第4話 家族。
「ところで、お前の名は何と言う?」
この家の住人は、よく欠伸をするものだ。
「ものくさ太郎だよ。」
「ものくさ、たろー?」
あどけなく小首をかしげる亜里彗。
眠そうにしながら小首をかしげる様子は年相応でとても可愛らしい。
だが、ものくさ太郎にはまだ、子供を押しつけられたという感情が残っていた。
「そうだ。」
そっけなく返す。
亜里彗の名を適当に決めてしまった負い目があったので、ちょっと考えて、
「上手に言えてるぞ。」
と付け足した。
ふふふ、と嬉しそうに亜里彗は得意げに笑う。
なんだ、普通の少女だな、こんな褒め言葉で嬉しがるとは。
ものくさ太郎は育児に少し希望を見出した。
だが、少し俯いて亜里彗が言った、
「褒めても何も出んぞ?」
という言葉に、やっぱり子供は子供でも寂しい子供だと思い返した。
ただ単にツンデレなのかもしれないし、一度信頼した人に裏切られるのが怖いのかもしれない。
どちらにしろ、少し大人びすぎている。
しかし、だからといって、ものくさ太郎がその寂しさを埋める努力などするわけがない。
まぁ子育てぐらいはしてやらんでもないか、と肩をすくめるくらいには、ものくさ太郎の心境に変化が生じていたのは事実である。
沈黙を破るように、いそいそと亜里彗は座り直し、ものくさ太郎を見て言った。
「ものくさたろー。
改めて、妾は緑鬼で、鬼の子供だ。
鬼は人間と同じように子供を産むこともあるが、殆どが人間の心の隙間から生まれたものだ。……妾もそうだ。お前のような面倒くさがり達の心の隙間から生まれた。
だからといってお前が親だと言うつもりはないし、妾の世話など面倒なのも十分承知している。だが、どの人間からも子育てを拒否された鬼は、無に還るんだ。
妾は…我儘だと分かっているが、まだ消えたくない…。
迷惑をかけるが、これから五年間、よろしく頼む。」
本当、子供らしくない。
子供なら子供らしく泣き喚けば良い。
消えたくない、死にたくないと、泣き喚けばいいのだ。
「消えたくない」という気持ちは、静かに言える気持ちなんかじゃないだろう。
胸がはち切れんばかりに苦しいだろう。
そして、誰にも受け入れてもらえず、俺にも嫌々受け入れられ、さぞ悲しかっただろう。
先ほど鬼神と話をしていた時、全てを諦めたような目をして立っていたのを、ものくさ太郎は見ていた。
何度も受け入れを断られるたびに、自分では傷ついていないと思いながらも、心のどこかでは傷ついていたはずだ。
でも、自分が傷ついていることを自覚してしまえば、きっとその傷の多さに、修復できない傷の大きさに、耐えられなかっただろう。
だからこそ、自分の気持ちに蓋をして、目を背け続けてきたのだ。
不安そうにものくさ太郎を見上げる小さな子鬼の頭に、ぽん、と手を乗せた。
「俺には子育てはできん。
お前さんのそばにいることしかできん。
それでも、いいのか?
ここで暮らしたいと思えるか?」
亜里彗に断る
それでも、ものくさ太郎は聞いた。
選択する自由を与えた。
今まで亜里彗は、選択の自由も無く、一方的に断られてきたから。
目に溢れんばかりの涙を携えて、亜里彗は大きく頷いた。その
ものくさ太郎は、それらに気づかないふりをした。
ちょっと気まずいと思ったからなのだが、その感情は気まずいというよりも、照れくさいと言った方が適切である。
変な空気を断ち破るために、ものくさ太郎にしては珍しい提案をした。
「飯でも買いに行くか。」
「いやまずは風呂に入れ。」
出鼻を挫かれた。
ぷいっと顔を背けられる。
そんなに臭いだろうか?
泣き顔を見られたくないからなのだが、ものくさ太郎は知る由もない。
ものくさ太郎は内心首を傾げながら、ちょっと笑った。
笑ったのは何年ぶりか……。
はじめて我儘を聞いた。
子供らしい、我儘を。
それが少し、ほんの少しだけ、嬉しかった。
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