第2話 やってきた子供

雪がしんしんと降り続ける厳しい寒さの日。

そいつはやってきた。


「すみません、開けてください」


玄関チャイムを鳴らすとともに声が聞こえてくる。

ものくさ太郎は、居留守を使うことにした。


「すみませーん」


それでも諦めずにしつこく声を掛けてくる。

ここまでしつこいのは宗教勧誘しかない。

そう思い、布団を被ってぬくぬくと暖を取りつつ、居留守を決め込む。


「お邪魔しまーす」


!?

流石にこれにはものくさ太郎も驚いた。

鍵はかかっていたはずだ。

泥棒や空き巣は困る。

だが警察を呼ぶのはちと面倒だ。

対応を決めかねていると、いつの間にか目の前に人がいた。なぜか子連れだ。


「誰だ」


努めて冷静に問う。

ソイツはやれやれと言った感じで口を開いた。やけに馴れ馴れしい。


「居留守を使うな。

一瞬いないかと思っただろ?」


そんなこと言われても、面倒なのだから仕方がない。そもそも自分が不法侵入しているということを、この男はわかっているのだろうか。


「何の用だ?」


問いを変えてみる。

すると、男は平然とおかしなことを言った。


「この子供をお前のところに預ける。」


……これは夢だ。夢に違いない。

いきなり見知らぬ男が子連れで家に不法侵入してきたと思えば、子供を預ける?

何を言っているのかわからんが、正気の沙汰ではない。

欠伸あくびをしている目の前の男に、ただ一言、


「無理だ」


と返す。男は飄々として言った。


「お前には金がある。

しかも家にずっといて暇そうだ。

子育てする時間くらいあるだろう。

コイツは今5歳だ。

夜泣きなどの面倒事もない。

そしてコイツは鬼だから、人間より聞き分けがいい」


鬼だと?

荒唐無稽なことを言う男に冷たい眼差しを向ける。

鬼は伝説上の生き物だ。

この世にいるはずがない。

だが、男はまるでものくさ太郎の考えを読んだかのように、にやりと嗤って言った。


「鬼はいる。俺は鬼神。鬼の中で一番偉い。

鬼だって、最近は山に住まない。

人間と同じように、都会にいるさ。

昔、悪さをしていた鬼は知能が発達していなかったんだ。

今は知能の発達した鬼が増えて、悪さをする奴は殆どいない。

だから人間と同じように生き、同じように死んでいくやつが多い。

鬼が信じられなくなったのは、うまく俺らが隠れて生活しているからだ。」


うとうととしながら相槌を打つ。

どうせ、俺に子供を押し付けるための嘘だろう。


「俺には子育てはできない。」


ふん、と鼻で嘲笑われる。


「使用人でも雇えば良い。」


ムッとしてつい言い返す。


「手続きが面倒だ。

それに、こんな汚部屋おべやに少女を住まわせるわけにもいかないだろう。

他を当たれ。」


ふと真面目な顔をして男が言った。


「ここが最後だ。」


つまり、ここを訪ねる前に他のところを当たったと。

俺は最終妥協案で、受け入れ先は他にないから、仕方ないから此処で良いという、そんな理由で俺が選ばれた、と。

はぁ、とこれ見よがしに溜息をつく。

さんざん拒絶された子供は可哀想だが、この寒い冬の中子育てを押し付けられそうになっている俺の方が可哀想だ。

そんな屑らしいことを考えていると、自称鬼神は、ふむ…と少し考えるそぶりを見せて言った。


「まぁお前の気持ちもわからなくもない。

分かった。それじゃあ、5年だけで良い。」


いったいいつまで育てさせるつもりだったか知らんが、5年は長い。

呆れ果て、これ以上の問答は不要、と言わんばかりに布団の中に身を隠す。

その素振りをどう勘違いしたか知らんが、鬼神は嬉々とした声で感謝を述べた。


「ありがとう、受け入れてくれるか。

 よかったよかった。

 コイツの名前は……まだ無い。

 お前が名付け親になってくれ。」


それじゃ!と元気に言って、何か言う暇も与えずに鬼神は消えた。

はぁ……と溜息を吐いて布団からのそのそと布団から這い出る。

残された子供を見て、再度溜息を吐くのを我慢しただけ、褒められるに値すると思う。

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