第5話 揺らがない嘘

 工作部に入りたい……。小学4年になった僕は願った。その他の部活なんてやりたくない。身体を動かすのなんてまっぴらごめんだ。文化系がいいんだ。


 ゴム動力の木製ボートを川に浮かべて向こう岸まで走らせるんだ。昨年、一学年上の生徒たちの部活動を見学に行ったときにやってたんだ。それはそれは素敵な光景だったんだ。


 僕の頭の中はそれで持ち切りだった。脳内の思考をつかさどる小人たちが一心に僕に見せてくるのは、阪神タイガースカラーの黄色と黒に塗り分けられたボートが川面かわもを勢いよく進む光景だけだ。


「じゃあいくよ! 最初はグー、じゃんけんっ……」


 入部希望者の多い工作部。先生とのじゃんけんで負けた者は正直に申告してこの場を離れ、入部希望の部を他に変えるきまりだ。


 しかし僕はすでに3回じゃんけんに負けているにもかかわらずじゃんけんをし続けていた。つまり、堂々と胸を張って嘘をついているのだ。先生にも気づかれていない。


 周りの生徒がどんどん脱落していく。だが僕のタイガース爆走の夢はそんなものには押しつぶされない。正直な同級生をあざ笑うように僕の嘘は邁進まいしんし続ける。


「じゃんけーん、ポイっ!」


 また負けた……。でもたとえじゃんけんに負けても、心は不敗だっ! 永久不滅だっ!


 訳の分からない言い訳をしながら大嘘おおうそつき小学生の僕はその場に残り続けた。


「それでは、残った人たちに工作部の説明をします」


 しめしめ、上手くいったぞ。バレてない。


 先生と周囲の目をあざむいて入部した工作部。先生の先導で部室に向かう。


 後ろめたさが僕の三歩後ろをついて来る。工作室にしこむ午後の光も心なしか僕を避けているように見えた。



 部活の時間はいつもほろ苦い気分にさいなまれた。そしてそれはいつまでっても和らぐことはなかった。正当な方法で入部しないとこんな気分を味わうことになるのか。まだ純粋だった僕は罪悪感に苦しんだ。毎週新しい工作を作るのだが、どうしても夢中になって製作することができない。


「なあ、ここの色、何色にする?」


 正規の手続きを踏んで入部したじゃんけん強者で正直者のクラスメイト、谷口君が話しかけてきた。じゃんけん弱者で嘘つきの僕は彼の目をちらちらとうかがうようにしか見られず、ぼそぼそとした声で答えた。


「紫色かな」


 僕は答えながらも、どうすれば谷口君のような正直なじゃんけん強者になれるのかということばかり考えていた。



 部活が始まって数か月後に製作した夢のタイガースゴムボートは威勢よく走った。しかし僕の心は晴れなかった。その後ボートのゴムが切れ、動力を失ったそれは川の濁流だくりゅうに飲み込まれてその姿を消した。


 不思議と悲しくはなかった。不正をして入部したからだろうか。


 水の中に船体が完全に隠れる直前、金属製のスクリューが鈍く光った。それはまるでブラックホールに吸い込まれる宇宙船のように切なく救助を訴えていた。


 後味の悪い幕切れだった。僕が悪いことをしたからゴムは切れてしまったのだろうか。それともそういう運命のもとに生まれたゴムひもがたまたま僕のところに回ってきたのか。いずれにせよ僕が丹精込たんせいこめて作ったタイガースボートは今頃、太平洋の底あたりで小魚の住みになっていることだろう。

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