第3話 名付け

しかし、5歳まで生きてきて名前がないと言うのは、流石に可哀想に思う。

哀れ、とでも言うべきか。

とにかく早く名をつけてやるべきだ思った。

世の中の母は、画数や意味を深く考えるらしいが、それは面倒だ。

そういえば、この前通りすがりの高校生が「有栖川ありすがわ」がどーのこーの言っていた。

これも何かの縁。

こいつの名前は、アリスにしよう。

この世でもっともいい加減な名付けである。

だがものくさ太郎はものぐさなのだから仕方がない。

名を書く機会が訪れるかわからんが、日本人なのに片仮名というのは日本味が足りない。

そうだな……亜里彗にしよう。

適当に当て字を考え、子供に顔を向けた。

何から話せば良いか分からない。

ものくさ太郎は人との関わりを絶ってから10年ほどだった。

子供とはもう……20年ほどになるだろうか。

ずっと、誰とも話していない。

故に何から話せばいいのか分からなかった。

逡巡としていると、子供が口を開いた。


わらわは緑鬼。

緑鬼の煩悩が表すのは、惛沈・睡眠と言われているらしいな、人間には。

まぁ要するに怠け者よ。お前と仲間よの。」


ころころと笑う小さい緑鬼。

子供の割に…なんだか、ませてるな、と思った。大人になるしかなかったんだと、少し経ってから気づいた。

まぁ仲間と言うんだったら伝えたいことだけ伝えればいい。余計な話はせずに済む。

たしかに、聞き分けのいい子供だと思った。

この世界で一番、悲しい子供だ。


「お前さんの名前は亜里彗ありすだ。」


名を告げる。

すると、目を細めて緑鬼は言った。


「良い名よの。」


笑っていたけど、ちょっぴり悲しそうだった。

画数とか意味とか、考えてやれば良かったなと、ものくさ太郎は少し後悔した。

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