第4話 季節はずれの嘘

「おなじクラスのじんどうくんがいってたんだもん……」


仁藤じんどう君は仁藤君なの。うちにはうちのやり方があります!」


 夕闇ゆうやみが近づくリビングで母にしかられた。


 僕は一日のゲーム時間を1時間と決められていた。もっと長い時間したかった。いつもダンジョンを十分に探索できないまま城に戻らないといけなかったからだ。

 仁藤君は一日3時間もゲームしているとのことだったから、僕はその数値を持ち出して母と交渉した。


「とにかく、3時間なんてありえません!」


 取りつくしまもない母。なんとかもう少しだけでも時間の延長を許してもらえないかねばってみる。


「あと30分でいいからっ!」


「自転車の練習はどうするの? 近所で他に乗れない子なんていないよ。補助輪付けてるのなんて空吾くうごだけじゃないの。格好悪い」


「じゃあ、ほじょりんとっていいから!」


「頭打って死ぬよ……あんた」


「それでもいいっ!」


「バカなこと言ってないで宿題しなさい」



 翌日。


「ねえねえ、じんどうくんはね……」


 僕は母に小学一年生の彼がすでに高学年の勉強ができること、逆上さかあがりも出来てスポーツ万能であることなど、数々かずかずの嘘をでっちあげた。そしてそれらはすべてゲームの素晴らしい効能によるものだといた。実際にはそんな効果などあるはずもない。仁藤君は毎日寝不足であくびばかりしている。親は放任主義のようだった。


「ふ~ん。じゃあ、空吾もやってみたら?」


 母はあっさり認めてくれた。


「ただし、上手くいかなかったときは……分かってる?」


「う、うん……がんばるからっ!」



 僕は毎日大冒険した。世界の果てまで行ってモンスターと戦って、アイテムも持ち切れないくらい手に入れた。仲間は増えてみんな強くなり、充実した日々を過ごした。


 ゲームの中では。



 現実では、自転車は砂埃すなぼこりをかぶり、未消化の漢字ドリルには目印の付箋ふせんが大量に貼りつけられ、新しい算数ドリルは手が付けられずにピカピカのまま。



「草架くん、こっちに来て」


 一週間後、僕の担任である若い女の先生に職員室に呼ばれた。


 1日3時間の大冒険を開始して以降、宿題は一切していなかった。僕の思考の矛先ほこさきは常に、最適な武器と防具の組み合わせと効率のいいモンスターの狩り方探究に向いていた。


「いい加減、見せてもらわないとね」


 顔をしかめた先生は僕にランドセルから漢字ドリルを出すよう要求した。


 僕は『お茶がこぼれたためにくっついてしまって漢字ドリルが開けない』だとか、『気に入らない字があるから書き直して明日見せる』などと言い訳して、少しも進行していない宿題を隠し続けていた。だがそれももう終わりになりそうだった。


 この窮地きゅうちを脱する名虚言めいきょげんを早く考えつかねば。頭を回転させろ! やればできる子なんだ僕は。


「おかあさんが……びょうきになったのっ。それで、おてつだいしてたの」


「そう……。昨日あなたのお母さんに電話したらお元気そうだったけれど……」


 最悪手さいあくしゅだった。


「あ、あれはね、おばちゃんが……、おかあさんの、いもうとがきてたの」


「……」


「それでね、じてんしゃにのって、海におよぎにいって……」


 あせりからか訳の分からないことを言ってしまう。


「いま、冬よ……」


「……」


「廊下に立ってなさい」


 僕は凍えそうな真冬の廊下に立った。通り過ぎる先生や生徒たちがいるからコカ・コーラ・ロゴの落書きもできない。仕方がないから頭の中で『coca-cola』と筆記体で鉛筆をくるくる回転させる様子を想像して時間が過ぎるのを待った。



 後日、僕のゲーム機は父親によって二階から庭に叩きつけられて派手に損壊そんかいした。二度と動かなかった。ゲーム・カセットに描かれた勇者は砂をかぶりながらも変わらず誇らしげな顔で微笑ほほえんでいた。

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