第7話
しばらくは急ぎの仕事もないし、この紅珊瑚を仕上げるかなって煙管を蒸しながら眺めていた。
昼過ぎだって言うのに隣からガタン、ガシャンと音がした。
今日は随分激しめな相手だなぁ?妙な性癖か?助左自身は今のところそんな噂聞いたことがねぇな。
取り合えず盛るなら茶屋か飯屋に行けって怒鳴りに行こうと家を出たら、隣からどこぞの金持ちのカミさんみてぇな、でも化粧クセェのが泣きながら出てきた。
「おい!うるせえな。しかもなんだ?来るもの拒まずじゃ無かったのか?」
「すまん。一人にしてくれ」
おお、いつも勝手に人んちに入り浸ってるくせにな?
「ふーん、トリが踏んだら困るからこれ片しとけよ?」
不貞腐れた男を構う気はないから、土間に散らかってる茶碗の破片を指差してから出ていった。
興が削がれたので甘味を食いに行こうと町に歩いて行くと少し前方にさっきの女が暗い顔して歩いている。
気の良い男なら声を掛けるのだろうが生憎俺は触らぬ神に祟りなし。面倒ごとからは全力で逃げる方向だ。
目当ての店で菓子と茶を頼んで一息。もう今日は菓子でいいと夜用にも包んでもらう。
晴れ渡った空を見上げてちょっと黄昏れる。やっと平和で落ち着いた暮らし。
なによりも望んだ夢のように気楽な日々だ。でも何かぽっかり穴が開いちまったな。
って言うか何で横に蘇芳が座ってるんだろうな?
「俺の至福の一時に何邪魔してんだ?」
しかも俺の菓子食ってる。
「竜、ちょっと付き合え」
だろうな。断ってもいいか?
蘇芳はいつの間にやら茶代を払い、追加の菓子まで包ませている。
強引に肩を組まれほぼ引き摺られて連れていかれる。
さっきの女はまだ近くの町角に立ってる。変なのに絡まれるぞ?
蘇芳もチラッと見たようだが俺はそのまま蘇芳の自宅の方に引っ張られていった。
店じゃないのは珍しいな。
趣味全開の舶来物で揃えられた部屋に放り込まれてしばし待たされる。
戻ってきた蘇芳はさっきの菓子と酒、ツマミを並べてドカッと座る。
いつも飄々と透かしてるのに珍しいこともあるもんだ。
「んで?なんだ?」
大抵のことは銀時と二人で片付けてるヤツが俺を無理に連れてくるなんて。
「さっきの女、助左を訪ねたって?」
耳が早いな。長屋の子飼いの奴らが走ったか?
「ああ、助左が茶碗ぶん投げて追い出した。誰でもいいような男が珍しい」
蘇芳が手酌で酒を煽る。まだ昼なのに豪鬼だな。
「ありゃ、助左の元嫁だ」
あのケバいのが?
「実家を出ることになって婿入りした先の女。手代と浮気しててバレたら子供が出来ない原因は助左だと責めて親にもそう言って追い出した」
嫁入りしたら嫁の腹が悪い、婿入りしたら婿の種が悪い。どっちが問題かなんぞ分からんのに理不尽なもんだ。
「助左はしばらく用心棒みたいなことをして暮らしてたがあの体格だろう?勤め先の奥方に迫られたりな?」
「流石に寝ちまうと雇い主である亭主に悪いから出ていくんだがそのあとどう言うわけか奥方が妊娠してたわけさ」
それはあかんヤツだろう?どう言うも何もやる事やってんじゃねぇか。
「その後も助左が出ていった後にそんな話が続く」
そこら中に助左の子供がいるのか?怖。
「多分最初の奥方も含めて助左の子じゃないぞ?アイツは自分がそう言う対象だと認識してから避妊薬を常用してる」
「ん?最初の子は可能性あるんじゃねえのかい?」
「その奥方は助左が出ていって一年後に出産してる」
子供は十月十日だっけ?ん?
「あとからちょいと調べたんだが助左が奥方達の愚痴聞いて性欲を発散させたからかその後亭主との仲が改善した夫婦だけ子宝に恵まれている」
「何だそれ?助左の噂に子宝にあやかりたい女が群がってるのか?」
うえー、結局は浮気してるし!
「まぁそんな話が出回ると流石に男連中も聞いちまう。で、前の町も出てきたってわけだ」
ま、巷の人気な間男とか普通に無いな。
「そんな中、再婚相手の手代との子供が出来ない元嫁が来た」
・・・都合の良いことだ。
「そう言うわけであの女に構うなよ」
そんなこと言われなくともあの手の女は無理だ。
「俺は不能らしいから相手に出来ねぇな?」
持ってた杯を置いて肩を竦める。
蘇芳はニヤッと笑って、
「俺もここ数年不能でな」
「いやお前は仕込みとか挨拶回りとか言ってやりまくってるだろうが」
堂々と嘘つきやがって!
「ああん?仕込みなんぞせんぞ。あんなもん自分とこの商品にいちいち手をつけてたら面倒になる。専門に任せた方が楽ってもんだ」
「情報なんかは最近は子飼いや若い衆が持ってきてくれるし楽になった」
酒瓶がどんどん軽くなる。
「お前、そんな裏の話集めて何がしたいんだよ」
「別に。どこそこが仲がいい悪いってだけでも商売の流れが変わることがある。その程度の情報でも十分金が回るからな」
結構酒が進んでいるからか目が据わってきている。案外弱いんだよな。
玄関から音がして銀時が入ってきた。
「おう、銀時」
「竜、蘇芳に絡まれてんのか」
ちょっとノリで、
「そうなんだ!銀時~蘇芳がひどいんだー」
座ったばかりの銀時の胸にもたれてみる。
いい胸筋してんなぁ。こいつらは案外鍛えている。
「蘇芳が揶揄うのはいつものことだろ」
ベリって剥がされて頭を撫でられて宥められる。
ちぇ。
「だって不能だなんてトリに教えてんだぞ」
「トリに?」
途端に表情が険しくなる。トリは基本銀時の家で暮らしてるから、大事な娘枠だ。
「おい。普通に暮らさせるはずだろう?」
「姐さんたちはちっこい子がいたらとりあえず可愛がっちまうだろう?多少は見聞きしちまう」
トリは何気にあちこち自由に歩き回っていろんな店の人間と仲が良いからなぁ。
でも今回のは蘇芳が教えたんだろうが!
「竜は別に不能って出回っても問題が無いのではないか?」
「あるわ!使わんくてもなんか嫌だわ!!」
「そう言うもんか?」
銀時は人の色恋もゴタゴタした関係も興味ねぇから適当に言う。コイツは一途だから他に目がいかねぇ。
でもな~、あちこち世話して回るなら連れ
の心の機微にも気を遣ってくれや。
「竜、常盤屋が少しきな臭い。しばらく近寄るな」
「あん?」
銀時も酒を飲み始める。
「芙蓉の見受け先は代官下村だ。下村が常盤屋に通いだしてから女たちの様子が少し変らしい」
「・・・それは俺が常盤屋に潜入したらいいんじゃないか?」
「お前はとうの昔に闇を抜けたんだ。今更裏に首突っ込むな」
銀時が俺の肩を掴む。
「竜、この件は俺たちも深入りはしない。常盤屋の連中が受け入れた事なら範疇外だ」
蘇芳もお手上げだとポーズを作って団子を食ってる。
「うちに害がないように動くだけだ」
外で暴れてる奴らならぶっ倒せばいいが他所のことは手を出せない。金も利権も関わってるのもわかってる。
こいつらだってそこら中でお人好しにも世話しまくって人助けしてても分はわきまえてる。
はぁ。力のねぇ庶民なんだ。分かってるさ。なんも出来ねぇ。
つまんねぇなぁ。
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