第23話‐小鳩たちの巣立ち①・前編
※今回は一話で掲載すると少し長すぎるので、前後編にします。
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光が大気を通る時間が長くなった頃。赤みとオレンジが強くなり始めた空からは、徐々に青色が失われ始めていた。
その皺の一つ一つを形作る排気蒸気を上げる煙突の数々。場所はゴルドリック=ハーデン第二労働区、溶けた鉄屑や錫の匂いが立ち込めるマーディー工業地帯である。
「——で、マスター? 何で私たち、犯罪者たちと一緒に仲良く工業地域の観光なんてしてるの?」
砂利を押し固めて造られた大通りの一角。
一台の蒸気バスの最後部座席、不満気に嘆を漏らしたキキと、その隣で少し苛立ったように眉根を寄せたルースの視界には三人の犯罪者たちが拘束された状態で座っていた。
粗雑な荒縄で手足と胴をグルグル巻きにされたケインとミーシャ。
そして、鉄の鎖で全身をグルグル巻きにされたジャンである。
彼らの一つ前の席で頬杖を突くアスマは、部下の責めるような抗議の声を面倒そうに受け取ると、これまた面倒そうに首の裏を指で掻きながら口を開いた。
「しゃァねェだろ……車全部ブっ壊れちまったんだから。コイツら運ぶのに足が要ンだろ?」
「……一台はマスターがヘマして
「……」
ルースの皮肉気な補足が入る。バツが悪そうにアスマは押し黙った。
少々生意気な部下の態度に言い返してやりたい場面ではあるが、今回の標的であったハンス・シュミットを逃したのはアスマのミスである。
見ると、キキとルースは全身ボロボロだ。キキに至っては、致命傷ではないものの腹部に銃弾が掠ったような跡がある。おそらくジャンとミーシャの二人と、壮絶な戦いを繰り広げたのだろう。
死に物狂いで仕事をやり遂げた自分達とは違い、全てを任せた上司はヘマをやらかしているのだから、彼らからすれば面白くないのもの理解できる。自分達の努力を水の泡にしてしまった人物に対し、こんな態度を取ってしまうのも当然だ。
「なぁ、オッサン? 俺たちはこれからどこに連れて行かれるんだ?」
少し気まずい空気感の中、俺たちには関係ないねとばかりにケインが口を開いた。
「できれば警察に突き出される前に、飯の一つくらいは食いたいんだけどね? 何せシャバで食う最後の飯になる」
「……あァ、それなら安心しろよ。今、オレたちのギルドホームに向かってる。多分、エマがイライラしながら待ってる筈だ。引き渡すまでに少し時間があるだろうから、隣の食堂でたらふく食うといい」
「っ! ……マスター、こいつらギルドに連れてくんですか?」
「……とっとと警部に引き渡せばいいじゃない! 何でわざわざギルドに連れてくのよ?」
ギルドに三人を入れたくないのか、少しムッとした表情でキキとルースが反対した。よほど激しくやり合ったのだろう。先程からジャンとミーシャの鋭い視線が、キキとルースに注がれている。
「私は反対! 特にこのチビは絶対ダメっ。縄解いたら襲って来るわよ!」
「ん。その時は一番最初にお前から襲う」
「キキさんの言う通りっスよ! 俺もう嫌ですからね! ベオルヘジンとタイマン張るなんて!」
「俺様はリベンジマッチと行きたいところだが?」
「……やめろ、オマエら。ケンカ売ンな」
「……オマエらも買うなよ」
バチバチバチバチ! と。言いながら視線に火花を散らせる四人。
そのまま子供のように言い合いを始めた四人を呆れ顔で眺めるアスマとケイン。前方の乗客から向けられる迷惑そうな視線に胃をキリキリと痛めた彼らは、愛想笑いを浮かべておく。
はぁ~、と。部下たちの暴走に溜息を漏らした。
「……お互い部下がバカだと苦労するな、オッサン?」
「あァ、全くだよ……若いヤツらは何をするにしても直情的過ぎだ。力があれば何でも要求が通ると思ってる節がある……尻を拭く年寄りの身にもなって欲しいぜ」
「ははっ、そう言わず拭いてやれよ。アンタも若いころはあぁだったんだろ? ——『
「……、……何だ、気付いてやがったのか。それでよくオレに挑んだなァ、オマエ?」
「言ったろ? 最後の仕事だって。引くわけにはいかなかったのさ」
「……」
どこか寂し気に、ケインは窓の向こう側を見て微笑んだ。その言葉の真意を理解できてしまったアスマは、反対に口元を引き結ぶ。
——アスマは丁度二〇年ほど前、民間の騎士と呼ばれていた世代の冒険者である。
魔獣を相手に戦っていた黄金世代に冒険者とは違い、アスマたち民間の騎士世代の冒険者はギャングや海外マフィア、他にも裏稼業の人間たちの犯罪を取り締まり、犯罪の抑制に努める——言うなれば、今の警察のような仕事をしていた。
人を相手に戦っていた民間の騎士世代の冒険者は、他の世代の冒険者よりも、対人戦に特化している。
大味で高火力の攻撃方法を持っていた黄金世代や、銃を主体として戦うケイン達——『終わりの世代』とは違い、対人戦において民間の騎士世代の冒険者は無類の強さを誇った。
それを知った上で自分との戦いに挑んだケインの胸中は、容易に想像できる。
——きっと、それだけ固い覚悟で今回の仕事を受けたのだろう、と。
「……仕事が来なくなってから、もう一年になるかな。ブロンズチャペルの湾岸施設で日雇いの仕事をしながら食い繋いでたんだ。でも……不景気の影響で日銭の額もだんだん下がって来て、カピカピの黒パンを買う事すら難しくなってきてさ……ハハハ……ついに手を出しちまったよ、
知ってか知らずか、アスマの内心の言葉に答えるように、ケインが口を開いた。どこか自虐的に語る彼の声は、アスマの目には少し濃過ぎる疲労の色が滲んでいた。
「時代ってヤツに追放されたよ。冒険者の居場所は、今の社会にはもう無いんだろうな……。ジャンとミーシャと俺の三人でアイシス川のドブさらいの仕事をしながら、毎日毎日考えてたよ。——『冒険者っていったい何なんだろうな?』って」
「……」
仕事の無い冒険者の末路は、
前職が冒険者というだけで再就職の叶わない冒険者を、アスマは何度も見て来た。彼らもそんな先人たちと同様の人間なのだろう。仕事をしたくても職にあぶれ、仕方なく犯罪に手を染めた類の『どん底の人々』……それが彼らだ。
「……何でハンス達の仕事だったんだ?」
「何でって何だよ?」
「……色々あったろ?
「ハハハ……
「……いや、出そうとしたらビンタされたよ。『そんな事するくらいなら、ウチの店でバーでも開いてよ』ってな」
「なるほど——」
——
本人は無自覚だったのだろう。
たったそれだけの短い一言には、ケインと彼の仲間二人の現実というものが詰まっている。僅かな羨望と皮肉のニュアンスが含まれたその言葉は、悲劇に酔う人間特有の自虐に満ちていた。
「……」
こういう時、どう返事をすればいいか分からなくなる。それでもアスマは、「……そうだな。あァ、きっとそうだ。恵まれてたンだろうな。この歳になって気付いたよ」、と。
僅かに空いてしまった沈黙を嫌うように、意味の無い返答をした。
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