第37話‐其は権利なきに非ず、故に——。①

 サザンギャレット第一商業区。


 リベルタス東部に位置するこの区画は、都市における海の玄関口であるテューア交易港からほど近く、また、キュステブルク中央街区意外に、唯一、駅の通っている地区という事もあって、商業を中心に発展している地区である。


 第二商業区が、もっぱら都市内部の市民相手に商売をするのに対し、こちらは都市外部から上京してきた田舎者や海外からの観光客、この立地に居を構える商売人達が多く出入りするということもあってか、何時も何時も混沌としているのが常だ。


 海外との接点が多い為か、ファッション・芸術・音楽など、リベルタスにおける文化発祥の地としての地位を確立しているこの都市は、若者文化の最先端として知られてもいる。


 そんな区画故の宿命か——。この場所で起きる騒ぎは多い。


 やれ冒険者が暴れているだの、やれ外国人が暴れているだの、やれ田舎者が暴れているだの——、とにもかくにも力と威勢を持て余した人間が今日もどこかしらで暴れているのが、このサザンギャレット第一商業区の特徴だ。


 「どいてどいてどいてちょうだぁ~い!」


 そんな区画のとある場所、第一商業区にある唯一の駅のプラットフォーム内にて、慌てた様子の少女の声が一つ。


 キキ・アグノーメンである。


 落ち着きのない彼女の足音に続き、同じく忙しないルースの足音が続く。


 今まさに、都市外へと発車しようとしている運航便のベルが鳴り響く中、二人が人混みを掻き分けて足早に走って行く。


 「本当にっ、あの車両で合ってるのっ!?」

 「はい、間違いありません……! あの車両にバーリー兄弟が乗ってます!」

 「分かったわっ。急ぐわよ!」

 「はいっ!」


 二人の視線の先にある蒸気機関車——今まさに発車しようとしている急行便を見つけたキキとルースは、不快そうに自分達を見る客足の視線さえ無視し、車内へと架けられたスロープを踏みしめる。


 息せき切って、列車内に飛び乗った二人は、額に汗を流しながら一息を吐いた。


 「何とかっ……間に合いましたね……っ」

 「そうね……っ」


 これから始まるであろう戦いを胸中に思い浮かべ、二人は車両に繋がる扉へ視線を遣る。


 「……気を引き締めなさい? どの車両にバーリー兄弟がいるか分からないわ。いきなり襲われたっておかしくないわよ」

 「……分かってます」

 場所は列車内。狭い場所での戦いになる。敵はバーリー兄弟。圧倒的格上。


 近接戦闘ではかなわないだろう……と、二人はリボルバーを握り締める。


 敵は何両目に居るかは分からない。もしかしたら、この扉を開けたら、いきなり殺し合いが始まるかもしれない。


 そんな緊張感からか……、背筋を這う汗は驚く程に冷たい。


 二人は自らの怯えを深呼吸と共に吐き出し、一両目の扉を開けた。


 「「……」」


 一両目の車両を開けた瞬間、二人の視界に入ったのは幾人もの乗客員だった。


 銃を構え、物々しい空気を纏いながら客席の間を抜けて行くキキとルースに、少し怯えたような表情の乗客たち。


 静まり返った車両内。


 キキとルースが何者なのかを計りかねているのだろう——。乗客たちは、怯えの中に僅かな疑念が交じった視線で二人を見る。


 「……?」

 「キキさん……何か、雰囲気変じゃないですか……?」


 しかし、どこか様子がおかしい。


 最初はいきなり銃を構えて飛び乗って来た自分達に怯えているのかとも思ったが、それにしては騒ぎ立てる様子はない。大人し過ぎるのである。一切の抵抗を見せず、自分達の気を逆撫でないように口を噤んでいるように見えるのだ。


 「……、……とりあえず行きましょう。この車両にはいないみたいですから」

 「……そうみたいね」


 彼らの様子は気になったが、それよりも先にするべき事があると、二人は冷や汗を滲ませながら先へ進む。


 客席間の通り道を渡り切り、次の車両の扉の前に着く。


 ガタンゴトン、ガタンゴトンと、一定のリズムを刻みながら線路を進んで行く列車の音に緊張感を煽られながら、二人は再び意を決したように短く息を吐く。


 ガチャリ、と。静かに扉を開ける。


 だが、キキとルースの探し人は見つからない。


 次の車両で二人の視界に映ったのも、乗客たちの少し怯えたような視線だった。


 「「……」」


 一両目の車両と同じく、二人は額に冷や汗を流しながら客席間の通り道を進んで行く。そして、次の車両の扉の前に立ち、開けた。


 その次の車両も似たような光景が広がっていた。


 似たように通り道を抜け、似たように扉を開けた。


 そんなデジャブが、数度繰り返され、二人が六両目の車両に入った時だった。


 「な、なぁ……アンタ達、冒険者か……?」


 ガラガラの車両だった。


 数人程度しか乗客のいない車両の中で、今までの車両に乗っていた乗客員と同じように、怯えたような表情——しかし、今までの車両に乗っていた乗客員たち以上に恐怖心を湛えた顔つきの老人が、二人へ話し掛けて来る。


 明らかに、これまでの車両に乗っていた者達とは一線を画す怯え方。


 自分たちへ向けられた恐怖心ではなく、もっと別の何かに怯えたような表情の彼らを見て、二人の表情が険しくなる。


 「……どうかしたんですか?」

 「あ、あぁ……さっき列車が発車する前に軍の人たちが乗って来て、さっき前の車両で運転手と揉めてたんだよ……『この車両を止めろっ!』って……でも、何でか運転手が車両を発車させようとしたら、変な二人組の男が絡んで来て……。——お、俺、腰抜けちまって……っ、他の車両に逃げ遅れちまって……っ!」


 急に慌てた様子で取り乱し始めた老人は、震える指先で前の車両を指す。


 その指の先にあったのは、次の車両へのガラス付き扉——そのガラスにベットリとついた血痕だった。


 「……っ、キキさん!」

 「分かってるっ。行くわよっ!」


 目を大きく見開いた二人は、急いで走り出した。


 銃を固く握り直し、血痕のついたガラス付き扉を蹴破る。


 「「っ!!」」


 そして。


 視界に入って来たのは——。


 血塗れになった車内と事切れた軍人たちの亡骸だった。


 「「……」」


 恐らくは警察たちと協力してバーリー兄弟を探していた軍人達である。先んじて情報を掴み、この車両に乗り込んだのかもしれない。


 声すら上げられずに絶命したのだろう……的確に喉元を切り裂かれ、複数の急所から夥しい血を流す軍人たちの死体を見て、二人は思わず息を呑んだ。


 「——ハハっ、見たところ冒険者か? 旧時代の遺物にまで頼るとは……追い詰められてるねぇ~? 軍も、警察も……」


 人を食ったような声が、二人の耳朶を震わせた。


 その声の主である車両の一番前の席に座る一人の男が立ち上がる。


 黒いトレンチコートにボーラーハットという出で立ちに、両手に持たれた二振りの剣。


 「——それで……どっちから死にたい・・・・・・・・・?」


 どこか不気味な空気感を纏ったその男——ジェジフ・バーリーが、そこに立っていた。

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