第33話‐文明を嫌う怪物③・後編

※少し長いので前後編にします。

_____________________________________

 「ほらっ、こっちだ! ついて来い!」

 『オォォオオオ……っ!』


 懐からリボルバーを取り出し、キャリバンの足元目掛けて銃撃を放つルース。


 その注意を引く為、キャリバンの身体中を闇雲に撃ち続ける。苛立ちに満ちた呻き声を上げたキャリバンが、まるで威嚇するように歯を剥き出しにしたのを確認し、ルースは地区の南方向へと走り出した。


 キャリバンが追いかけて来るのを見て、「よしっ」と口角を吊り上げる。


 「キキさんっ、時間は俺が稼ぎます! その間に準備を!」


 巨大な足音が響く度に舞う砂煙。薄っすらと灰がかった視界の向こうから、ルースの声が響いて来る。「任しときなさい!」と勝気に返事を返したキキは、「さて……」と、腰を抜かして動けない様子のマックスへと向き直った。


 「ねぇ、アンタ。キャリバンを召喚した時に使った聖骸はどこにあるの? アレ、ちょっと使いたいんだけど」

 「……あんなもん、何に使おうってんだ」

 「安心してよ。少なくともアンタよりはマシな使い道だから」

 「……」


 真っ直ぐと自分を見つめて来るキキの目を、マックスは一瞬だけ睨み返し——そして、すぐに逸らす。「……はっ」と、短く鼻で笑った彼は懐から少し青みの抜けた聖骸を取り出し、キキの方へと投げた。


 「……真っ直ぐな目をしてる。都会に夢見てた頃の自分を見てるみたいだ。胸糞わりぃ……酒がないと見返す事も出来ねぇ」

 「そ。誉め言葉として受け取っておくわ」


 悪態を軽く流したキキは受け取った聖骸を懐にしまい踵を返す。


 「……おい、待て小娘」


 しかし、呼び止められ足を止めた。これ以上、何かを言われるのが嫌だったのか、彼女が振り向く前に、マックスは二の句を被せて来た。


 「……バーリー兄弟はこの混乱に乗じて逃亡するつもりだ」

 「っ!!」


 その口から出た突然の言葉に、キキは思わず振り返った。


 「……昨日の夜、ジェジフのクソ野郎からこの地区でキャリバン召喚しろという指示を受けた。多分、隣の地区の駅を見張ってる軍や警察を引き剥がす為だろうぜ? 今日はあそこの駅から急行便が出てるからな……イヒヒ」

 「……、……もしかして、罪滅ぼしのつもりなの?」

 「……」


 再び真っ直ぐな瞳でこちらを見て来るキキの目を、淀んだ目で見返す。しかし、やはり数秒程で逸らしてしまったマックスは、彼女の問い掛けを無視。大きく溜息を吐きながら仰向けになった。


 「……行けよ、ヒーロー。俺たちの罪を倒してくれるんだろ?」


 イヒヒ、と。露悪的に口角を吊り上げて笑ったマックス。


 そんな彼の態度が不快だったのだろう。少し眉根を寄せて、キキは目を細めた。


 「……えぇ、倒してあげるわ。チャラにはならないけどね」


 釘を刺すようにそう言い、キキは再び踵を返す。リボルビングライフルを構え直し、最後にチラリとマックスの方へと振り向いた後、南方向へと走り出した。


🕊


 「ハァ、ハァ……! クソっ、まだっスかキキさぁぁ~~ん!!」


 アポン=エイヴォン第二商業区、南方付近の大通り。


 人気のない石畳の道である。


 騒ぎをいち早く聞きつけたルースとキキが、キャリバンを足止めした為か、近隣住民の避難はおおかた済んでいるらしい。息せき切って走りながら、ここにはいない先輩へと叫んだルースは、内心で嬉しい誤算だったと喜ぶ。


 しかし、状況は最悪である。


 圧倒的に武器と弾薬が足りない現状——。


 キャリバンの再生能力を阻害する武器が一つでもあれば変わったであろうが、無い物ねだりをしてもしょうがない。冒険者である以上は、逆境に次ぐ逆境など、当り前に受け入れていかなければならないのだ。


 『オォォォオオオ……!』

 「舐めんなよ……!」


 腕と尾を地面に着き四つん這いの態勢で突進してきたキャリバンに対し、ルースは一度足を止めて踵を返す。そのままサーベルを構えながら突っ込んだ。


 彼を圧し潰さんと迫る手をヒラリと躱し、サーベルで往なし、斬り落とし、怪物の胴を目掛けて走って行く。最後の腕の攻撃をスライディングで躱し、そのままキャリバンの胴の下へと潜り込んだ。


 「ぐっ、ぅうううおぉぉお!!」


 そして。


 まるで魚でも掻っ捌くように、腹に刃を突き立て全力で駆け抜けた。


 切り裂かれた胴の中身は伽藍洞である。しかし、莫大な量の精霊が一ヶ所に集中している為か、切傷の中から液状化した精霊が、ドロリと血液のように噴き出して来る。


 『——キュォォォォオオオオオォォ~~……ッッ!』


 再生すると言えども、やはり痛みは感じるらしい。


 苦痛に叫んだキャリバンから刃を振り抜いたルースは、転がるようにして胴の下から跳び出る。敵の姿を確認したキャリバンは、歯を剥き出しにして怒りを露わにし、自らの凶悪な手と尾を、彼へと迫らせた。


 リボルバーの銃弾でそれを牽制し、ルースは再び突っ込む。今度は背中に跳び乗り、刃を突き立てた彼は、そのままキャリバンの背を駆け上がった。


 先程と同様にドロリとした精霊の血液が噴き出し、キャリバンの絶叫が鳴り響く。


 見事、キャリバンを腹開きと背開きにしたルースは、思わず「良しっ……!」と呟いた——。


 「……っ!?」


 ——正に、その時だった。


 突然・・表皮から生えて来た手・・・・・・・・・・が、ルースの足を掴んだのは。


 そのまま力任せに投げ飛ばされた彼は、凄まじい音を立てて家屋へと突っ込んだ。


 『ォォォ、ォオオオオォオオ……!!』


 まるで、勝利を確信したように雄たけびを上げるキャリバン。


 舞い上がった砂埃の奥。倒壊した家屋の中へと顔を向けた怪物の先には、ピクリとも動かないルースがいた。


 ——その胸に大きな木片が・・・・・・・・・・突き刺さった状態で・・・・・・・・・


 血だまりが出来る程の出血量。さらにはあり得ない方向に曲がった腕や足。誰しもが一目で分かる。即死だ・・・。よしんば奇跡的に生きていたとしても、すぐに帰らぬ者になるのは明白だった。


 『……』


 それを理解しているのか、完全に沈黙した敵の元へと、キャリバンは一歩一歩、余裕を感じさせる歩みで近付いて行く。


 『オオォォォォォォォォォォオオオオオオ……!!』


 ダメ押しとばかりに振り上げた腕を、けたたましい咆哮と共に振り下ろした。


 「——何時まで休憩してるつもり?」


 巨大な肉塊がルースの死体を圧し潰そうとした正にその瞬間、銃声が響いた。


 リボルビングライフルの撃鉄——その先についた小さなファイアリングピンを下に降ろし、キャリバンの腕へと向けて放たれた散弾銃ショットシェルである。


 一撃で腕を撃ち飛ばしたその銃撃音が空へと木霊して行くと、千切れた腕が隣に家屋へと落ち、衝撃音を響き渡らせる。再び砂煙が舞い、周囲の視界が遮られる。


 唐突な出来事にキョトンとしたキャリバンは、遅れてやって来た痛みに悲鳴に似た叫び声を上げた。


 「ほら、とっとと起きなさい? すぐ近くの十字路に仕掛けて来たわ」


 そんな自分の悲痛な声をいに返した様子も無く、響き渡った女の声。先ほども聞いた声だ。おそらく自分の腕を撃ち飛ばしたリボルビングライフルの持ち主——キキ・アグノーメンだろう。


 「……仕掛けて来たって……よく触媒見つかりましたね」


 だが・・。キキに話し掛けるもう一つの声は、あり得ないものの筈だった。


 「アイツが持ってた聖骸使っただけよ」

 「……それ、後で怒られません? 一応あれ、禁忌指定の精霊資源っスよ?」

 「しょうがないでしょ? 緊急事態なんだから」


 風で砂煙が晴れて行き、露わになった二つの影。


 一人はキキである。目の前に佇むハーフエルフの少女は、何でもない事のようにリボルビングライフルを肩に担ぎながら、此方を睨んでいた。


 そして、もう一人。


 「うへぇ……血でビチャビチャですよ。洗濯大変だよ、これ……」

 「……ちょっと! 血飛び散るからあんま動かないでよ! 汚いわね!」

 「……こんな状態の後輩に掛ける言葉がそれっスか?」


 血塗れの服を手で払うルースが、そこに立っていた。


 折れていた筈の手足はピンピンしており、大穴が空いている筈の胸の傷は跡形も無く消えていた。


 「さて——。あんまりうかうかしてられないし、そろそろケリつけりわよ」

 「了解です」


 何故? そんな疑問を抱く暇を与えぬとばかりに。


 短い作戦会議を終え、キキは大通りの北側——広場の方へ走り出した。


 キャリバンの怪物の頭がそれに釣られて左へ動くが、「おい!」と投げ掛けられたルースの言葉に反応し、頭の向きが戻った。


 ルースは額の血を手で拭うと、キャリバンの向かって手を差し出した。


 「……そうだ、こっちを見ろ。コレはお前の・・・・・・大好物だろ・・・・・?」

 『……』


 その行動の意味を訝しんだのか、不気味に首を傾げたキャリバンは数秒間ルースが差し出した手を、存在しない眼で凝視した。


 すると、一瞬——。


 ゆらり……と。


 青い燐光が・・・・揺らめいた気がした・・・・・・・・・


 『オオォォォォオォオオオオオオオオオオオォオオ————ッッッ!!!』


 次の瞬間、突如これまでにない程の叫び声を上げたキャリバン。


 喜んでいるようにも、興奮しているようにも見える怪物は、全身から何本もの腕を生やし、今まで以上の異形へと変貌を遂げる。


 全身から生えた腕と尾で四つん這いになったキャリバンは、猛スピードでルースへと襲い掛かった。


 その攻撃を転がるようにして躱し、ルースは全力で駆けて行く。十数メートル先の十字路——チョークで描かれた複雑な術式の中央で、聖骸を手に立つキキの元へと走った。


 そして。


 「——【慈悲なき戦場いくさばにて、火は終演しゅうえんの調べ】」


 凛とした声が響いた。


 「【鳴り響くは悲壮なる叫喚きょうかん、悲痛なる慟哭。我はこの鎮魂を唄う者、火をち弔うつわものの礼】」


 聖骸から弾ける青い燐光——精霊の光。


 魔力を使った下位の魔法ではなく、より広大に、より強大に、敵を殲滅する為に編み出されたその上位魔法は、そのエネルギー源として魔力ではなく精霊を使用する。


 「【あぁ、どうか——彼等が歩む黄泉の旅路に、多くの幸があらん事を】……」


 キキによって今まさに放たれようとしているその魔法の名が叫ばれた。


 「——【アポテフロスィー】……っ!!」


 瞬間、ぼぅ——、と。


 赤い燐光が急激に熱を帯び、炎へと変わる。


 決壊したダムのように堰を切って溢れ出した炎の本流は、まるで意思を持っているのかのようにキャリバンへと襲い掛かった。


 『キュォォオオオオオォォォォオォォオォ~~ン……ッッ!!?』


 周囲の家屋や瓦礫を溶かしながら進んだ炎は、一切の容赦なくキャリバンを焼き焦がして行く。


 再生するよりも早く勢いを増して行く炎。


 キキの周囲から召喚され続けるそれは、苦痛にのたうち回りながらキャリバンが、海の中へと逃げてもなお、怪物の肉体を燃やし尽くした。


 そして。


 十数秒ほどの時間を経て、キャリバンの甲高い悲鳴が聞こえなくなった頃——。


 「一丁上がり……ってところかしら?」


 晴れた炎の中から、青い燐光となって消え始めたキャリバンの死骸を見て、キキは近くに立つ後輩へ向けて、ドヤ顔でウインクした。


 「……」

 「……? どうしたのよ? せっかく勝ったのに浮かない顔して」

 「いや……」


 だが。何故か顎に手を当て考えるような素振りをしているルース。


 何か気に食わない事でもあるのか、彼は口を開いた。


 「どうせ聖骸使うんだったら、俺での髪の毛とかでも良かったかな~って」

 「……、……アンタねぇ?」

 「あっ、いや! 違うっスよ? 分かってます、分かってます! 言っただけっスから! あはは……っ」

 「……」


 勝利の余韻に浸るのも束の間。「……人の気遣いを無碍にするんじゃないわよ」と、キキはこれまでにないほど不機嫌な様子でルースを睨む。


 バツが悪そうに愛想笑いを浮かべる後輩の態度に呆れ、「はぁ……」と溜息を一つ。隣の地区——サザンギャレット第二商業区の駅へ向けて歩き出す。


 付いて来たルースの気配を感じた彼女は、背中越しに真剣な空気感を感じさせる声音で言った。


 「……何時だか言ったでしょ? 私は、アンタを・・・・道具扱いしない・・・・・・・って」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る