第20話‐DANGEROUS SPEEED⑤・前編
※今回は一話で掲載すると少し長すぎるので、前中後編にします。
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場所はブロンズチャペル北西部。間にアイシス川を挟んでイーストエンドに隣接する工場地帯——ゴルドリック=ハーデン第二労働区とを繋ぐ『ゲダイエン大橋』の上だ。現在は建設途中の為か、あちらこちらに物が放置されている。
その散らかりっぷり足るや、道具や重機の扱いを知らぬ者の杜撰な仕事振りが見受けられる程である。
市議会主導による貧民救済施策の一環として建設されたが故に、多くの貧民がこの公共事業に参加し、素人の手が入ってしまったが故の惨状であるが、流石にコレはいかがなものかと、専門家は溜息を吐いたとか何とか——。
しかし、その頑強さは専門家と職人たちの弛まぬ努力により保証済みである。
現在ではその九割方が完成し、あとは最後の仕上げだけ——ということもあってか、現場には忙しさのピークを過ぎた緩い空気感が漂っていた。
「おいっ、おいっ! 止まれっ、止まれぇぇ~! この先は通行止めだぁ~!」
そんな空気感を打ち砕くような慌てた男の声が響き渡った。
彼の視線の先から走って来る二台の
一向に止まる気配の見えない二台の車両は、男の制止の言葉に聞く耳を持たず、そのままゲダイエン大橋に突っ込んだ。
「ちっ……撒いたと思ったんだがな……っ。あのオッサンいい部下持ってるぜ」
上空を飛ぶ青い斑鳩の使い魔を見上げながら、ケインはピストルで撃ち落とした。
「呑気に言ってる場合かっ。どうするんだっ……!」
「……何とかするさ」
先頭の赤いベルモンドの車上で、ハンスが慌てた様子で叫ぶ。
すぐ後ろにまで近付いて来る蒸気機関の小気味いい駆動音。釣られるようにケインが右側をチラ見すると、アスマの乗った緑色のベルモンドの車体が1mもない距離にいた。
「よォ、そこの若造!」と、気軽に話しかけて来たアスマに、ケインとハンスの二人は取り付く島も無く銃撃をした。しかし、アスマは大剣で身を守りながら、呑気なテンションで会話を続ける。
「ちょいとばかし、そこのエセ革命家をこっちに引き渡しちゃァくれねェか? ウチのクライアントがソイツの持ってるブツをご所望でよォ?」
「悪いね、オッサン? それはできない相談だ」
「ハハハハ! だろうな? そう言うと思った……ぜ!!」
「「……っ!?」」
言うや否や、アスマは急ハンドルを切った。
勢いをつけて体当たりをしてきた車体。予想外の行動にハンスとケインの声にならない驚きが表情に現れる。
鉄と鉄が弾ける音、散った火花、衝撃で双方の車が揺れ、振り落とされそうになった二人が、咄嗟に車体へ掴まり、図らずも銃口を降ろすことになった。
「ちぃ……っ、掴まってろよハンスの旦那……!」
「……もう掴まってるっ。俺の心配をするなっ、早くトバせ……!」
了解っ、と。短く返答し、ケインはハンドルを切った。
重機や水圧アムキュレータ式のタワークレーンが放置されている場所へ車を移動させると、遮蔽物の隙間を縫うように右に左にとハンドルを切り、アスマを撒こうと四苦八苦する。
「ちぃっ、いいテク持ってんじゃねェかよ……メンドクセェ……っ」
僅かずつではあるものの距離が離されている。どうやら車の運転に関しては相手が一枚上手らしい。舌打ちをしたアスマは、「しゃァねェか……」と溜息交じりに呟き大剣を振り被った。
そして、次の瞬間——。
「代わりに謝っといてくれよっ、エマ!!」
アスマが叫んだと同時、凄まじい破砕音が鳴り響く。
音に驚いたケインとハンスがその発生源に視線を向けると、一際大きな水圧アムキュレータ式のタワークレーンがあった。吊橋全体を支える為のハンガーロープを、二本の主塔に固定する際に使用するものである。
そのタワークレーンの一番大きい支柱部分に、アスマの大剣が突き刺さっていた。
おそらくアスマが投擲したのだろう。グニャリと曲がった支柱。嫌な音を立ててあちらこちらの鉄骨やら水槽タンクやらが歪み始めた。
まさか——。と、ケインとハンスの脳裏に過った予感。その予感を肯定するように……
「うぉぉぉぉぉぉぉおおおいおいおいおい……!! ヤベェ、ヤベェ、ヤベェ、ヤベェ、ヤベェってぇぇぇぇ……!!」
「……突っ走れぇぇぇぇぇっ、ケイィィィィン!!」
槍の雨ならぬ、鉄骨の雨である。
針の穴を縫うような運転技術が要求される死神の釜の中で、ケイン達の乗る赤い車と、アスマの乗る緑色の車が、ギリギリの中のギリギリの死線を潜り抜けていく。
生への活路を一瞬で判断し、右へ左へ切られるハンドル。恐怖に竦み、心が折れてブレーキを踏めば、即死は免れえないだろう。
そして、そんな地獄にも似たドライブが十数秒ほど続き、凄まじい倒壊音が周囲に一体に鳴り響く。
「はぁ……はぁ……何なんだよ、あのバケモンは」
「……冒険者は皆あぁなのか? 寿命が10年は縮んだぞ……」
「……そんな悍ましい話あってたまるかよ。初めて見たぞ、あんなヤツ」
何とか鉄骨の雨を潜り抜け、悪態を吐くハンスとケイン。
周囲に舞った砂埃、視界の定まらないゲダイエン大橋の上で二人は、未だに恐怖でバクバクと割れ鐘を打つ心臓の音を自覚しながら、ぐったりと項垂れる。
ゲホっ、ゲホっ、と咽ながら車を降りると、砂埃の向こうから声が響いた。
「——おいおいマジかよ。まさか今のも躱し切ンのか……意外とやるじゃねェかよ、オマエ? まさかアレを抜けて来るとは思わなかったぜ?」
「……うるっせぇぞ、オッサン。アンタ、ムチャクチャすぎんだろ……」
「そりゃァ、冒険者だからな? 後先考えねェのは冒険者のさがってヤツだ」
ケインとアスマの会話の中、空中に舞った砂埃が晴れて行く。
ゲダイエン大橋のちょうど中央。自分達が今、二本の主塔の間辺りにいる事が明らかになる。隣の地区までは約一キロ半。車をとばせば、すぐに走破出来る距離だ。
が、しかし。
砂埃が完全に晴れ、露わになったのは、無傷の状態で未だ稼働している緑色の車と、エンジン部分に鉄骨が突き刺さり、
「……どうする。もう足が無いぞ。アレから逃げきれるか?」
「やるしかないさ……ハンスさんは下がっててくれ」
「……勝てるのか」
「時間稼ぎだよ。隙は作る……アンタは、
「……、……分かった」
目線だけで
護衛対象が隠れたのを確認したケインは、「——さて、と」と、肩を回し懐からリボルバーを取り出す。
車のエンジンを切って降りて来たアスマへと視線を遣った。
「コソコソ今度は何を企んでんだァ? テメェ?」
「決まってるだろ。どうやったらアンタに一泡吹かせられるかの相談だよ。それよりアンタ、丸腰で俺と殺り合う気か? 待っててやるから大剣取って来いよ」
「ハンデだよ、ハンデ。格下に本気出したら可哀そうだろ?」
「……ホンっとムカつくな、アンタ。……じゃあ、お望み通り——」
『撃ってこい』と言わんばかりに両手を広げ、おどけるアスマの様子にケインは青筋を浮かべて銃口を向けた。
「——そのムカつく面に風穴あけてやるよ」
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