第22話‐DANGEROUS SPEEED⑤・後編
※今回は一話で掲載すると少し長すぎるので、前中後編にします。
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言うや否や、どちらともなく二人は突貫する。
先に仕掛けたのはケインだった。
銃撃による牽制で注意を引きつつ、彼我の距離が拳や刃が届く距離になった瞬間——彼は懐からハンティングナイフを取り出し、抉り込むように下からアスマの首元目掛けて振り上げた。
しかし読まれていた。ハラリ、とアスマの髪先を少し切るだけになったナイフ。
大振りになったその一撃を見逃さず、アスマは強く拳を握り締め、ケインの鳩尾へ向けて強烈な正拳突きを叩き込んだ。「ごはっ……!」と、唾液と共に苦悶の声が漏れ、衝撃で銃を落とした彼は、咄嗟に後ろへ跳んで衝撃を逃す。
しかし、相手は悪魔憑き。ベオルヘジンや
「っ!」
直後、アスマの表情が驚きに染まる。
殴り飛ばしたケインが、置き土産とばかりにルーン・カードを投げたからだ。
そこに書かれていた文字は『
「……さっきのはブラフさ。
地面に転がりながらケインが石つぶの程のモリア蒼銀を指で弾いた。ヒラヒラ舞うルーン・カードに直撃した瞬間、青い燐光が弾け、耳を劈くような音の爆発と光の暴力が巻き起こった。
流石にコレは躱せなかったのか、「ぐぅ……っ」と苦し気に呻いたアスマが次に来る攻撃に備えて両腕を上げてガードの態勢を取る。
「うぉぉぉぉおおおおおおぉお……っ!!」
ケインは気合の乗った叫び声と共に、容赦なくピストルの引金を引き続ける。
百発百中でアスマの身体を撃ち抜く無数の銃弾は、アスマの全身から血飛沫を上げ続けた。悪魔憑きの強靭な筋肉に阻まれ、皮膚の浅い部分を抉るだけに留まるも、お構いなしにケインは撃つ、撃つ、撃ち続ける。
しかし、カチ、カチ、と。
弾切れを知らせる空撃ちの音が鳴り響くと同時に、ケインが諦めたようにダラリと腕を垂らした。弾切れである。地面に落ちたナイフを拾う気力も無いのか、そのまま彼は俯いてしまった。
「はぁ、はぁ……」
「……満足か? なら、もう寝てろ。オマエは十分やったよ」
全身から血を流しながらも、涼しい顔でそう言ったアスマはケインの後方——数m先で、エンジンをつける為に、ひたすら始動レバーを回しているハンスの元へと歩き出した。
格の違いを思い知らされ、悔し気に肩で息をするケイン。彼とすれ違い様にアスマは、まるで後輩の努力を労うようにポンと肩を叩いた。
——が、それが癇に障ったのだろう。
ギリリと歯を食い縛る音がアスマの耳朶を打ったのと同時に、アスマのこめかみへ向けて拳が飛んで来る。
「っ! しつっけェぞ、テメェ……! 寝てろっつったろうが!」
「……これが最後なんだ! クエスト失敗で終われるかよ……!」
何か思い詰めたようなその言葉。
どんな意味が込められた言葉なのかは分からない。
しかし、必死の形相で向かって来る後輩冒険者の表情は、並々ならぬ激情が込められている。これが最後——彼の表情を見て、何となくその意味が察せられてしまったアスマは、面倒そうに舌打ちをする。
「……あァ、そうかよ!」と、拳を握り締めた。
「なら歯ァ食い縛れ! 徹底的に潰してやる!」
苛立ったように眉間にシワを寄せたアスマは、両拳を構えて格闘戦に臨む——が、悪魔憑きと普通の人間では、圧倒的に悪魔憑きに分がある。勝負と呼ぶには、あまりにも一方的なリンチが繰り広げられた。
「がぁ、ぐぅっ……!」
「オラァ、さっきの威勢はどうしたァ! 根性見せてみろ!」
左のジャブに右のストレート、肘打ち、回し蹴り、踵落とし、拳に足にと力任せに振るわれるアスマの足技や拳に、腕を上げて防戦一方のケイン。
すぐに右の瞼が腫れ上がり、打撲した左腕が下がり始める。
ぜぇぜぇと肩で息をし始めたケインへと容赦なく猛攻を仕掛けるアスマ。だが——、よろめいたケインの顔面へと大振りの右ストレートを放とうとした瞬間。
「っ! 野郎に絡まれる趣味はねェぞ……!」
「俺もねぇよ……!」
飛び掛かり前三角締め。
アスマの大振りの一撃を躱し、一瞬の隙を突いたケインは、最後の力を振り絞って何とかそれを成功させる。
アスマが立ったままの姿勢で締め上げるケイン。よほど上手く技が決まったのか、すぐに力で振り解かれるような事はなく、数秒の膠着状態が続く。
——そんな時だった。
「ケイン! エンジンがついたぞ! 早くそいつをオトしてお前も乗れ……!!」
ブロロロロっ、シュっ、シュっ、ポっ——と、先程までの甲高い音とは明確に異なる音を鳴らし始めたエンジン音が、アスマとケインの耳朶を打つ。
「いいから行けっ! もうすぐ解かれる……! ——がは……っ」
動き始めた車上からハンスが声を飛ばすも、力任せに解かれたケインが、地面に叩きつけられる。少し息を切らしているも、ギロリと睨んできたアスマを見て、ハンスはギリリと歯を食い縛った。
「クソっ……!」と、苛立ったようにハンドルを叩いた彼は、スピードを調節する為のハンドルコックを全開にする。
ハンドルを切ったハンスは、ゲダイエン大橋の西側——ゴルドリック=ハーデン第二労働区に繋がる主塔の向こう側へと自動車を進めて行く。
「待ちやがれェ……!」
後ろからアスマの声と地面を蹴る音が聞こえる。怪物のような足音だ。悪魔憑きの強靭な脚力で蹴られた道路が悲鳴を上げているような幻聴さえ聞こえる。
ハンスは恐怖心に冷や汗を掻きながら、後ろを振り返らずに前へ進んだ。
しかし、五メートル、三メートル、一メートル……と。
まだスピードに乗り切っていない車へ迫らんとするアスマの驚異的な身体能力が、軽々と距離を縮めていく。徐々に迫って来るアスマの荒れた息遣いと、怪物のような足音がすぐ後ろまで迫った。
そのまま車体を掴もうと、アスマが手を伸ばす気配を感じた——。
「——させねぇ、よ……!」
その瞬間だった——
「っ!? まだ隠してやがったのか!」
爆破されたのはもう一つの主塔に設置された水圧アムキュレータ式のタワークレーンである。隠し持っていた最後の精霊資源を投げたのだ。当然、頭上から降り注いでくる鉄骨がアスマとケインを襲った。
流石のアスマも足を止め、鉄骨を避けながら後退する。
倒壊したタワークレーンによって舞い上がった砂埃が晴れると、既にトップスピードに乗った緑色の蒸気自動車が、百メートル以上先にいるのがアスマの視界に映った。
「……、……はァ~……クソ。大したモンだ。素直に認めてやるよ、若造——いや、
追う事は不可能。そう判断したアスマが、後ろ頭を掻きながらボロボロの姿で地面に寝転がるケインの元へと歩いて行く。
戦闘中とは打って変わって少し穏やかな表情を見せたアスマは、ケインへと手を貸した。
「喜べ。オマエらの勝ちだ」
「……ハハ、ハ……勝った気がしないな」
「謙遜すンなよ。誇っていい事だぜ? 曲がりなりにもオマエらは、冒険者としての仕事をやり遂げた。まんまとターゲットを逃がしたオレと違ってな?」
「……」
本当に素直に讃えられたのが意外だったのか、少しキョトンとした顔でケインは目を二、三度パチクリとした。
その後、口元を緩めて破顔したケインは、「ハハ……そうか」と口を開く。
「——『クエストクリア』、か……良かったよ。最後の仕事が、いい思い出になって……」
そう言うと、ケインは緊張の糸が切れたのか目を閉じた。
よほど疲れたのか小さな寝息を立て始めた彼を見て、アスマも少し疲れたように、空を見上げた。
「……最後の仕事、か」
——彼は、そして彼の仲間たちは、冒険者として非常に優秀だ。
勘も効く、頭もキレる、腕も立つ、知識も経験も豊富だ。
だが、ならば何故……犯罪者になど手を貸した?
それの意味するところをアスマは痛いほど分かってしまった。
「……」
何気なく見上げた空は澱んだ色の蒸気が漂っている。それ等に覆い隠された空の向こう側は、何時もと変わらず今日も青い。まるで若者の心のように。青臭さが抜けない青だ。
そう——未だに冒険者に夢を見ている、自分みたいに。
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※以下、後書きです。
ここまでで<Episode I:ブレッド・オア・ブラッドの赤い旗 第三章・DANGEROUS SPEED>は終了となります。ここまで読んで下さった読者の方々は、本当にありがとうございました。一人の創作者として、これほど喜ばしい事はございません。これからもご愛読して下さると、更に喜ばしく思います。
次回からは、<Episode I:ブレッド・オア・ブラッドの赤い旗 第四章・小鳩たちの巣立ち>に入ります。少しでも面白いと思ってくれた方々は、これからもよろしくお願いします。
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