第2話 ロマンティックな嘘

 翌日、僕は母と一緒に駄菓子屋を訪れた。


「ほんとうに、すみませんでしたっ。ほら、空吾も謝りなさいっ」 


「ごめんなさい……」


 駄菓子屋のおばちゃんは表情一つ変えずに僕らを見ていた。


「こちらは買い取りますので」


 母は代金を支払い、でかチョロQを買った。


 家に帰る途中、僕のほほゆるみきっていた。欲しかったどでかチョロQでついに遊べる。タイヤがでかいから敷居も乗り越えられるし、厚紙を折り曲げたジャンプ台を作って大ジャンプさせて、それから……。遊びの想像は広がるばかりだ。


「これは来年まで渡さないからね」


「ええっ!?」


 突然、母が僕に宣言した。僕にとってそれは働き盛りのサラリーマンがガン宣告を受けた時のように胸に激しく、重くのしかかって冷静を失わせた。


「当たり前でしょ? 本物のお金じゃないって分かってて嘘をついたんだから。ああ……もうあのお店に行けないわ、全く」


 母の気持ちも察することができた。罪悪感もあった。だが、でかチョロQの魔力は僕を決して解放してはくれなかった。


 母は帰宅後すぐにどでかチョロQをどこかに隠した。いったいどこなのだろう。自室に戻った僕はそればかり考えていた。



 週末、両親と妹が買い物に出かけることになり、僕は家で一人留守番をすることになった。


 チャンスだ。どこかに隠されたどでかチョロQを探し出して遊んでやろう。


 僕は家じゅうのタンスの扉を開いたが見つからない。物置にもなかった。食卓の椅子を引っ張ってきて棚の上などに目をやった。


 見つけた。


 神棚かみだなの後ろでビニール袋が蛍光灯を反射している。でかチョロQの袋だった。


 やった。ついに遊べる。僕の心は狂喜乱舞し、チョロQ以外は目に入らなくなった。まずは全力で走らせてみて、それから……。


 タイヤは大きく、ゼンマイもかなり力があった。車の前部はとがっていたから、走行でぶつかってふすまに穴が開いた。


「うわっ、どうしよう!? ま、まあいいや。まだだれもかえってこないし」


 自分に言い聞かせて僕は更なる派手な遊びを始めた。段ボール紙を用いた大ジャンプだ。


「いっけえーっ!」


 ゼンマイを目いっぱい巻いたどでかチョロQは僕の思いをんだように全力で走り、ジャンプした。その飛距離は想像を絶するものだった。荒れ狂う推進力で窓ガラスに激突し、キズが入った。


「うわあっ!?」


 さすがに冷や汗をかいた。セロテープで誤魔化ごまかした。


「ただいま~。空吾、どこにいるの? 荷物運んでくれるかな」


 玄関から母の声がした。


 早すぎる……。何か問題でもあったのだろうか。


 あわててどでかチョロQを袋に戻して玄関に向かう。


「ねえ、何してたの? そんなに汗かいて」


「さ、逆上がりの練習……」


「家の中で?」


「うん……」


「怪しいわね。全く何をしてたのやら」


 母がリビングに入ってくる。父と妹はまだ戻ってきていないようだ。


「あれっ? なんでこんな所に椅子いすがあるの」


 まずい。神棚かみだなの前に置きっぱなしだった。そして母はでかチョロQの袋の異変に気付いたのか真っすぐ手を伸ばした。


「空吾……あんたこれで遊んだでしょ」


「し、しらないよ、そんなの」


「そう。本当のことを言ったら買ってきたケーキあげるわよ」


「う……」


「さあ、何をしてたの? 言ってみなさい」


「ようせいさんがきてね、チョロQにのってあそんでたから、ちゅういしたの」


 僕はえっへんと胸を張って報告した。


「いたっ!! ふええーんっ」


 げんこつを食らった上に、ケーキは一口ももらえず、ふすまの張替はりかえ費用のために僕の小遣こづかいは半年間ゼロになった。


 今後、窓ガラスの傷が見つかったら僕はどうなってしまうのだろうか。

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