第32話-文明を嫌う怪物③・前編
※少し長いので前後編にします。
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「……俺は悪くねぇっ……悪くねぇんだ……!」
給水広場から少し離れた路地裏。犬のように縮こまりながら頭を抱えるマックス・ムスターマンは、遠巻きに聞こえるキャリバンの咆哮に怯え震えていた。
理由は簡単だ。
——
巻き込まれて死んだ人間もいる。悲惨な死に方だった。あの巨体に踏み潰されて、ミンチのようになって地面のシミになっていた。そう。他でもない——。
『オォォォォォォオオオォォ!!』
「……っ!」
戦況が動いたのだろう。
遠かった戦闘の音と共にキャリバンの咆哮がが徐々に近づいて来る。
罪悪感と恐怖で動かない足を必至に動かし、マックスは路地裏の奥へと走って行く。数秒後、彼が先程までいた場所がキャリバンの尻尾で薙ぎ払われた。
「はぁ……はぁ……!」と、薙ぎ払いの衝撃で倒れたマックス。あと一瞬遅ければ、自分もペシャンコになっていた事実に震えつつ、しかし、何とか助かった事への安堵で破顔した彼は、何かに気付いたように倒壊した建物の向こう側を見る。
そこにあったのはキャリバンの巨大な影。そして——。
「何で……アイツらがここに……?」
【PEOPLE OF THE ABYSS】で見かけた少年と少女だった。
🕊
『オォォォォォォオオオォォ!!』
「私は右! アンタは左から行きなさい!」
「了解!」
広場から少し離れた十字路。辺り一帯はキャリバンが暴れたことにより、建物の残骸が散乱している。薄っすらと土埃が舞う中、愛銃を手にしたキキとルースは、轟く怪物の怒号をものともせずに突貫した。
キャリバンを中心として左右に旋回する二人。
突き付けられた二つの選択肢に迷ったのか、腕と尾を地面に着き四つん這いのような態勢で二人へ突進してきていたキャリバンの怪物は、急に足を止め、口しかない頭を左右に振った。
足を止めればただのデカい的である。
頭に、胴に、腹に、尻尾に、と。二人は見境なく弾丸を打ち込んでいく。
しかし、撃ち飛ばした端から再生していくキャリバンの肉体。痛覚は無いのだろう。呻き声の一つも上げずに、淡々と身体を旋回させながら圧し潰してこようとするキャリバンの攻撃を二人は軽快な身のこなしで躱して行く。
舞い上がった土埃に隠れ蓑に、二人は瓦礫の後ろに隠れた。
「あぁ、もうっ……埒が明かないわね! 魔法打てないじゃない!」
「アレ、普通の魔法じゃ倒せないっスよ……再生力が尋常じゃありません。触媒ありの大魔法じゃないと……っ!」
「……分かってるわよ! その触媒が無いから言ってんの!」
自分達を探すキャリバンを警戒しつつリロードをする。
苛立った様子で乱暴に弾を込めていくキキの言う通り、このままではジリ貧だ。
アレだけ巨大なキャリバンを倒す魔法ともなれば、魔力のみを消費して行う下位の魔法ではなく、精霊資源とルーン文字を利用した強力な魔法を使う必要がある。
術式を書くにも、詠唱するにも、触媒を調達するにも、とにかく時間が足りない。
「「……っ!」」
そんな二人の焦燥に満ちた思考を遮るように、パラパラと瓦礫が落ちる音が鳴る。
咄嗟に後ろを振り向き銃を構えた二人。しかし、そこにいたのはキャリバンの怪物では無かった。
「お前は……たしかシャーウッドの会の……」
「……お、俺は悪くねぇぞ……!?」
ルースが呟くに反射したように、マックス・ムスターマンが声を上げる。
彼の何かに怯えるような表情を見て、二人はすぐに察した。
——『こいつか。あの怪物を召喚したのは』、と。
「……俺は悪くないって何? もしかしてアレを召喚した事?」
「く、来るな……!!」
責めるように口元を引き結んだキキが、マックスを睨みつけながら近付いて行く。その足を止める為にマックスはピストルを構える——が、バァン! と。目にも止まらぬ早撃ちで、キキはそのピストルを撃ち飛ばした。
『オォォオオオ……』と。今の銃撃音に気付いたキャリバンが、二人の方へ頭を向けた。ゆっくりと巨大な足音が近付いて来るのも気にせず、キキはマックスの胸倉を掴み上げ睨みつける。
「……アンタ達の境遇には共感するわ。私たち冒険者だって他人事じゃないもの。未来の無い私たちの絶望を、当たり前のものとして受け入れた社会に、私たちだって思うところはある……」
罪悪感と憤慨が入り交じったような表情で瞳孔を震わせるマックス。
自分の半分にも満たない人生しか生きていないような小娘に言われている事が気に食わない——まるで、そう言いたげな表情だ。しかし、キキが言わんといている事は、昨日、マックスがハンスに言えなかった事だ。
——……。……なぁ~、ハンスよぉ~? お前、本当に第二労働区で
——……。あぁ、使うよ。
——……そうか。……変わっちまったなぁ……色々と。昔のお前は、もっと、こう……人情っつぅか人道的っつぅか、人の心みたないもんがよぉ……。
——酔いが回り過ぎてるぞ、マックス? 肩を貸した方がいいか?
——……。……イヒヒ! いいってぇ、いいってぇ! 自分で歩けるぜぇ~、俺はよぉ~! イヒヒヒヒ……!
あの時の会話で、もしマックスがその言葉を続きを紡いでいたのであれば、何かが変わっていたのかもしれない、と。
ただ押し黙る彼へと向けて、「……でもね」と。
キキは言葉を続けた。
「……未来の無い人間はいても、過去の無い人間なんていないの。全員、過去が積み重なった今を持ってる。今を積み重ねて未来を作ろうとしている。その未来を、理不尽に奪っていい理由なんてないわ」
そう言って、キキはマックスを掴む手を離した。
「理不尽に未来を奪われたアンタ達なら、それが分かる筈よ」
いつの間にか自分達を覆い尽くしていた巨大な影へと振り向き、愛銃を構えた彼女はファイアリングピンを下に向けた。彼女に倣うように、ルースもサーベルを構える。
『オオオォォオオオォオオオォオォォォォォオオオ……!!』
次の瞬間——。鉤爪を振り上げたキャリバンが、三人へ目掛けて振り下ろした。
だが、その鉤爪が三つの命を奪い去るような事は無かった。
鉤爪が振り下ろされるその瞬間、周囲に鳴り響いた散弾銃の銃撃音と空を切るサーベルの斬撃音が、キャリバンの腕を撃ち飛ばし、そして斬り落としたからだ。
宙を舞った巨大な腕が瓦礫の上に落ち、周囲に轟音を響かせる。
『オオオオオオオオオオオオオオォォォォオオオオオオ~~~!!!』
怒り狂ったようにキャリバンが咆哮を上げる。
まるで神話に出て来る怪物さながらの恐ろしさを讃えるキャリバンの姿に圧され、腰を抜かしたマックスは、ただ怪物を仰ぎ見る事しかできない。
しかし、そんな彼へと向けて。
勇敢に佇む二人の冒険者はそれぞれの武器を構えた。
「——良く見ておきなさい? あの怪物こそが、アンタ達の罪よ」
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