第25話‐小鳩たちの巣立ち②

 所変わってアポン=エイヴォン第二商業区、食い倒れ通りエッセンストリート


 飲食店が多く建ち並ぶその大通りには、仕事を終えた労働者達が行交っている。翌日が安息日という事もあってか、普段の鬱屈とした影のある空気感を纏った者は、それほど多くはない。


 労働からの解放感がそうさせるのか、或いは、純粋に酒の力なのか——。


 飲食店が数多く共在する通りという事もあって、周囲には充満したアルコールの匂いが漂っており、ちらほら酔っ払った中年たちが、次の店はどこにしようかと、談笑に花を咲かせている。


 「——それで、アスマ? ドーセットストリートでの大暴れ、おまけにブロンズチャペルの旧工場跡地でのガトリングガンの乱射っ、しまいにゲダイエン大橋での爆破事件……っ! 確かにアンタたち冒険者に依頼した以上……っ、ある程度の街への被害は考慮はしていたけどねぇ……っ?」


 そんな和やかな空気とは裏腹に、【GLORIOUS MEMORY】の店内では明確な怒気を孕んだ声音を必死に抑えながら、プルプルと震えるエマの姿があった。


 適当な文字で『被害報告書』と書かれた用紙をアスマから受け取った彼女は、そのふざけた内容の紙をグシャリと握り締めると、不貞腐れたような態度でテーブルに座る三人の冒険者へ向けて怒声を張り上げた。


 「——やり過ぎだぁぁぁぁ、こんのバカタレ共がぁぁぁぁぁぁ~~~~!!?」

 「「「……」」」


 店内にビリビリと響き渡るエマの叫び声を、アスマ、キキ、ルースの三人は耳を塞ぎながら視線を逸らす。少しだけバツが悪そうにしながらも、怒られることに納得がいかないのか、唇を尖らせながら口を開いた。


 「……そんなに怒らなくたっていいじゃないスかぁ~。俺たちこれでも頑張ったんスよぉ~? 報酬ぶん位は働いたと思いますね、俺は~」

 「……そうよそうよー。大体、ハンス達が用心棒雇ってるなんて知らなかったしー、私たち悪くないと思うんだけどー?」

 「……ホントだよ。オレらは仕事をしただけだっつゥのによォ~? その言い草はねェンじゃねェのォ? 警部よォ?」

 「……こんのぉ……っ!」


 全く反省の色が見えない三人。腹の立つ態度にエマは思わず握り拳を作り、ぐぬぬぬぬぬ……! と歯ぎしりするが、ついに怒りを通り越し呆れが勝ったのか、「はぁ~……全く、アンタ達って奴は……」と、どこか疲れたように溜息を吐いた。


 「……まぁ、この処罰については後でいいさね」


 「それよりも——」と。言葉を続けたエマは、視線をアスマ達三人から先程からカチャカチャと食器がぶつかる音が煩いテーブル席へと向けた。


 「次の飯はまだかッ! 今すぐミートパイ10皿を持って来いッ!」

 「ん。店員さん、この空のジョッキお願い。あとラガービールおかわり」

 「お~い、俺のフィッシュ&チップスまだぁ~?」


 その席には見知らぬ三人組がテーブルいっぱいに並べられた食事とジョッキを、凄まじい速度で空にしている。特徴的な恰好を見るに、おそらくは冒険者だろう。


 安息日が近いという事もあり、今日は店が休みである。その為か、店内はがらんとしており、店内の給仕たちも少ない。しかし、彼らは思いもしなかっただろう——。


 「あばあばあばばばば~~……っ!」

 「キキ、ルース! ちょっと手伝って!!」

 「「……え゙っ?」」


 彼らへ次々に提供される料理の数々。そして、空になった食器を運ぶ給仕たちは、たった三人の大食漢の暴飲暴食にてんてこ舞いの様子である。


 目を回してミートパイをひっくり返した猫毛種キャットピープルの新人給仕をフォローするアスカが、忙しさのあまりキキとルースに救難信号を出す。苦い顔をしながら、二人はトボトボと更衣室に歩いて行った。


 「……どういう状況だい、これは……?」

 「まァ、色々あってな?」

 「色々……?」


 はてなを浮かべて固まっていたエマの疑問に答えるように、アスマは滔々と彼女の疑問に答え始めた。


🕊


 「——っつー訳で、オレらとドンパチやったハンス達の用心棒がコイツらって訳だ。警察の方で事情聴取でもするといい。有益な情報の一つや二つは出ると思うぜ? ……あ、因みにゲダイエン大橋の爆破と、ドーセットストリートの暴走、あとブロンズチャペルの旧工場跡地でガトリングガンぶっ放したのもコイツらだから、そこら辺の考慮も頼むぜ」

 「おいっ、オッサン! なに罪なすりつけようとしてんだ! ぶっ壊したのほぼお前達だろうが!!」

 「……」


 小声でコソコソと耳打ちしてきたアスマだったが、件の三人組の内の一人——ケインが、そうはさせまいと声を張り上げる。「ったく……油断も隙もねぇな、オッサン……」と、ジョッキを片手にエマとアスマのテーブルに相席した。


 それが気に入らなかったのか、エマが露骨に表情を顰める。


 「はぁ~、冒険者も堕ちたモンだねぇ。確かに最近は犯罪に走る冒険者も増えて来たけど……まさか、犯罪者からの依頼を受けるようになるとは思わなかったよ」

 「……誰のせいだよ、誰の? 俺たち冒険者の仕事を奪ったのはお前たち警察だろ? お前たちが冒険者から『民間の騎士』としての役割を奪わなかったら、俺たちが犯罪に手を染める事もなかったんだ」

 「ハッ……良く言うよ? 治安の維持って言ったって、アンタたち冒険者がやっていた事と言えば、ただただ街で暴れた馬鹿共を取っちめたり、ギャングだのマフィアだのアジトを襲撃したりしていた程度じゃないかい? 暴力で解決できる問題にしか対応できなかった連中が、現代の複雑化した犯罪の抑制や、治安の維持に貢献できるとは思えないねぇ?」

 「……、……あぁん?」


 やたらとケンカ腰にエマへと突っかかっていったケイン。彼女の台詞に癇に障ったのか、ジョッキを呷る手を止めた彼は、アルコールで僅かに荒んだ視線で、エマを睨んだ。


 「オイ。止めろって、オマエら……酒が不味くなるぜ」

 「「……」」


 窘められた二人は、フンっ、と小さく鼻を鳴らして視線を伏せた。まるで子供のような反応を見て、アスマは呆れ交じりに溜息を吐いた。


 ——冒険者と警察の仲が悪いのは、このリベルタスでは有名な話だ。


 警察という存在が社会に登場したのは、ほんの三〇年ほど前の事である。それまで治安維持という仕事は街の自警団や役人たち……そして、彼らから委託される形で冒険者が担っていた。


 その役割を努めたのは、ちょうどアスマ達のような四〇代の冒険者が生きた時代——魔獣討伐や資源の採集ではなく、治安の維持を主な生業とした『民間の騎士』と呼ばれる世代である。


 しかし、時代が進むに連れ、あらゆるものが複雑化した。


 それは犯罪の取り締まりや、治安の維持も例外では無かったのである。


 結果として、冒険者達のように暴力で解決するやり方では、治安の維持が難しくなったのだ。組織としての力を増し始めた犯罪者集団の登場、また、犯罪の手口が巧妙化したことにより、犯人を逃す件数が増加した事、などなど——。


 この近代には自然と、犯罪を予防する捜査・・のプロフェッショナルというものが求められたのである。


 警察という組織は、この時代の需要に応える形で登場した治安を維持する為の社会機構なのだ。


 最初こそ良く分からない組織——しかも、軍から分離した組織という事で、多くの民衆は警察に対して期待や好奇心よりも恐怖心を寄せていたものの、次第に捜査のプロたる彼らの力は証明され、治安は良くなっていったのだ。


 純粋な実績で民衆の信頼を勝ち取った警察は、当然、冒険者から『民間の騎士』としての地位を奪う事となった。結果的に仕事を失い、社会的地位を落とした冒険者達は、金欲しさに犯罪に手を染めるようになったという訳だ。


 その為、治安の維持を努めていた民間の騎士世代以降の冒険者たちは、自分達から仕事を奪い、社会の底辺へと追いやった存在として警察という組織そのものを嫌っている。


 アスマとエマは古くからの知己という事で、そんな確執を超えて軽口を叩き合える仲だが——、本来の冒険者と警察の関係としては、『顔を突き合わせれば喧嘩をする』ケインとエマのような関係がスタンダードである。


 「——アスマの言う通り。お店で騒ぎは起こさないでね、二人とも」


 アスマ達の間に流れる気まずい沈黙を破るように現れたのはアスカだった。


 先ほどまでアンセイムの三人の給仕をしていたが——


 「遅いぞ小僧ッ! 次の飯はまだかッ!?」

 「そこのクズガキ、お前は早くミーシャの所に次のラガービールを持って来るべき。あ、この空のジョッキも全部持ってって」

 「「はいはいはいはいっ、分かりました分かりました……っ! ちょっと待って下さいお客様っ!!」」


 ——どうやらキキとルースが代わりに給仕に入った為、抜ける事が出来たようだ。


 このテーブルに流れる不穏な空気を察して助け船を出しに来たのだろう。「これ食べて機嫌直してね? アスマのおごりだから」と、フィッシュ&チップスと三つのエールの入ったジョッキをテーブルに置いた。


 「……いや、オレ奢るなんて一言も言ってねェンだけど」

 「何言ってるの? この三人連れて来たのアスマでしょ? 全部アスマにツケとくからね」

 「はァ!? オイっ、そりゃねェだろ!」


 アスマの反応が可笑しかったのか、ケラケラと笑うアスカの雰囲気に絆されたのか、僅かに弛緩したエマとケインの空気。「じゃあ、ごゆっくり?」と、役目は終えたとばかりにアスカがその場を後にする。


 「はぁ……私情は後さね。悪いけどアスマ、コイツが逃亡しないように見張っててくれるかい?」

 「……」


 小さく溜息を吐いたエマ。先ほどの不機嫌そうな表情をキリリと引き締め、ケインの方へと視線を向ける。


 その言葉の真意を理解したアスマは、少しだけ顔を顰めた。ケインもそれを理解したのだろう。口元を強く引き結んだ彼は、内心の不安を誤魔化す為か、残りのエールを飲み干した。


 「……わざわざ見張ンなくても逃げねェよ、コイツは。——つゥか、もしかしてここで尋問する気か? 止めろよ、マジで。本部の方でやれ、本部の方で」

 「冒険者を相手にしているんだ。本部よりアンタがいるこの場でやった方が効率がいいさね」

 「……」


 ケインが暴れることを想定してだろう。ピシャリと言ったエマは、既に警察としての顔になっていた。押し黙ったアスマは、観念したように頬杖を突く。


 「ケインって言ったかい? アンタが警察を嫌ってるのは十分理解したよ。だけど……今回ばかりはそれ・・を呑み込んでくれるかい? 何せ関わってるブツがブツだ」

 「……」


 そう前置きしたエマは、強くケインを睨みつけながら問い掛けた。


 「——聖骸は今・・・・誰が持っている・・・・・・・?」

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