第24話‐小鳩たちの巣立ち①・後編

※今回は一話で掲載すると少し長すぎるので、前後編にします。

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 「……いっそ、根っこから悪人になりきれたらよかったんだけどな……どうにも俺たちは、善人にも悪人にも振り切れないような中途半端な人間だったらしい……。良心が邪魔をしたよ。クソみたいな仕事をしたくなかったんだ。せめて正義のある仕事をしたかった」


 血に染まった足を洗う事は出来るだろう。だが、悪事に染まった手を洗う事は出来ない。血の色は落ちても、その過去は何時までも追いかけて来るものだ。


 だからこそだったのだろう。


 冒険者としての意地が、最後の矜持が、彼らにこの仕事を選ばせたのだ。


 「ハンスの旦那たちが今、どんな立ち位置にいるか知ってるか?」

 「……リベルタスの暮らしはそれなりになげェ。大体の事情は想像つくさ」

 「そうか。なら分かるだろオッサン? あの人たちは、俺たちと同じだ・・・・・・・


 そう言うと、ケインは窓の向こう側に指を差した。


 そこに広がっていたのは、ブロンズチャペルに向かう外輪蒸気船で見た不当な労働に対するデモ行進の跡だった。あちこちにプラカードや旗が散乱しており、暴徒化したデモ行進者たちによって破壊された瓦礫が転がっている。


 「ハンスの旦那達だって、何も最初からテロリストなんてやってたわけじゃない。昔は真っ当な手段で自分達の主張を叫んで、社会との話し合いを望んでいたんだ」

 「……あァ、知ってるよ。シャーウッドの会が理想の労働運動組織だったのは」


 ——エマから貰った資料に書いてあったことだ。


 ラダイト運動を行っていた派閥は昔から幾つもあったが、何もその全てがいたずらに機械を破壊して回っていたわけでは無い。過激派に移行する前のシャーウッドの会のように、言葉で自分達の権利を叫び、ブルジョワ達と交渉に望んだ者もいる。


 そもそもとして、彼らのようなラダイト運動支持者達の最初の目的は、機械の撲滅などでは・・・・・・・・・無かった・・・・


 「……昔からリベルタスに住んでる奴ならみんな知ってる事だ。ラダイト運動の支持者の多くは、機械の登場で仕事をクビになった奴と、クビにされることを恐れた奴らだった。そういうヤツらは皆、別に機械そのものを憎んでたわけじゃァねェ……別に機械との共存に賛成だったヤツらだって、五万といた」


 その元々の目的は、この惨状を生み出した労働運動者達と同様に、労働環境と待遇の改善だった。恨みと焦燥感に駆られて暴徒化し、機械を破壊して回った者達とは異なり、その主張を通す為に用いた手段は正当なものである。


 ならば何故、彼らシャーウッドの会は過激派に移行したのか?


 「……難儀な話だ。少しづつ……少しづつ主張は通って行ったはずだったのに、今度の敵は機械じゃなく——若い労働者・・・・・だったンだからな・・・・・・・・……」


 そう。彼らの念願は叶い、昔よりも労働環境やその待遇は見違える程に良くなった。工場法の設立や労働組合の発足に留まらず、選挙に関する法律にまで影響を与え、労働者達の暮らしは格段に良くなったのである。


 しかし、人口爆発と共に爆増した労働者の数は、新たな問題を産み出した。


 雇用問題である。


 工場で雇用できる総人数を、リベルタスの総人口が上回り始めたのだ。


 「……昔に比べて、リベルタスはアホみたいに人が増えたよ。そりゃァ職にあぶれる人間も出て来る。しかも間のわりィ事に、時代は機械を受け入れ始めた最初に時代……ベテラン職人・・・・・・のいない時代・・・・・・だった・・・

 「あぁ……だからだよ・・・・・。多くのブルジョワは、物覚えのいい若者を優先的に雇い入れた。酔ったハンスの旦那たちから、何度も愚痴を聞かされたよ。……『どこも俺たちを雇ってくれない。俺たちはクビにされたくなくてデモを起こしたのに、これじゃ意味がない。俺たちは何の為にデモを起こしたんだ』って……」


 彼らシャーウッドの会の名誉の為に断っておくとすれば——。


 シャーウッドの会がまだ穏健派だった頃、彼らは今アスマの視界に広がる惨状を引き起こした暴徒たちのように、むやみやたらと街を破壊して回ったり、混乱に乗じて強盗や殺人を犯すような悪道には決して堕ちてなどいない。


 先ほどアスマが言ったように、彼らはかつて理想の労働運動組織であった。


 プラカードと旗を掲げてデモ行進をし、暴力ではなく言葉で訴え続けたのだ。


 暴徒鎮圧の為に出動した軍の暴力に、暴力で返すような真似は決してせず、労働者側の無理な主張だけを押し通す気はさらさら無く、ブルジョワたちの事情を十分に考慮し、交渉によって意見を擦り合わせを行うつもりであった。


 ——彼らは決して、悪人などでは無かったのである。


 そんな彼らが過激派に移行したのは、少しだけ怒り交じりに唇を噛み締めるケインの言葉通り——ブルジョワたちが、若者を積極的に雇い入れたからだ。


 結果的に、ハンス達のような歳を取った労働者達は職にあぶれる結果となり、ケイン達と同様に『どん底の人々』となった。


 「暴れっぷりを見れば分かるだろ? このデモ行進を起こした奴らの大半は、若い労働者だ。今このリベルタスの労働の現場は、若者が大半を占めている。年寄りはお呼びじゃないとばかりにな……」

 「……」

 「シャーウッドの会が過激派に移行したのはそれが理由だ。……ハンスの旦那達だって分かってるんだよ。こんな事をしたって意味がない、何も変わらないって。だけどな……怒りっていうのはどこかで発散しなきゃ駄目なんだ」


 だから、当然だろ? ハンスの旦那達がやってるのは正しい事だ、と。


 開き直ったように肩を竦めたケインが、アスマを見る。


 「ハンスの旦那達が機械を打ち壊すようになったのは、ハンスの旦那達のせいじゃないっ……。悪いのは社会さっ。アンタなら分かってくれるだろ、オッサン……っ?」

 「……、……つまるところ——オマエらがハンス達の仕事を受けた理由は、それか・・・?」

 「——っ」


 一瞬の間の後、アスマが言った言葉にケインが肩を震わせた。


 図星だったのだろう。酷い顔をしている。『自分の過ちを肯定して欲しい』——そんな人間の弱さがこれでもかと溢れ出た表情だ。こんな顔を向けられると、正直どうすればいいか分からなくなる。


 ——この国には『ヤツの踏み地面まで憎い』という言葉がある。


 その人物を憎むあまり、その人物に関連する全ての存在が憎く思える事の例えだ。


 目の前の若者と、そしてシャーウッドの会は、きっと今……社会というものに対して、同じ思いを抱いているのだろう。


 殺し、運び屋、人攫い、違法薬物の売買から盗みまで——。


 裏の仕事なら幾らでもあった筈だ。数ある選択肢の中から、それでも彼らがハンス達の用心棒を選んだのは、似たような境遇だったハンス達への同情だったのか、それとも共感だったのか……。


 どちらにせよ、彼らがハンス達の仕事を受けたのは、自分達と同じくどん底の人々であったハンス達と重ねていたからなのだろう。


 シャーウッドの会が行う社会への報復を通して、少なくとも目の前の若い冒険者は、ある種の快感を得ていたのだ。麻薬に似た、一瞬の現実逃避に身を委ねる事に、彼は耽溺してしまったである。


 「……」


 下を向いて口を閉ざしてしまったケインに、アスマは気を重くしながら言った。


 「なァ、ケイン……誰も巻き込まねェ復讐っつゥのはな、案外ムズかしいもンなンだぜ? 憎んだ対象がデカけりゃデカい程な……。オマエらが——いや、オレら・・・が社会に復讐なんてしちまえば、そこで暮らしてるヤツらはどうやったって巻き込まれるンだ」

 「……だから俺は間違ってるって言いたいのか? ハっ……勘違いしてたよ! アンタもそっち側か・・・・・っ。だったらこれ以上話す事なんてないぜ? 正論がいつも正しい結果を齎すと思っているような奴らが、俺は大っ嫌いなんだ……っ」

 「……それが分かンなら理解できる筈だ。オマエが正論聞かされンのが嫌なように、オレらの恨みとは関係の無いヤツらだって、オレらの暴論を受け止めンのが嫌なんだよ」

 「……」

 「……心配すンなよ。別に諭そうと思って説教してる訳じゃァねェ」


 ただ覚えてはおけ、と。一度言葉を区切って、少し悲しそうに微笑んだ。


 「——関係ねェヤツらを巻き込む復讐は、やっぱダメさ……」


 アスマの言葉にケインは何も答えなかった。


 その心情の内側に一体どれだけの惨めさがあるのかを、アスマは理解できる。だが、それでもこればかりは言わなければならないのだ。年寄りロートルたる自分が、彼らのような若者の尻を拭くのは当然のことである。


 「——あのぉ~……マスター?」


 と、その時であった。


 聞き慣れた声がアスマの耳朶を打つ。振り向くと、ルースが少し気まずそうな表情で愛想笑いを浮かべながら自分を見ている。その隣に立つキキは、何故か苛立ちと恥ずかしさが入り交じったような微妙な顔をしていた。


 見ると、ジャンとミーシャも似たような表情で固まっており、先ほどまで下を俯いていたケインも、何事かとアスマの顔をまじまじと見る。


 「……あー……もう、ギルドついたんスけど……そのぉ~——」

 「——マスター……シリアスな話をするのはいいけど、時と場合を考えてくれないかしら? さっきから視線が痛いんだけど……」

 「……ん。公共の場で話すようなことじゃない」

 「お前たちは空気を読むという事が出来ないのか……?」

 「「……は?」」


 揃って似たような発言をした四人の言葉に押され、アスマとケインは前方の座席に視線を向ける。


 するとそこには、先ほどまで部下たちの言い合いに向けられていた迷惑そうな視線を、自分達に向ける乗客たちの姿があった。


 そこで初めて、ここが公共の場であった事を思い出したケインとアスマは、先程までの自分達の遣り取りを思い出し気恥しさのあまり赤面する。誤魔化すように、何度も咳払いをして立ち上がると、急ぎ足でバスの外へと降りて行く。


 「よ、よしオマエら準備しろ! 愛しい我が家ギルドホームが待ってるぜ!」

 「さ、さぁ行こうぜジャン、ミーシャ! どんな旨い飯が待ってるんだろうな!」

 「「「「……」」」」


 情けない後ろ姿を半眼で見つめた四人は、はぁ~、と小さく溜息を一つ。


 迷惑そうな視線で自分達を見る乗客たちに、愛想笑いを浮かべながら上司の背中を追いかけた。

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