第39話‐其は権利なきに非ず、故に——。③

 市街地に建ち並ぶ一際大きい家屋の屋根から、一つの影が飛来する。


 その影の主——アスマ・クノフロークは、豪快な笑みを浮かべながら拳を握り締め、着地と同時に振り下ろした。


 「よォ、始めましてか? ジェジフ・バーリー! 手配書よりひでェ悪人面だなァ、オマエ……!」

 「人の事言える面かよ、髭面……っ!」


 その振り下ろしを躱したジェジフ。


 彼は、間髪入れずに殴り掛かって来たアスマの攻撃を余裕を持って避ける。


 しかし、その余裕が油断に繋がった。


 鳩尾を狙ってきた蹴りとの間に刃を挿み、ガードを間に合わせるも——、受けてから彼は後悔した。受けるのではなく、躱すべきだった、と。


 刃で受けきれなかった衝撃が彼の身体に突き刺さる。


 「ぐ……っ」と苦し気に呻いたジェジフは、堪らず後方へ跳んだ。


 しかし、飛んだ先はキキの魔法によって吹き抜けになった屋根の上である。


 足場のない空中。加えて、突然過ぎるアスマの襲撃。さしものジェジフも苦しい状況であるのは疑いようがなかった。


 「今だ撃てっ! キキっ、ルース……っ!」

 「っ!!」


 アスマの叫んだ瞬間、ジェジフは背中に薄ら寒い殺気を感じた。


 弾かれたように身体を捻り、双剣を握る拳に力を入れる。しかし、彼の反応速度を以てしても、三対一の状況に加え、この足場の少ない戦いの舞台では分が悪い。


 彼が双剣で銃弾を斬り落とすよりも早く、矢継ぎ早に放たれた銃弾の内の一発が、ジェジフの脇腹を掠める。


 「手を止めるな……っ! そのまま攻め続けろ……っ!!」


 僅かな鮮血をまき散らしながら、前方車両の屋根の上に飛び移ったジェジフ。


 忌々しいと言った風に舌打ちをした彼は、脇腹の傷へと一瞥をくれる。


 「クソが……っ! やってくれたなっ、時代遅れの骨董品共がぁ……っ!」

 「その骨董品にやられンだよ、オマエはなァっ!」

 「……っ!」


 屋根に飛び乗ってすぐ、間髪を入れずに飛んで来た啖呵と共に、大剣を引き抜いたアスマが追って来る。


 上からの振り下ろし、次いで下からの切り上げ——ブォン、と空気を殴りつけるような音を鳴らしながら襲い掛かる斬撃に、さしものジェジフも圧倒されたのか、ジリジリとジェジフが前方車両へと押されて行く。


 「援護します……!」「そのままよ、マスター……!」

 「オレに当てンじゃねェぞ、ガキ共……!」

 「そんなヘマしないわよ……!」


 さらにダメ押しとばかりに、アスマを追って屋根に跳び乗って来た二人の銃から、二発の銃弾が響く。


 受ける事の出来ないアスマの大剣による連撃と、二人の銃撃手による早撃ち。


 「……っ」

 「……観念しとけよ、大悪党? オレらの用件は分かってンな? ——聖骸を出せ」


 そして、何度目かの攻防の後——。


 キキの魔法によって吹き抜けになった車両。そのの二つ前の車両の屋根上にて。


 一瞬の隙を突いたアスマが不敵な笑みを浮かべながら、ジェジフの喉元に大剣を突き付けた。


 脇腹と右太ももの裏を負傷したジェジフは、忌々しいといった風に口元を歪めながら、眼前のアスマを睨む。その更に前方には、銃を構えたキキとルース。


 ——状況は不利。決着である。


 「……。……はぁ~。オーケーだ……ここは大人しく引き下がった方がいいらしい。素直に認めるよ……警察はいい冒険者を雇ったらしい」

 「……聖骸をこっちに寄こせ」


 ジェジフも勘弁したのか、わざとらしく深い溜息を吐いたジェジフは、双剣から手を放す。パチパチとやる気のない拍手をしながら、小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。


 しかし、そんな言葉を信用するほどアスマたちはバカではない。


 一切の気を緩めた様子を見せず、三人はそれぞれの武器をジェジフに向けている。


 「まぁ、そう怖い顔をするなよ? せっかくワールドクラスの大悪党を追い詰めたんだ。もっと喜べって? その吊り上がった目を下げて、口角を吊り上げるんだ。ほらこうやって? にぃ~ってさ——」


 ——バァン! と。ジェジフの言葉を遮るように、一発の銃弾が鳴った。


 キキの撃った銃弾が彼の足元に着弾する。


 威嚇するように放たれたその銃撃に、ジェジフはおどけたようにに両手を広げた。


 「……アンタの与太話に付き合うつもりはないわ。——聖骸を出してくれる……ジェジフ・バーリー?」


 これが最後通告だと言わんばかりに、キキはいっそう目つきを鋭くした。


 「……はいはい、分かったよ」と、聖骸に手に取ったジェジフは、ゆっくりとその場に置いた——その時だった。


 「——悪いな、冒険者? 俺の弟は不意打ちが得意なんだ」


 ジェジフが嫌な笑みを浮べた次の瞬間、ジェジフを含めた四人が立つ車両の屋根が・・・・・・破壊された・・・・・


 車両の中から叩きつけられたと思われる鎚鉾メイスの先が、縦に空いた数十㎝程の穴から見えている。


 衝撃によって態勢を崩した三人。この突然の事態が来るのが分かっていたのか、その一瞬の隙を突いて、双剣を拾いあげた。


 双剣を構えてアスマへ向かって突きを放ったジェジフ。その突きを彼は大剣でガードしようとするが——しかし、ニヤリ、と。


 「……っ!」

 「馬鹿正直にアンタと戦うつもりもないんでね?」


 口角を吊り上げた彼の剣が貫いたのは、アスマではなく、衝撃で宙に舞った聖骸だった。


 驚きに眼を見開いたアスマを尻目に、更に前方の車両へと走って行くジェジフ。キキとルースが銃撃を放つも、あっさりとそれを弾かれる。


 彼が次の車両に乗り移ると同時に、前方車両の客窓が音を立てて破壊される。アスマと同じように、車両の側面をよじ登って来た巨体——ギルバート・バーリーが、姿を現した。


 「いいタイミングで来たなぁ、ギルバート?」

 「遊び過ぎだぞ、兄者。悪い癖だ」

 「おいおいムチャ言うなよ? 三対一だぜ? しかも相手はあの警部様直々に雇われた腕利きの冒険者達だ……流石の俺でも手こずるさ?」

 「よく言う」


 おどけた様子で話すジェジフとギルバート。


 突如として現れたその男に三人は警戒を露わにした。


 「アイツがギルバート・バーリー……ですか」

 「……忘れた頃にやって来る奴ね。面倒ったらありゃしないわ」

 「ったく……どこに隠れてやがったんだか……。何はともあれ——メンドくせェ状況・・・・・・・・になったなァ・・・・・・……?」


 三対一というアドバンテージを失ったこの戦況は、非常に危うい。


 ジェジフは足をやられているとはいえ、それでもなお、その実力は折り紙付きである。加えてギルバートが参戦したこの現状では、誰かがあの巨体から産み出される破壊的パワーを相手取らなければならず、その適任者として最も相応しいのはアスマである。


 自然とキキとルースがジェジフを相手取る事になるだろうが、残念ながら役者不足だ。


 「ダメ押しだ。存分に受け取ってくれ……冒険者?」


 三人が冷静に状況を分析し思考を巡らせていると、ジェジフが懐から何かを取り出した。


 少しだけ白みを帯びた青い人の爪。


 一目で分かった。聖骸である。


 三人は咄嗟に身構えた。


 「三対二じゃバランスが取れないだろ?」


 そう言ったジェジフは懐からもう一つ、何かを取り出した。正方形の布である。


 見せびらかすように広げられたそれには、ルーン文字による複雑な術式が描かれていた。プラプラとそれを振ったジェジフは、ニヤリ、と邪悪な笑みを浮かべながら、その布で聖骸を包んだ。


 ——まさか。


 意図の掴めない行動に対し、嫌な思考が脳裏を過る。


 「やめろ!」と、弾かれるように叫んだアスマ。


 その叫び虚しく、次の瞬間それは現実のものとなった。


 「これで三対三だっ。バランスが取れるよなぁ~っ、冒険者ぁ!?」


 青く輝き出したその布を、ジェジフは空へ向かって飛ばした。


 列車によって発生した風に乗って空へと舞った布は、すぐに青みを増して行く。


 ——ぼぅ、と。


 青い燐光が弾けると同時に形を成していく精霊の光。


 空中でその異形を完成させた怪物——キャリバンは、けたたましい咆哮を上げながら後方の車両へと飛来した。


 『——ルォォォォォオオオォォォォオオオオォオォォォ……!』


 多角形の塊から不均一に生えた多足多腕。まるで蜘蛛のような身体から、口だけがついた顔のようなものが不気味にちょこんと乗っている。


 都市で発生した個体ほど巨大ではないものの、優に2mは超えようかという巨体を晒した小型のキャリバンは、産まれたての赤ん坊のように喚き散らしながら、存在しない瞳でアスマ達を捉えた。


 「——ここからが本番だ。簡単にやられてくれるなよ?」

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