やっぱり嘘は罪(カクヨムWeb小説短編賞2022「令和の私小説」部門応募作品)(短編)

夕奈木 静月

第1話 切ない嘘

 幼少期、あまり裕福ゆうふくではなかった僕、草架空吾そうかくうご。母親はほとんど服を買い与えてくれず、周囲の友達がいつも新しい服を見せびらかすのに耐えかねた僕はハサミで長袖シャツの袖口そでぐちをまっすぐカットした。


「これ、今日学校でやぶれたっ」


 ごつん。


 いきなり殴られた。痛ってえー。


「こんなにまっすぐ破れるわけないでしょっ」


「えーんっ。ほんとにやぶれたんだって!」


 家の外に放り出され、玄関のカギを掛けられた。


 じゃあ、どういう風にカットすればよかったのか。ギザギザか、それとも曲線的な感じか。20分後、ようやく家の中に入れてもらえた僕は思案し、練習のためにハサミで新聞紙をカットしてみた。


「それ、今日の新聞だろーがっ! なにしてんだ!?」


 今度は父親に殴られた。ううっ……。



 翌日。僕は駄菓子屋の店内を友達と二人でうろついていた。


 よし、いける。明日になれば小遣こづかいがもらえるから、あのでかいチョロQが買える……。壁にビニールパッケージごとるされているおもちゃを見ながら考えた。


「おばちゃん、あしたまであれ、とっといてくれる?」


「いいよ」


 そこへ、


「あれくーださいっ!」


 横入りしてきた別の小学生が僕の狙っているでかチョロQを指さす。


「ま、まってよう……。あれはぼくが……」


「明日絶対にお金持ってくるかい?」


 駄菓子屋のおばちゃんが目力を込めて言う。


「うんっ! ぜったい」



 帰宅し、でかチョロQで遊ぶ明日を夢見て晩御飯ばんごはんを食べていると、


「空吾、明日渡す分のこづかいはゼロね」


「ええっ!?」


 突然の母親の宣言に目の前が真っ暗になった。


「どうしてっ!?」


「あんたの服、買わないといけないでしょ? ほら、昨日ハサミで切ったやつ……。よかったじゃないの、新しい服が着られるよ」


 そんなあ……。駄菓子屋のおばちゃん、めちゃくちゃ怖いんだよ。どうしよう……。


「なに不満そうな顔してるの? あたしがいくらか足して買ってあげるんだから感謝しなさい?」


「はい……っ」



 翌朝。おばちゃんに怒られるのが恐ろしくてあんまり眠れなかった。本当にどうしようか。


「草架くん、前に出て解いてみて? 聞いてる? おーい」


 授業中、気づいたら自分が当てられていた。おばちゃんにどう嘘をつこうか考えていたため、上の空だったのだ。


 嘘つき案その一 財布を落としたことにする。


 嘘つき案その二 財布を盗られたことにする。


 嘘つき案その三 財布に穴が開いていてお金がポロポロこぼれて十円しか残っていないことにする(この方法のためには財布の底をハサミでくりぬく必要があり、再び母親の逆鱗げきりんに触れる可能性が大いにある)。


 ちなみに正直に事情を説明して謝るという考えは当時の僕にはこれっぽっちもなかった。だいいち、お金が払えなくなる原因を作ったのも自分の嘘が原因なのだ。もうこうなったら最後まで嘘をつき通すしかない。


 学校から一度家に帰った僕は、一番から三番までの案ではしょせん一時しのぎにしかならないと判断して最終の第四案を実行することにした。


「はい、おばちゃん、1000円っ」


 僕は駄菓子屋のカウンターで子供銀行のお金(おもちゃのお金)をしれっと出した。


 おばちゃんは一瞬キョトンとしたあと、僕のむなぐらをつかんだ。背後には紫色の怒りの炎が燃えさかっている。


「あんた、ナメてんじゃないよ!?」


「ちゃんとしたお金だよっ?」


 首をかしげて、可愛くとぼけてみたが手遅れだった。


 ドンッ!


 僕の体は壁に押し付けられた。


「ふえええーん」


 泣いてはみたが、おばちゃんの怒りは収まらない。


「明日、かあちゃんと店に来な?」


 にらみつけられ、ようやく僕は解放された。

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