第40話‐其は権利なきに非ず、故に——。④

 『——ルォォォォオオ……っ!!』

 「……てェっ!?」


 ギラリと不均一な歯を見せたキャリバンが叫びながら、真っ先に突進してきたのは一番前方にいたアスマだった。


 先ほどギルバートが開けた大穴を飛び越え、上から襲い掛かった来たキャリバンの怪物。その巨体を力任せに受け止めようとするも、不安定な足場の為か踏ん張りが利かず、五車両ほど後ろに吹き飛ばされる。


 目の前の個体よりもなお巨大な個体を相手取ったアスマにとって、それほど苦戦する相手ではない——が、狭い足場に加え、列車内にいる乗客達の安全も確保しなければならないこの状況下では、さしものアスマも手こずるというものである。


 車両の中から聞こえて来る乗客達の悲鳴を聞きながら、「クソったれ……っ!」と、悪態を吐いた。


 「……あのオルダント人にキャリバンの相手をさせたのは正解だったみたいだな? あいつが一番厄介だ。どこで雇ったんだか……」


 アスマが後方へと追いやられたのを確認し、余裕の態度で一息ついたジェジフ。


 状況の危うさを理解しているのか、冷や汗をかいてジェジフとギルバートの出方を伺っているキキとルースをつまらなそうに眺めながら、彼は会話を続けた。


 「良かったのか兄者? 貴重な聖骸を使っても」

 「構わないさ。商品の良し悪しを見れるほど、今回のクライアントはの目利きはよくないさ……爪が剥がれてる程度じゃ、奴らも文句は言わない」

 「そうか。ならば、とっとと仕事を終わらせるとしよう。——俺は小娘の方を殺る」

 「じゃあ、俺はあのガキか。下に突き落としてくれ。ここは風が強くて好かない」


 会話を終え、車両の窓を割って中へ消えて行ったジェジフ。兄のギロリとキキの方を睨んだギルバートは、その巨体には似合わぬ俊敏性を持ってキキの元へと詰め寄った。


 「……なっ、早っ……!」

 「キキさん……!」


 予想に反する動きをした彼の動きに、驚きの表情で固まったキキとルース。「貴様の相手は俺だ、小娘」と、抑揚のない声でギルバートが呟くと同時、目にも止まらぬ速さでメイスが振るわれる。


 咄嗟にリボルビングライフルでガードするも、当然の如く、キキの腕力では受け止めきれない。自分の名前を呼ぶルースの声を遠くに聞きながら、三車両ほどの距離を彼女は吹き飛ばされる。


 「この野郎っ!!」と、激高した様子でサーベルを振るおうとしたルース。


 しかし、それよりも早く振るわれたメイスが、ルースの右肩に突き刺さる。「がっ、ぁっ……!」と呻き声を上げながら、彼はそのまま下の屋根を突き破って車両の中へと突き落とされた。


 「遺言くらいは聞いてやるぜ?」


 そして。


 う、うぅ……と、呻き声を上げるルースの元へ、いつの間にか車両の中へとジェジフの声が響く。


 銀に光る一振りの剣が、ルースに突き付けられた。


🕊


 「うぅ、あぁ……っ」

 「もう少し粘ると思ったが……期待外れだったか」


 後部車両の屋根の上で、キキは絶体絶命の状況に陥っていた。


 首元を片手で掴まれたまま持ち上げられたキキは、ギルバートの凄まじい握力によって締め上げられ、息が出来ない状態となっている。先ほど吹き飛ばされた祭、反抗する間もなく、キキはこの状態に持ち込まれたのだ。


 ——い、息が……っ!


 声を出す事も出来ず、視界が少しづつブラックアウトして行く。ギルバートの無感動な声と、後方で戦うアスマの戦闘音さえ遠くなって行き、割れんばかりに脈打つ心臓と肺の音だけがキキの体の内側に熱を送って行く。


 何とか自分の首を締め上げる巌のようなギルバートの腕をバシバシと叩くも、当然、意味など無い。涼しい顔で力を強めて行く大男の力にねじ伏せられ、次第に意識が遠のいて行く。


 くっ、そ……ぉ……っ——と。脳に酸素が生き渡らず、考える事さえ出来なくなってきたキキの腕がダラリと垂れ下がる。


 空気を求めて震える口元から涎が垂れ、完全に光が見えなくなろうとした——


 「——ᚫᛋᛋᚳᛘᛒᛚᚳギューフ


 その時だった。良く聞き慣れたギルドマスターの声が、今まさに失われようとしたキキの意識の中に、飛び込んで来たのは。


 「……っ、何っ!?」


 ギルバートの驚きの声が響く。彼の驚きの根源は、後方車両——先ほどまでキャリバンとアスマが戦闘を繰り広げていた場所である。


 しかし、そこにいうはずの怪物の姿は既に無残な姿へと変貌していた。


 まるで巨人に千切り取られたように身体の一部が抉られ、しかも再生しない。体表の色は白く変色しており、対キャリバン用の兵装で何度も攻撃されなければ、ああはならないであろう。


 「ぐっ、がぁぁっ……!」


 一体誰が? そんな疑問を考えるまでも無く、次の瞬間——ギルバートの視界に突然現れたアスマの渾身の右ストレートが、彼の鳩尾に突き刺さった。


 凄まじい衝撃がギルバートの身体を突き抜け、一瞬で彼の意識を刈り取りその場に頽れて行く。力の抜けた彼の手から、キキの身体が落ちて来た。


 死を目前とした薄い意識の中、キキは何とか手を着いて着地し、「けほっ、けほっ……!」と何度も咳をした後、何度も大きく息を吸い始める。


 「よォ、キキ? 死んでねェみてェだな?」

 「……うるっ、さいわね……っ。死ぬかと思ったわよっ。もうっ、遅いのよ、マスター……っ——とっとと使ってよねっ、それ・・……!」

 「……ムチャ言うなよ。下に乗客もいンだぞ? 巻き込まねェようにセーブすンの、すげェ大変なンだからな? オレの切り札は……」


 恨めし気に見つめるキキの視線の先は、アスマの腕だ。


 彼の腕に刻まれている術式タトゥーが赤く輝いている。その腕を中心として弾けた赤い燐光が、まるで精霊の青い光のようにアスマの周りを漂っているのだ。


 ——何を隠そう、これこそがアスマの切り札である。


 『アポストレスの霊滞領域』と呼ばれるあの文様は、術者を中心としたある一定範囲内にいる精霊を吸収し、封印する術式である。通常は、特殊な道具を用いて精霊を封印するのだが、アスマの身体は悪魔憑きと呼ばれる特別性だ。


 体内へと取り込まれた精霊は、彼の体内で魔力へと変換され、彼の肉体を巨躯隊にまで向上させる。それこそ、キャリバンの肉体を拳の一撃で抉り取ってしまう程に。


 「……マスターっ、それより……急いで! ジェジフの相手をルース一人でやってる!」

 「っ!!」


 近くに転がっていたリボルビングライフルを拾ったキキが、未だ覚束ない足取りで走り出した瞬間、弾かれたようにアスマも足を急がせる。


 二人の脳裏には過っていたのだ。


 ——不味い、と。


 「まだ戦ってるわ……!」

 「あァ、分かってる!」


 銃声が響き渡っている。前方車両からだ。まだルースが粘っているのだろう。


 急がなければ。急がなければ。急がなければ。


 焦燥感に突き動かされた二人は、ひたすらに足を急がせた。


 そして。


 「——おいおい、何でお前らがいるんだよ? ギルバートの野郎……しくじりやがったな……」


 前方車両。ジェジフとルースが戦っていた車両にまで辿り着いた二人の眼に映ったのは——血だらけになった・・・・・・・・ルースの胴体と・・・・・・・胴体と分かたれた・・・・・・・・後のルースの頭・・・・・・・だった・・・


 「「……」」


 誰の目で見ても明らかである。死んでいる。


 力なく沈黙したキキとアスマ。二人の絶望した様子を見て、ジェジフは満足そうに笑みを浮かべた。


 「いやいや、結構粘ってたぜ? この小僧は。この若さで大したものだ。将来はいい武人になっていただろうぜ……まぁ、生きていれば——だけどな?」

 「「っ!」」


 挑発するようなジェジフの物言いに苛立ったのか、激高した様子で顔を上げた二人。キキのリボルビングライフルによる早撃ちがジェジフを襲い、アスマが鬼のような形相で大剣を振り被る。


 「おいおいっ! キレるなって! 仇討ちか?」

 「ちげェよ!! 見るンじゃねェ!!」

 「?」


 アスマの怒りに身を任せた大振りの一撃を躱したジェジフは、不思議な物言いをした彼の言動と、その後に取った行動をを訝し気に思った。


 まるで何かを見せないように、ジェジフの前に立ちはだかるアスマ。大剣を威圧するように振り回し、何とか別の車両に自分を追い遣ろうとしているように見える。


 不可解なその戦い方に疑問を覚るのも束の間。


 「あ? 何だっ、そりゃぁ……?」

 「……っ」


 視界の端でキキの手元に抱かれていたルースの遺体。どこに隠そうかと、辺りをキョロキョロと辺りを見回す彼女の周囲に青い燐光が——精霊の光が漂っている。


 いや。彼女の周りではない。


 ——死んだはずのルースの死体から、精霊の光は漏れ出ていた。


 「おい……っ、そいつはどういう・・・・・・・・事だ・・……っ!?」


 驚きで目を丸くし、そう叫んだジェジフの言葉が合図だったように。


 間に合わなかったとばかりに苦々しい表情で固まったアスマが大剣を振り被るのを止め、諦めたようにその場にへたり込んだキキが、ルースの遺体をゆっくりと床に置く。


 「ごめん……ルース。私たちが遅れたせいで……」


 ポツリ、と。懺悔するように項垂れるキキ。


 「——謝らないで下さい、キキさん……こんな仕事をやっている以上は、どうせ何時かはバレていた事ですから……」


 そんな彼女へ、返ってくるはずの無い返答が返って来た。


 驚きで眼を見開いたジェジフの目には、確かに映っている。


 ——先ほど自分が斬り落とした首と胴が、完全に繋がったルース・クラークが、当たり前のように息をしている姿が。


 「ハハ、ハ……」


 俄かには信じがたい光景を前にして、乾いた笑い声を上げるジェジフの脳裏に過ったのは、ある一つの伝承である。


 「——聖骸の元となったタイタス・アンドロニカスは、かつて……不老不死の肉体と、大いなる万能の力を持っていたという……」


 少し興奮したように口元を緩めたジェジフが呟いた。


 「古い文献曰く……タイタスは、その体内に無限の精霊・・・・・を宿し、自由自在に行使できる精霊種ゲニウスと呼ばれる亜人種だったらしい——。そして、そのゲニウスが歴史上で発生した事例は極めて少ない。タイタスを含め……たった三人だけだ」


 話が進むにつれ、アスマ達のの表情が険しいものへと変化していく。


 その表情を見て確信したのか、三人とは対照的にジェジフの口元が吊り上がって行った。


 「……神様に感謝するよ。つまり俺は出会えたわけだ。……無限の資源エネルギー聖骸の素質を持った、史上四人目の・・・・・・精霊種ゲニウス

_____________________________________

※以下、後書きです。

ここまでで<Episode I:ブレッド・オア・ブラッドの赤い旗 第六章・其は権利なきに非ず、故に——。>は終了となります。ここまで読んで下さった読者の方々は、本当にありがとうございました。一人の創作者として、これほど喜ばしい事はございません。これからもご愛読して下さると、更に喜ばしく思います。

次回からは、<Episode I:ブレッド・オア・ブラッドの赤い旗 第七章・NON STOP TRAIN×DEAD OR ALIVE>に入ります。少しでも面白いと思ってくれた方々は、これからもよろしくお願いします。

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