたら、俺の残りの貯金は25万だけだった。


 俺と香織は精神病院に入院してる時にお互い知り合った。趣味や好きなロックバンドが似ていて、話していて何となく楽しかった。


 俺と香織は病棟の中で徐々に親密になり、2人とも退院した直後から、恋人として付き合い始めた。交際を始めて、そろそろ1年が経とうとしている。


 ちなみに、俺も香織も自殺未遂が原因で精神科に入院していた。自殺方法まで共通していたが、自殺方法に関しては、野暮なので書かない。


「ねえ涼介」

「ん?」

「同棲しない? 私このアパートに住みたい。一緒に生活したい」

「いいよ。一緒に住もう」

「うん」

「でも良いの? 1Kだけど。俺と常に顔合わせてる事になるよ」

「涼介は嫌なの? 私とずっと一緒に過ごすの」

「嫌じゃない」

「ならいいじゃん。今日から住むね。よろしく」

「荷物とかは?」

「明日取りに行く。めんどくさいから」


 やがて香織はベッドから起き上がって、部屋の隅に座ってる俺のところに近付いてきた。そして俺のすぐ隣に座った。


「1本ちょうだい」


 と香織が無表情で言う。


「うん」


 俺は無表情でタバコとライターを手渡す。


 すると香織は手慣れた動作でタバコに火を灯して、吸い始めた。香織が薄く開けた唇から、ロングピースの煙が吐き出される。


 2人で並んで同じタバコを吸ってると、やがて香織が言った。


「涼介、こっち向いて」

「ん」

「おりゃ」


 香織は、人差し指と中指で挟んだタバコの先端を俺の目の前に高速で出して、高速で引っ込めた。


「うおっ」


 俺はびっくりして、咄嗟に上半身を傾ける。


「あははは」


 香織は笑った。


「危ねえな、この野郎」


 俺も笑った。


 ◆


 翌朝。香織はアパートの駐車場に停めてあった俺の車で実家に帰り、自分の荷物を持ってきた。


 香織は諸々の生活用品と、あとは数匹のぬいぐるみしか持ってこなかった。


 俺が部屋でボーッとしながらタバコを吸ってると、香織が缶チューハイを飲みながら言った。


「ねえ涼介」

「なに」

「今日って何曜日だっけ」

「わからない」

「私もわかんない」


 俺はスマホを見る。


「水曜だってさ」

「ふーん」


 俺も香織も曜日感覚が全く無い。スマホを見なければ今日が平日なのか休日なのかも分からない有様だ。


「私、これからどうしよう」

「なんかやりたい事ないの?」

「ない」

「そっか。俺も特にやりたい事ねえな」

「死にたい」

「俺も死にたい」

「……」

「……」


 俺と香織はしばらく無表情で見つめ合った。


 ◆


 その日の夜。俺と香織はじゃんけんをした。その結果、負けた俺が床で寝る事になり、勝った香織はベッドで寝る事になった。シングルベッドなので、2人で並んで寝るには狭い。


 真夜中、俺はなかなか寝付けずに、胎児の姿勢で目を閉じていた。


「涼介、まだ起きてる……?」

「うん」

「寝らんない。しりとりしよ?」

「いいよ」

「じゃあ私からね。しりとり」

「りんご」

「ゴリラ」

「ラッパ」

「パンツ」

「つくし」

「シマウマ」

「ま●こ」

「コップ」

「プリクラ」

「ライブ」

「豚」

「タバコ」

「コーヒー」

「貧血」

「爪」

「目玉」

「ま●こ」

「あ、涼介の負け。ま●こ2回言ったから」

「あれ? しりとりって1回言った言葉は使えなくなるんだっけ?」

「そうだよ。てか、ま●こは1回言った時点でアウトだよ!」

「ははは」

「あはは」


 俺と香織は小さく笑った。


「私、一生仕事したくないな〜」

「俺も」

「なんか、最近いつも返事そればっかだね」

「だって俺も仕事したくないんだもん」

「私はもっと仕事したくない」

「一生子供のままでいたかったね」

「うん。なんで人間って働かないと生きていけないの?」

「昔の偉い人がそう決めたんじゃない?」

「私、労働の概念を最初に生み出した奴のこと一生恨むから」

「ねえ香織」

「なに?」

「人って死んだらどうなるの?」

「死んだことないから分かんない。無になるんじゃない? てか無であってほしいんだけど。死後の世界とかめんどい。嫌いな人と関わりたくない」

「俺、生まれなきゃよかった」

「私も生まれなきゃよかった」

「今度、一緒に死ぬ?」

「うん。涼介と心中する」

「いつにする?」

「いつがいい?」

「俺は、いつでもいいよ。香織の好きなタイミングでいい」

「そういえば涼介は私のどこが好き?」

「ま●こ」

「体の部位の話じゃなくて、人間的にどこが好きか聞いてるの。馬鹿」

「あー、そっちか。どこだろう。なんか価値観が合うところが好き。人生を諦めきってる感じとか。フィーリングが合うか合わないかって多分恋愛で1番大切だから」

「まぁね」

「香織は俺の何が好き?」

「優しいところが好きだよ」

「俺のちんこは好き?」

「なんでそんなこと聞くの?」

「心配になったから」

「嫌いだったらとっくに別れてるよ」

「そうか、よかった」

「よかったね」

「じゃあもし俺のちんこが1本から2本になったらどうする? もっと好きになる?」

「2本? 見た目がキモそうだから別れる」

「ていうか、なんだよ? この話」

「涼介のせいだろ」

「ははは。じゃあもし俺のチンコがチェーンソーだったらどうする? 別れる?」

「そのくらいじゃ別れないよ。私はセックスなんかしなくても生きていけるもん。涼介とは違って」

「俺だって、香織からま●こが無くなっても別れないよ」

「そうなんだ。よかった」


 ◆


 その後もずっと話してたら、いつの間にか朝になっていた。


「朝になっちゃったね」

「うん」

「私、やっと眠くなってきた」

「俺も」


 そして俺たちは朝日の中で眠りについた。


 ◆


 その眠りは、永遠の眠りではなかった。


 俺は普通に数時間後に目が覚めた。ロングスリーパーの香織は11時間も俺のベッドで寝ていた。


 俺は香織のアクロバティックな寝相と、安らかすぎる寝顔を見て、少し笑った。







 終わり







【あとがき】


 ベルトパンチってバンドの「cyndi...come back」って曲が好き。メロディーが超俺好み。ユーチューブで「シンディーカムバック」って検索すると出る。5時間くらいループ再生しても飽きない。


 俺は基本的に死にたいと思っている。


 1人暮らしをしているが、いつも寂しい。

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