第7話・旅の始まりと勇者の紋章

 斬


 街に向かう途中にていきなり現れて襲い掛かって来たゴブリンを斬った。


 一切のなんの抵抗もためらいも持たずにいとも簡単に首を切断して殺した。


 そこには俺を殺そうとしてきた邪魔な魔物を殺したという感情しか湧かなかった。


 実は魔物と戦った経験自体、俺はほとんどない。いやそれどころか魔物、それも人型の魔物を殺したのは今日が初めてだ。

 でもついさっきあんな出来事があったのだ。


 魔物を殺すという行為に一切の抵抗を覚えないし、魔物というのが不思議と怖くなかったのだ。

 昔お父さんから初めて魔物と戦った人は魔物という自分を明確なる殺意を持って殺そうとしてくる相手に対して恐怖し怯えると言っていた。


 だけど多分俺はそれ以上の恐怖を味わってしまった。


 あの地獄と、そして魔王軍四天王と名乗るあの憎き化け物を。俺の父親とジークは殺したあのあの・・・・・


 ・・・・・・・・・


 少し思考が闇に落ちそうになった。


 駄目だ。やめよう。


 でもそう、あんな出来事がついさっきあったなんて。


 ・・・・・・・・・


 本当だったら今頃イノシシの肉を村の皆におすそ分けして、ジークと一緒にもう一回模擬戦闘でもしてたのかな。


 途端に得も言われぬ虚しさと吐き気がこみあげてくる。


 俺はそれを無理やり飲み込む。


「止めよう。この思考は良くない。これは本当に良くない。俺は俺は強くなるって決めたんだから」


「ぐぎゃあ」


 俺が嫌な思考に囚われているなからゴブリンがいきなり木陰から飛び出て襲い掛かってくる。


「うるさいんだよ」

 怒鳴りながらゴブリンを殺す。


 そして剣で滅多打ちにする。


 もう物言わぬ屍のはずのゴブリンを斬って斬って斬って斬る。


 これは八つ当たりだ。

 確実な八つ当たりだ。


 自分でもよく分かっている理解している。


 それでも八つ当たりせずにはいられなかったのだ。


 自分の弱さと無力さに・・・


「ああ。クソがクソがクソがクソが。俺は俺は俺は・・・俺は・・・ハア。何をしてるんだ」


 ぐちゃぐちゃになったゴブリンの肉塊を見ながらそう思いため息を吐く。


「ハア。やめよう、街に行こう。街に行って冒険者ギルドに入って強くなって英雄になろう。そうすればこの気持ちもまだ紛れるだろ。いや違う。この気持ちは紛れさせたら駄目だな。だって俺はジークの想いを背負ってるのだから」


 俺はふとジークの形見の剣を見る。

 よく馴染むジークの形見の剣を。


「すまんな。さっき八つ当たりに使ってしまって。後で手入れするからな」


 ・・・・・・


 剣が答える筈ないのに、「頑張れ」って言われた気がした。


「さて、歩くか」


 俺は気持ちを切り替えてまた街に向かって歩き始めた。


 てくてくてくてくてくてくてくてく


 歩く歩く、ひたすらに歩く。


 幸い道は何度かお父さんと一緒に狩りで手に入れた動物の毛布や牙、肉を売りにいったことがあるから街までの道筋は覚えている。


 だがここから一番近い街まで大体まる一日歩き続けてようやく辿り着くぐらいのかなりの距離がある。


 お父さんと一緒の時は村にいた馬と馬車を使って行っていたからそこまで時間はかからなかったが、その馬はあの魔物暴走の時に殺されて、喰われてしまったからない。


 だから歩くしかないのだ。


 てくてくてくてくてくてくてくてく


 ひたすら歩く歩いて歩いて。ふと気が付く。


 一切疲れていないことに。


 俺は自慢ではないが体力はある方だ。でもさっきあれだけの死闘を繰り広げて村の皆を埋葬する為にひたすらに穴掘りをして、その上でそこそこの重量がある鞄を背負って歩いているんだ。

 普通はどこかで体力が切れるなり疲れてもいい筈だ。


 でもそれが一切ないのだ。


 むしろ元気が溢れてくるぐらいだ。


「これ?走っても大丈夫じゃないか?」


 ふと、そう思い試しに走ってみた。


 体は驚くほどに軽かった。


 ダッダッダッダッダ


 心地の良い音を立てて森の中の一本道を駆ける。


 疲れはほとんど感じなかった。


 まるで俺の体が羽になったみたいだ。


「これは勇者の力なのか」


 俺の呟きを答える者は誰もいない。


 でもそうとしか思えなかった。


 俺の手の甲に現れた勇者の紋章。


 ジークとお父さんを殺したあの化け物を呼び寄せることになった憎き紋章。


 でも。逆に考えればあれだけの化け物がわざわざ俺に会いに来るほどの紋章。


 勇者の紋章、これは俺の思った以上の力と秘密を持っているみたいだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る